『ヘルハウンド』
ファリスタはこめかみをもみながら、馬車に揺られていた。
向かいには、感情が読めない眼をした大男。
オズワルド・ラヴァン・ヴァルクル公爵。
「ご気分が優れませんか」
「ああ、元気いっぱいにはしゃぎ回れるような状態ではないな」
とんでもない事態になった。
ダーイングのことを笑っているどころではない。
◇◇◇
それは、ダーイングとレイゼンが席を外した後のことだった。
ピスタチオの鮮やかな色味が美しいマカロンを摘まもうと、指を伸ばした時。
「お楽しみのところ、申し訳ありません。ファリスタ陛下、至急お耳に入れねばならぬことが」と、公爵はいつのまにか、石の家の扉の前に立っていた。
「公爵。何事だ」
これは、危急の事態。
ファリスタは瞬時にそう判断した。
──でなければ、公爵自ら迎えには来ない。
オズワルドは、スプルスを見つめてから、重い口を開いた。
「ドラゴンの死骸が発見されました」
──。
息を呑んだ。
放たれる圧力が室内の空気を軋ませていた。
スプルスの瞳が爬虫類のソレに変わっている。言葉にできない怒りを孕んで。
公爵は「遺骸は分断された状態で、埋められ、一部、白骨化がすすんでいます」と圧力に怯まず、報告を続ける。
「ドラゴン種保護条約違反か……」
どこのどいつだ。
建国王と白騎士が結んだ約束を反故にした愚か者は。
そして、それを堂々と『白騎士』当人の前で知らせてきたオズワルドの心臓は何製だ?
スプルスは無言で立ち上がって、オズワルドを見た。
「現場は、ガカン村郊外です」
淡々と告げられた内容に礼も言わず、スプルスは出ていった。
◇◇◇
「え、なに、うちでなんかあったの?」
ザイルは、首を傾げている。
「私の王剣なら、少しは学を身につけろ」
ファリスタはため息をついた。
ルシアスが「ドラゴン種の密猟だよ。建国時代に定められた絶対の法。そいつを破ったヤツがいるってこと。しかも、その約束を王と交わしたのが、白騎士こと、スプルス様なんだよ」と、説明する。
その美眉は、さらに形を崩している。
「次期剣王として、第三王剣に命じる。罪を犯した者どもの所在と目的を早急に調べろ」
白騎士が犯人どもを斬り殺す前に。
なんとしても、法の裁きを受けさせる。
「断罪の公爵家当主オズワルド。おまえは私と来い」
「はい。陛下。──罪人の首に牙をつきたてるのは、当家の役目。貴女様の猟犬、好きにご命令ください」
剣王国では珍しい、黒髪と黒眼には、地獄の猛火がゆらめいていた。




