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#54「証明が為の戦い・陸」

 陽翔学園2階 2年生教室前廊下――


「さぁ……耳を澄ませな。恋鐘(こがね)の音色が鳴った時、二人きりの剣舞(ダンス)が始まるぜ」


 舞踏が始まる前の沈黙に包まれる。真下から響く衝撃で空間が揺れる。両者ともに気にする仕草すら出さずに、ただ目の前の敵を見つめる。


「私のペースから遅れた時が、貴方の命運とご理解ください」

「へっ、そりゃこっちの台詞だ!」


  チリ〜ンッ……チリリ〜ンッ…………


 風鈴のような爽やかな音色に鐘のような重い音が微かに混じり合うような音が響く。これぞ正しく恋鐘の奏でる音色。耳に音が入った瞬間、刀爾(とうじ)が地を蹴って刀を水平に薙ぐ。


「『恋鐘之刀(こがねのとう)二千花之葬乱(にちかのそうらん)』っ!!」


 桜色の光を纏った刃を間一髪で華江が後ろに身体を反らして躱し、空を薙いだ。直後、天をも貫く一筋の竜巻を発生させた。


「……!」

恋鐘正心流(こがねせいしんりゅう)……今はもう亡き武刀家最強と呼ばれた剣豪の『(いただき)武刀正義(むとうせいぎ)が独自に生み出した剣術の使いとは。これは流石に骨が折れますね)


 壁を思い切り蹴って左に転がって竜巻を躱す。すぐに体勢を整え、地を蹴って刀爾(とうじ)との間合いを詰める。


天咲晴照剣(てんさせいしょうけん)四式『荒根脆音(アネモネ)』!」


 刀爾の足元に華江の剣先が迫り、床を叩く。その刹那、風が剣先を起点に周囲を押し出すように放たれる。


「なん、これっ……!?」


 2階の廊下諸共刀爾を抵抗負荷の突風で吹き飛ばす。その後3階から上が2階を押し潰すように落下する。華江は潰される直前に漆黒の装甲に身を纏い、背に生えた翼を広げて刀爾を追うように羽ばたく。


(見えない壁に押し出されるかのような凄まじい突風……あの嬢ちゃん、風の魔術も嗜んでる身か。そしてそれを剣技に混ぜてきやがった。剣技と魔術の混合技なんざ、実に鳳家のやり方だな) 

「だったら無理矢理……こじ開けてやんよ!」


 空中で不可視の風に押し出されながら刀を後ろに構え、全身を捻る。刀身から金色の光柱がこの石狩の空を穿つ。


「『恋鐘之刀(こがねのとう)天馬烈光(てんまれっこう)』!!」


 再び恋鐘の音色が響く。直後、巨大な光柱が華江に向けて空を薙ぐ。迫る光柱から逃げるように華江は黒鋼の翼のバーニアから青い炎を吹かしながら飛行する。光柱は一直線に大地を焼き、円を描いていく。


「その装甲……てめぇまさか機械族だとはなぁ! でも安心したぜ。異種族ってなら躊躇いなくぶった斬れるからなぁ!!」

「っ……ここでかたをつけなければ、被害がもっと広がりますね。それに、一刻も早く愛菜様の元へ合流しなければなりません、からねっ……!」


 両手の刃を刀爾に向ける。ガシャッ、という音と共に剣の腹部が分かれ、刃が左右に広がる。その間に見えるは、手首と同じ大きさの砲身――


「……一掃モードに、移行させて頂きます!」


 両手の砲身から朱色の光が収束し、二つの光弾と化す。そして光弾は宇宙まで届く二筋の閃光(レールガン)となって空を裂く。


「『双雷穿星(ジェミニステラ)』!!」

「ちっ……舐めんなやぁあああ!!!」


 刀を全身で振り上げ、迫る二つの閃光を光柱で進行を妨げる。交点から空が歪み、波打っていく。


「うぐっ……!」


 華江の左腕が突如爆発を起こした。光の衝突に身体が耐えられなくなってきた合図だ。それでも出力を抑える事なく、阻む光に抗う。


「おっと、身体が悲鳴上げてんじゃあねぇか! このままじゃ死んじゃうぜぇ!!?」

「……ふふっ、そうですね。私の身体はもうやめてと叫んでいます。ですが、私の心はまだ雄叫びを上げているようでして……残念ですが、あと少しだけ……付き合って頂きますよっ……!」


 言い終わりと同時に左腕が爆発と共に粉砕された。刀爾の光刃が華江の左翼を焼き斬る。華江は歯を食いしばりながらも、右翼の出力を上げ、叫ぶようにバーニアから炎を噴き出す。


 その刹那、脳裏に声が響いた。


『華江さん。人間が一番恐れているのは、本来手に届くはずのものが取り返しのつかなくなった時なんですよ』


 ――あぁ。


 思い出す。彼の恐怖を、思い出す。天花(お嬢様)がリスクを負ってでも救った彼の本音が、鮮明に再生される。


(美尊様。前に貴方が仰っていた事、あの時貴方が抱えていた恐怖を今ようやく、分かった気がします。今まさに、私は叶う(届く)はずの様々なものが……叶わ(届か)なくなる事の恐怖を覚えています。心が身体に反して雄叫びを上げているのがその証拠です)

「っ……!」


 右腕からも火花が舞う。光刃が左半身を徐々に焼き始める。痛みも熱さも気にする事なく、華江は残った右翼で全速で刀爾に突進する。左半分の視界が消える。左半身が完全に光刃に焼かれたのを完全に理解する。


