#52「証明が為の戦い・肆」
暖かい時間がこのまま続けばいいのに。星野愛菜はそう願う。この温度が凍りついた廊下も、氷で満たされた教室も全て溶けて、閉じ込められた生徒や先生たちの時間も、何事もなかったかのように動き出してくれたら、と。
だが、そういう願いに限って、世界は残酷なほど逆を突いてくる。
「ごめんネ……黒神君」
「「――――!!」」
愛菜と華江の身体が同時に跳ねる。同時に声のした方向へ視線を向ける。そこは天井だった。更にその真下には、何も知らずに立つ黒神美尊の姿があった。
嫌な予感が、華江の脳に過ぎる。
「――美尊様、避けて!!」
「……? 華江さん、一体何が――」
言葉が終わるより先に、天井が破砕した。
鉄槌が落雷のような勢いで振り下ろされ、校舎全体を震わせる衝撃が走る。凍りついた二階の床には巨大な亀裂が走り、美尊の立っていた場所は一階まで貫かれ、深いクレーターを穿った。
「美尊様っ!」
「美尊君っ!!」
二人は階段へ駆け出そうとする。しかしその瞬間、階段全体が白光に包まれた。
「――!!」
雷鳴の前触れのような閃光が視界を襲う。カメラのフラッシュと錯覚するほどの眩しさが走り、二人が手で視界を遮るよりも速く爆風が容赦なく吹き飛ばす。
「きゃああっ!」
「っ……!」
「おっと、この先は危険だぜ嬢ちゃん達。噂のスパイもそうだが2年1組の奴らもこの穴の下で全員倒れてやがる。避難するなら他の階段使っていくことをおすすめするぜ。ただし、そのスパイの仲間っつうなら……例外だがな」
黒煙を一振りで断ち切るように現れたのは、赤髪に黒い鉢巻を巻いた青年。右手に持つ刃こぼれ一つない刀を肩に担ぎ、にやりと笑う。
「星野様……で、よろしかったでしょうか?」
「は、はい……星野愛菜、ですっ!」
「では愛菜様、ここは私が引き受けます。愛菜様は1階に降りて美尊様をお願いします。この廊下を真っ直ぐ進んだ突き当たりに階段がありますので、そこから降りてください」
「……まだ会って間もないですけど、美尊君の事とか、色々……ありがとうございます。彼と一緒に、待ってますから」
足を震わせながらも覚悟に満ちた目を華江に向け、にこりと笑う。そして震える足を押し出して真っ直ぐ階段へ走り去る。その背中を見送りながら、華江は小さく微笑む。
「……あの笑顔を向けられたら、初対面でお別れするわけにはいきませんね」
両腕を刃に変形させ、静かに構える。対して男は左手で頭を抑えながら微笑む。
「ひゅーっ、ダメじゃねぇか嬢ちゃん。そんな顔見せられたら斬る手が躊躇っちまうだろうが」
「その躊躇いが晴れる前に、貴方を倒すまでです。私達の邪魔をするのなら……ですが」
「その獲物を睨むかのような鋭い目……こいつぁ斬り甲斐がありそうだぜ。嬢ちゃん、名前は?」
「……倉澤華江と申します。今は貴方を阻む者、と解釈して頂いて構いません」
「華江……決して枯れる事無く咲き続ける一輪のような、美しく華やかな名だ。その嬢ちゃんの首……この飯島刀爾が貰い受ける!」
右手で刀をペンのように軽やかに回し、刀爾は切っ先を華江に向けて告げる。
「さぁ……耳を澄ませな。恋鐘の音色が鳴った時、二人きりの剣舞が始まるぜ」
◇
1階 玄関前廊下――
クレーターを生み出した右拳を、豪喜は立ち上がることなくじっと見下ろす。その下に美尊がいない事への、違和感を覚えながら。
「……速いネ。あれだけ怪我しておいて、何で今のを避けられるんだろうナ」
制服が今にも裂けそうな程の強靭な肉体に、頭は黒ペンでにこちゃんマークが描かれた正方形の段ボール箱を被る。神野豪喜とは、こういう男なのである。
「魔力は明らかに感じなかっタ。前にドラゴンと戦ってた時に出てた稲妻も出て無かっタ。つまりアイツは今のオイラの攻撃を身体能力だけで避けたのカ。あれは相当体術嗜んでるネ……ん?」
独り言を呟いていると、ふと違和感に気づく。その違和感とは、豪喜の手に突いた血痕。そして同じ血が廊下の所々についている。まるで道標のように。豪喜はその跡を辿る。確証はないけどとりあえず歩いてみる。そして到着点へ辿り着く。
「……保健室カ。それほど遠くないとはいえよくここまで逃げられるネ。でも、そこにいるならもう行き止まりだけどネ」
僅かに閉まり切ってない保健室のドアノブに手をかけ、思い切り引く。その刹那、豪喜の目の前に美尊の飛び蹴りが迫った。
「仕返しは……通用しないゾっ!」
即座に右へ身を捻って飛び蹴りを避け、飛び込んできた美尊の右足首を掴むと、そのまま振り下ろして床に叩きつける。鈍い衝撃が響き、美尊の口からは血が零れ、頭蓋骨に嫌な感触と痛みが襲い掛かる。
「皆を守るため、ダ。君に恨みは無いけど、ここで退場してもらうヨ」
「ごっ……豪喜、君っ……」
「ほんとはオイラだってこんな事したくなイ。でもスパイとして一度生徒会長に処刑されたはずの君が、今ここにいるのが君が少なくともまともな人間ではない証拠って事ダ」
その豪喜の声に怒りはなく、苦しげが僅かに残るのみ。あゆの知り合いで、自分の同級生である彼を異種族だと認めたくないという、その僅かの苦痛を無理矢理隠して、彼は拳を握る。学園の皆を、今を生きる人々を守るために。
「さて、お話は終わりだゾ。歯向かうならかかってこイ。満足するまでオイラが相手するゾ」
挑発をする豪喜の前で、美尊は、崩れ落ちそうな身体を必死に支えながら立ち上がる。
何度も膝や手を床に突きながらも、自立する。しかし既に満身創痍。今のまま勝負を仕掛けても、結末は誰もが分かるだろう。
――でも。それでも。彼は前を向いた。
「僕っ、はっ……誓ったんだっ……今と向き合うって……自分で蒔いた種から、逃げないって……! たとえ、ここで終わったとしてもっ……どんなに、ボロボロでもっ……最後まで、どんな不条理な現実からもっ、正々堂々……立ち向かうって……!」
僅かな力を振り絞り、右手を開いて伸ばす。崩れた天井の瓦礫の中から一本の剣が吸い寄せられるように飛び込んできた。
柄を握りしめ、豪喜へ切っ先を向ける。
「これがっ……僕の覚悟だよ、豪喜君」
「……そういうの、オイラは大好物だゾ。もしこんな噂が無かったなら、真っ先に君と親友になりたかったくらいにはナ」
両者は見据え合う。その約二秒後、剣と拳が衝突の時を迎えた――




