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#60「解起」

 ぽたぽたと、空の泪が乾いた地面を湿らせる。雲が密集するように青を隠し、併せて泪の勢いは増していき、体育館へと戻る僕の黒髪を容赦なく濡らしてくる。


「ミ、コトっ……」


 激痛に苦しみながら、素顔を露わにした豪喜は僕の名を呼ぶ。しかしその声は届かない。身体から溢れ出る黒が、外部の音を遮断する。返事をする意思も、向ける表情も、心の深淵へと沈んでいく。気づけばすっと消えていた。代わりに力だけが漲っていく。


「っ……!!?」


 体育館に足を踏み込んだ瞬間、黒を纏った圧力が生徒達を襲う。その場にいた全員が無意識に唾を飲み込む。無論それは豪喜も例外ではない。


(何ダ、この圧力ハ……!? まるで全身が雑巾の如く絞られるような感覚ダ。苦しイ。ただ息苦しイ。ここにいるだけで帰らぬ者になりそうダ……)


 しかし、それも一瞬だった。一つの絶望が生まれたのと、同時だった。


「がっ……ぁ…………」


 全員が過呼吸になりながら酸素を取り込む中、僕の中の力が急に抜けていった。纏っていた黒いオーラも消え去り、同時に前に倒れる。


「ミコトッ……!」


 倒れた僕の元へ豪喜が駆け込もうと立ち上がる寸前に、激痛が彼の行く手を阻む。もう救い手はいない。戦う力も既に残されていない。指一本すら動かすことを身体が許してくれない。


「へぇ……もう一人の僕を倒せたんだ。中々やるね君。あのフィリアちゃんが執着する気持ち、ようやく分かった気がするよ」

「……!」


 その最中、僕は目を見開き、声が聞こえた方向へ振り向く。しかし誰もいなく、そこには体育館出口に映る泪がぴたりと止まっていた。遠くからでもはっきりと無数の雫が見える。その光景はもはや芸術に等しかった。悲しみで満ちた彩(いろ)で創られた美を、僕は見ていた。


「禁忌魔法を使われてなおもう一人の僕を倒せたご褒美に、君に教えてあげよう。学校なんかじゃとても教える事の出来ない、禁忌魔法の真髄を……ね」


 それともう一つ。消したはずの魂に、再び炎が灯される瞬間を。徐々に気温が下がっていくのを感じる。まだ雪が降る時期じゃないというのに、ひんやりとした空間が肌を凍らせてくる気がした。


「禁忌魔法には原則2段階が存在する。1段階目は個々が持つ能力を魔術として対象の範囲に放つ『開眼』。それは君も何度か見てきただろう? でも、それだけではただの属性魔術と同じさ。詠唱を唱えて場に放つだけなのだから。

 そしてここからが本題――今から『開眼』のその先となる2段階目を、見せてあげるよ」


 今度は真上から聞こえた。無数の泪が瞬時に氷の粒と化す。やがて雨雲さえも全て氷の粒子となり、蒼空を照らす陽光が氷に反射する。


「『解起(かいき)』――――」


 刹那、それらは粉々に砕け散り、地面に倒れるシャギアの全身を包むように集まっていく。粒子は新たに氷を張り巡らせ、再度無数の氷粒となっては体育館上空に立つ男を包み、竜の形を描いていく。



 『開眼』のその先の姿。絶氷の禁忌を完全に目覚めさせた、妖精騎士シャギアの『解起』。その名は――――


「『感忘不覚永悴冰《フルロスト・ネバーメモリー》』」

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