(もう限界、ですね……お嬢様や美尊様、屋敷の皆さんともっと一緒に……時間を共有したかったのですが。それが叶わなくなるのが、少しだけ惜しいですね)


「おいおい……半分死んじまったぜ嬢ちゃん。右半分しかねぇ身体でどうするつもりだ?」

「……最後まで、出来ることをするだけですよ」


 ついに右腕が衝撃に耐えきれず、爆散する。黒煙が空を染め始める。残った視界が赤く点滅する。限界を知らせる警告音が耳に鳴り響く。身体のあちこちから爆発が起き始める。もうこの身はすぐに朽ちる。そうなる前に一矢報いてやる。生涯残り続ける、魂を賭けた傷をつけてやる。


『――華江』

「……!」


 ――天花様。私のただ一人のお嬢様が、私の名を呼んだ。初めて私をその名前で呼んだ時と同じ、優しくて暖かい声だった。



 西暦2020年1月11日。雪が空に舞い、白景色となった富良野の地で、私は今のお嬢様……鳳天花様と出会いました。当時の私は全身ボロボロで、油臭くて、生きる気力なんてものを最初から持っていませんでした。そんな私の運命が、逆転した瞬間でした。


『――ねぇ、大丈夫?』


 その一言に、どれだけ救われたか。道端のごみステーションに捨てられてた私を、お嬢様は心配に満ちた顔で見つめてくださいました。その後すぐに私を拾って今の鳳邸に連れ去ってくださいました。


 それからお嬢様はご両親を説得するも『捨てろ』の一点張りで上手くいかなくて、一人で部屋に籠もってこっそり私を治してくださいました。いえ……新しい身体にしてくださいました、の方が正しいでしょうか。


『ふぅ……出来たわ! 我ながら可愛らしい姿になったわ!』


 完成したのは拾ってから約5年後。お嬢様のご両親が共に病で亡くなった後の事でした。お嬢様のご意向で、この鳳邸は私のように捨てられたり、戦乱等から逃げたり苦しんだりしている者全てを保護する場所になりました。


 そこで新たな身体――今のメイド姿を得た私は思わずお嬢様を抱きしめました。久々に身体が動く事と、何よりこんな私を長い時間をかけて懸命に救ってくださった事が何よりも嬉しかったんです。


 そして私は誓いました。この方に生涯付き添うと。何があっても、私はこの方の隣で……味方であり続けると。


『あ、そうそう……名前をつけなくちゃいけないわね。でも、もう決まってるの。ねぇ貴方、今日から貴方は「華江(はなえ)」と名乗りなさい!』


 翌日、お嬢様は私を華江と名付け、鳳邸の専属メイドとして、礼儀作法から何もかもを丁寧に教えてくださいました。その全てを私は習得し、メイドとしてお嬢様のお力に、そして私と同じように保護された方達の心を癒せるよう全力を尽くしました。


 そんなある日の夜でした。お嬢様が私を呼んで夜の散歩に同行していた時に、ふと呟いたのです。


『華江。貴方には、未練が無いまま生きてほしくないの』

「……未練、ですか?」

『えぇ。やらなきゃいけない事、いつかやりたい事とか色々……むしろ手をつけられなくなるくらい、たくさん残してほしいの。そして命尽きる時まで、空にすることなく残していてほしいの』

「……――――」

 

 最初はとても理解が出来ませんでした。未練とは、いわば後悔の残滓。折れてなお諦めきれない想いであり、辿るはずだった結末を途中で断ち切られてしまった、柵の無い行き止まり。そんな後悔に塗れて生きて、死ぬ瞬間まで引き摺れと仰っているのかと思いました。一体誰がそんな生き方をしたいのか、と思わず口から漏れ出そうになって必死に押さえていました。


 そんな私を分かっていてか、お嬢様はこう仰ってくださったのです。


『貴方の気持ちももちろん分かるわ。命あるもの全て、誰だって後悔なんてしたくないもの。

 でもね、華江。私にとって未練とは、この()()()()()()()()であるとも思っているの。もちろん私個人の意見でしかないけどね。

 人生はね、欲張りなくらいが丁度いいというものよ。少し度を超えた理想(ゆめ)を見るくらいでいいの。それらに向かって様々な事をしながら歩みながら死ぬ人生の方が、きっと何より幸せだと思うから。

 華江もいずれ分かるわ。だから今は分からなくても構わない。これから色々な人と出会っていけば、その人達が教えてくれるわ。恐怖も、理想も、喜びも哀愁も。そしていずれは未来の子供達に教えてあげなさい。私からの……長くて勝手なお願いよ』

「お嬢様……」


 それから私は心に誓ったんです。未練(生きる理由)を枯らさないと。そしてそれを叶えるためにこの命を捧げると。


 未練を生み、叶え続けながら生を全うすると――――――



「――自爆モード、移行」


 唱えた刹那、身体の熱が突進の速度に連動して急上昇する。しかし右翼が熱に耐えきれず炎上する。身体の限界を超えた破壊が進む中、華江の身体は光刃に溶けながらも刀爾との間合いを埋める。その距離僅か10センチ。


「くっ……」

「貴方に、残してあげますよ……私の未練っ……!!」

「いらねぇっ! このままぶった斬っててめぇごと消し飛ばしてやるよ!!」

「やれるものなら……やってごらんなさい!!」

 

 華江の右頬に翼から燃え上がる炎の花弁が触れ、蛍色の稲妻が右眼から放たれた瞬間――――――轟音と爆炎が石狩の空に昇る太陽をも埋め尽くした。この世に在る何よりも赤い一瞬だった。

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