#61「絶望に咲く一輪の花」
寒い。冷たい。痛い。そう脳が叫ぶ前に、すっと消えていく。いや、これらの感覚は消えていない。僕自身がその感覚が何なのかを分かっていないのだ。
「……」
シャギアを纏う氷が体育館の屋根を突き破り、氷の竜へと姿を変えた。その全長は約200メートルを超えている。そんな巨大竜が僕を捉えるとすぐに尻尾を体育館に叩きつける。
「ミコトォオオッ!!」
真上から氷の尾が僕の身を潰そうとした寸前、豪喜が足元の氷を拳で粉砕し、必死に迫ってきては僕にタックルをするかのように身を乗り出し、前に転がった。その直後、体育館が完全に破壊され、叩きつけた地点から一直線に氷が迸った。
「これが禁忌魔法の本性――『解起』。己の力を最大解放させ、禁忌魔法の理想の形を生み出す。このように魔力を収束させて形作るものもあれば、魔力を解放して世界を生み出すものもある。どちらにせよ、国一つを容易く滅ぼしてしまうくらいには絶大な力さ」
これこそが通常の魔術と禁忌魔法の絶対的な『違い』。故に禁忌魔法が『禁忌』と呼ばれ、並の魔術師では到底扱えない禁断の力である。
「バケモンかよあいツ……! おいミコト、大丈夫カ!」
「……豪喜、君……」
「ふぅ……生きてて何よりだゼ。ったく、いきなりぶっ倒れたと思えばでけぇドラゴンが現れやがっテ……『破壊』をとっておいて正解だったナ。それで足元の氷割れなかったら、オイラもあの尻尾叩きの餌食にされてたからナ」
(ただ、問題は現状オイラは『再生』しか使えない事ダ。これをさっさと使わないと、『破壊』による攻撃が出来ない。つまりあのドラゴンとまともに戦えない。まずいナ……ミコトももう戦う力を失っているというのにヨ……!)
幸い二人とも生き残ったとはいえ、致命傷に等しい状態。同じ攻撃をもう一度来れば、死は確実に訪れる。
「……へぇ、君もまだ動けるんだ。同じように足元凍らせた他の皆は死んじゃったというのに。どんな能力かは分からないけど、中々やるじゃないか。まぁでも、この絶氷の前では全て無駄に散るけどね」
氷翼をはためかせ、無数の氷粒を散らしながら満身創痍の僕達に迫る。口を大きく開き、絶対零度の光が収束する。その光は、正に僕達の死のカウントダウンに等しかった。
「さぁ……芸術品に仕上げてあげるよ。タイトルは――『無謀の叛逆』かな」
氷竜の影が僕達を覆い尽くす。空を絶望が隠す。氷の芸術を生み出す光が、頭上から放たれる。抗うための手も、逃げるための足も動かない。術を思考する脳すらも機能しない。ただ、人から氷像になる事のみ。それしか2人の未来は無い。
「『死忘氷華』」
死をも忘れる氷の華が、2人を中心に咲き誇る――
「禁忌開眼――」
その時、僕の目の前に一輪の花が咲いた。燃えるように赤い、百合の花が絶氷に満ちた世界に咲いた。次第にその数は増え続け、白やピンク、黄色や紫等の色鮮やかな花が世界を満たしていく。
「『幸福咲花論』」
氷獄が、花園に変わる。無数の花から放たれる光線が、天から振り注ぐ氷の柱を相殺する。
「――!?」
一輪の花から始まった禁忌は、正に幸福の訪れを表していた。その幸福を咲かせた少女が僕達の前へと歩き、頭上にいるシャギアを見上げる。
「アルストロメリア……まさか君は……!」
「はじめまして、貴方が噂の妖精騎士ね。私は飛翔学園3年、生徒会長の鳳天花。私の愛するこの学園を無残な姿にさせ、可愛い後輩をここまで傷つけた貴方を滅殺する者よ」
空に多彩な花弁が舞い上がる。紅白の混ざった長髪や制服が激しくなびくその後ろ姿は、言葉にするまでもなく氷竜と化したシャギアに対する怒りが満ち溢れていた。
「事前に言っておくわ……今の私は『本気』よ」




