#59「邪竜化・黒神美尊」
◇陽翔学園 体育館――
同じ学び舎の制服を着た人たちが、一斉に武器を構えては突進する。その後ろにはこの騒動でここまで避難してきた生徒達が数多くいる。ここで派手に争えば無論被害は避けられない。
「ふんすっっ!!」
独特な雄叫びを放ちながら、迫りくる生徒の剣戟を躱しつつ腹部目掛けて殴る。殴られた生徒は後ろに大きく吹き飛ばされ、壁に強く背中をぶつけて意識を失った。
今にも制服が破れそうな程の巨大かつ強靭な肉体から放たれる一撃の恐ろしさは、放った直後の衝撃を以てその場にいる誰もが感じた。とてもにこちゃんが描かれた段ボールを被る変人が放てる威力ではない、と。
「くそっ……舐めやがって!」
「裏切り者がああああ!!!」
「いくら何でも数多すぎるナ……捌けるものも捌けないゾ」
次から次へと豪喜に迫る。躱しては殴り飛ばしてを繰り返すうちに、確実に身体に蓄積していく。これが数の暴力。約120人もの生徒達の猛攻による、避難場所への歓迎だ。
(『生成』はミコトを守る壁を作るのに使っタ。まだ『破壊』と『再生』は残っているガ、使えばいずれ『生成』を使わなければならなイ。それはつまり、ミコトを守っている壁を自ら壊さないといけないといけないというこト。だがこの壁が壊されれば、皆ミコトに狙いを定めて襲うだろう。それだけは避けなければならなイ。一体どうすれバ……)
豪喜の能力『生破再環』は同じ力を連続したり、二つの力だけでサイクルして放つことが出来ず、3つある力を必ず順番に発動させなければならない。この状況を乗り切るには、豪喜の体力が果てる前に己の身体で蹴散らす他ないのだ。
「動きが止まった……やるなら今だ!」
「動ける奴は動け! 動けないなら魔術で対抗しろ! 何が何でも戦え! この学園を……人類を守りたければな!」
生徒達の士気が上がる。目の前で鼓舞しているのは青い紐の学園指定靴を履いた生徒。2年生だ。幸いこの集団の中に3年生がいない。
――なら、通用するかもしれない。
「……やむを得ない、ナ」
本当は使う気なんて無かった、まだ誰にも見せてない隠し玉。ただの幼馴染である美尊を守るために、今ここで放つ時。
「――ふぅ」
深呼吸を置き、被っている段ボール箱を両手で持ち上げようとした、その時――
「禁忌開眼――」
「「っ――!!?」」
一瞬の冷気が、あらゆる感覚を奪い去った。
「『感失悴覚』」
唯一の逃げ場所であった体育館が、呆気なく氷の監獄と化した。全員の足元を凍てつかせ、体育館の床から天井までを氷が張っては覆う。全員が禁忌の声を放った方向へ顔を運ぶ。その視線の先――2階の体育館入り口前の階段には、悪魔のような笑みを浮かべた、副学長の姿があった。
「副……学長っ……!?」
「伊弉冉副学長が、何でここに……もしや、スパイがここにいるのを聞いて駆けつけてきたのか!?」
「おい馬鹿、冷静に考えろ。そうだったらわざわざ俺達や避難してる人達まで巻き込むような真似はしねぇだろ」
士気を高めていた生徒達が突然攻撃を止め、ざわざわと困惑し始める。何が何だか理解が追い付いていないようだ。しかしそれは豪喜も例外では無かった。
「くっ、冷たいし足が抜けなイっ……副学長め、一体何のつもりダ?」
「陽翔学園の生徒の皆様、ごきげんよう。私は伊弉冉照。いえ……この際なので教えてあげましょう。
改めて、私は『妖精騎士シャギア』。皆さんの憎むべき『異種族』です……」
自己紹介を話している間に副学長が右手の人差し指の先で氷の弾丸を精製し、豪喜の生成した壁に向けて弾を飛ばした。壁は見事に粉砕し、意識を失っている美尊が露わになる。
「そこにいる彼と、同じように」
「「なっ……!?」」
全員が息を呑む。副学長が異種族であったと同時に、妖精騎士という妖精族の中でも選ばれし精鋭の一角が、学園唯一の逃げ場所をジャックしたという絶望の事実も確定したのだから。足も出せず、恐怖で手も動かせず、ただ茫然と氷を纏う副学長を眺める事しか出来ない。
「そうだ、一つ話しておかなければなりませんね。ここの学長であった伊弉諾天学園長は、先程お亡くなりになりました。よって、只今よりこの学園の長はこの私が担わせて頂きます!」
「は……?」
「学園長が……死んだ!?」
「ふざけるな……お前みたいなやつにこの学園のトップにしてたまるか!!」
「おやおや、驚く顔と威勢は一丁前ですね、皆様。ここは笑顔で新学園長を迎えるところでしょうに。ですが仕方ありませんね。登場の仕方がこれですから。まぁ……全員死んでもらうのでどんな登場をしようと変わりないですけどね」
ゆっくりと鉄製の階段を降りながら、双剣を両手に召喚しては氷の床に足を踏み入れる。そして左の剣で水平に振り払った直後――
「「――!!」」
生徒達の首が一斉に刎ねられ、床に転がっては氷に蝕まれる。無論ステージ側にいた生徒達も皆、気づけば身体が首から上が失われている。
「な、なんだあいツ……100人以上いた生徒ヲ……一振りデ……」
「やぁ、君は確か1年1組の神野豪喜君だったかな。彼を――美尊君をここまで連れて来てくれてありがとう――」
もう君は、用済みだ。
「っ――!!?」
刹那、身体が悲鳴を上げる。制服の上着は花が散るように裂かれ、氷の床に鮮血を撒き散らす。思わず膝が床に落ちる。その両膝を床の氷が侵食しては痛みを加速させる。
「くひひっ……あひゃひゃひゃひゃ!!! どうだねぇ、目に見えない速度でこの双剣に八つ裂きにされた気分はぁ!! 君はかなり身体鍛えてるからその程度で済んだけど、一般人ならもう肉塊になってたよ……くひひひっ」
「この……クズ野郎、ガっ……!」
「好きなだけ吐いてな! どの道負け犬の遠吠えにしかならねぇんだからよぉ!! あっひゃひゃひゃひゃ!!!」
狂ったように嗤いながら、シャギアは豪喜を斬り裂いていく。顔を隠していた段ボール箱は粉々にされ、水色髪の素顔が一瞬で赤い雫で染まる。右手の剣を高々と振り翳しながら、シャギアは表情を変える事無く叫ぶ。
「さぁ終わりだぁ! お前が終われば次はあの意識不明クンを永眠クンにしねぇとだからなぁ……! これでぇ……死ねぇえええっ!!!」
勢いよく振り翳された刃は、豪喜の左肩を滑るように弧を描き、そのまま呼吸の核を――――
◇
「……」
最悪の結末の訪れを、微かに空いた視界で見た気がする。
――止めなきゃ。助けなきゃ。
『――止めたいか?』
……声がした。誰の声だろう。足元しか見えないから分からない。でも、確かにどこかで聞き慣れた声だった。
『今迫る運命に、抗う覚悟はあるか?』
少しずつ目を開く。目の前に、黒のローブを羽織る男がこちらに背を向けて立っているのが見える。ローブが風に揺られてなびく。彼の右手にもつ剣は、蒼白い光で透き通っていて、不思議と神々しさと禍々しさを感じた。
『たとえその身が限界に到達しようと、最期まで宿命に叛く意思はあるか?』
「……!」
その言葉一つ一つが、重く圧し掛かる。彼から感じる運命への怨心、その中に悲しみや苦痛が混じったような気がした。聞いていて何だか哀しい気持ちになる。そんな自分に、次はお前の番だと言われているような気もする。
『助けたい人が、取り戻したいものがあるなら、ここで運命への叛逆を誓え。誓わぬなら貴様は死ぬだけだ。誰も救えず、何も取り戻せず、絶望だけを残したままな』
「……!」
そんなの、決まってるじゃないか。こんなところで死んでたまるか。まだ何も果たせていない。この騒動を起こした罪も責任も償えていない。何が何でも、そんな状態で死ぬものか。死んででも助けなきゃいけない人がいるんだ。取り戻したい世界があるんだ。
『さぁどうする。貴様に迷う時間は残されていないぞ』
「……っ」
全てを奪われたあの日からずっと、心に誓ってきた事だろう。
「僕は……僕は叛う。この運命を終わらせて、彩芽を……お姉ちゃんを救う。故郷も家族も、何もかもを取り戻す。
意思とか覚悟とか、そんな生温いものじゃない。これは命声だ。僕の全てを賭けてでも果たすという、命の誓いだ!」
彼が、ふっと笑った気がした。顔は見えないけど、微かに安心したような声がした。
『貴様の命声、確かに受け取った。ならば託してやる。存分に使え。今を以て全て貴様のものだ。お前の志した道に従い、運命を変えろ――――』
――男は影と化して消えていった。
「……っ!!」
刹那、意識が覚めた。それと同時に足が床を蹴っていた。一気に力が漲ってきた。ずっと動かなかった左手が、刃の進行を止めた。
「っ――――!!?」
シャギアは嗤った表情から一変し、目を丸くした。背後には豪喜が、目の前に立つその姿に驚きを隠せずにいた。
身体から溢れ出る闇の光。右目から燃え上がる、黒い炎。容赦を捨て、強靭な力に目覚め、ただ敵を蹂躙する怪物と化す。
この現象を過去に見た者達はこう呼んだ。人間の『邪竜化』と。
「ミコ……ト……」
「お前っ……その力は一体っ――」
「失せろ」
僕の右拳がシャギアの鼻を折り、頭蓋骨が砕ける鈍い音をたてながら体育館の壁を突き破って外のフェンスに勢いよく背中をぶつける。
「ぐはっ……くっ、何なんだあれはっ――!?」
瞬く間に距離を詰め、シャギアの首を右手で掴む。ベキベキッと骨が砕かれる音と共にシャギアは声を物理的に詰まらせる。
「随分と楽しんでたな。人を痛めつけ、苦しめ、絶望に浸らせるのがそんなに楽しいのか。僕にも教えてくれよ、その楽しさを」
「がっ……ぁぁぁあああっ……!!」
掴んだまま振り向き、シャギアを空中に投げ飛ばし、背中から黒い竜翼を生やしては飛び、真上から顔面を殴ってそのままグラウンドに突き付ける。更にそこから凄まじい速さで連続で殴りつける。
「つまらないな。なぁ……楽しいんだよな。これが楽しいんだよな、お前は。僕には分からないし、分かりたくもない。だからもう……終わりにしてやる」
ボコボコに腫れたシャギアの顔面に、トドメの右拳を思い切り叩きつける。グラウンドに無数の地割れが発生し、巨大なクレーターを生み出した。
「……妖精騎士がその程度か。騎士の名が泣くな」
シャギアを見下しながら吐き捨て、僕は体育館へと歩き去った。雨の匂いが、鼻をくすぐり始めた時だった。




