ある特別指南役の着任初日
俺ことノアは、また王城に来ている。
いや、正確ではなかった。
王城隣接の騎士団庁舎に来ている。
隣接といっても王城の敷地が広いために「お隣さん」という感じは全く受けないな。王城からそれこそ王族が訪れるようなときは護衛の騎士を付けて馬車を出すくらいの距離はあるし。実際にそうしているかは知らないが。
わざわざ別の敷地に建てて税金の無駄遣いじゃあないのか…って思うところだがそうじゃない。
こういった行政機関、特に国政を直接担うような建造物なんかは他国からの使者なんかも目にするわけだから、少々の無理はしても一定以上の規模は有しておくべきらしい。
この規模を測ることで、外交の主導権を握れるかどうかとか、侮られて下手をしたら攻め込まれるとか、そういったことがあると誰かから聞いた。
カールさんからだったかな。
とにかく国民の血税を投入して建てられた騎士団庁舎は、それ以上に膨大な血税を投入して建てられた広い広い王城の敷地内ではなく、その隣接した土地に建っているということだ。
それはもう置いておいて。
その更に隣接した土地では魔法研究所の新設工事が始まっていた。
いや、それも今はもう置いておいて。
改めて、今日は騎士団庁舎に来ている。
俺とアンドレスの二人だ。
王国騎士団の「騎士団長付き特別指南役」に二人で指名され、今日がその着任初日なのだ。
緊張する。
吐きそうとまではいかないが、ちょっと腹が痛い。
だって、騎士団が何十人何百人いるか知らないが、彼らにしたら急に現れた見知らぬ奴に我が物顔で指導されるわけだから、どんな目で見られてしまうのかなんて考えると…何百どころか千人以上かも…アイタタタ。
何度か会議で王城に来ているけど自分が中心になったり注目されたりなんてことは今まで無かったし。
アメリアは偉いな。すごいよ我らがリーダー。
そうそう、アメリアはカミーユと共に今日は別行動で後で合流することになっているので、そちらは後でまた触れることにする。
今はアンドレスと二人、庁舎の一室にて待機中だ。
騎士団長室の客人用のソファに二人並んで腰掛けている。
入口のドアの傍には両手を腰の後ろで組んだアクセル副団長が立っている…気になるから座ってて欲しいと言ったがやんわり断られた。
ローテーブルに置かれたティーカップは既に飲み干してしまった。
お代わりを勧められたがトイレが近くなるのも困るので遠慮しておいた。
いま俺の頭の中は団員たちの前で挨拶するときのことで頭がいっぱいだ。
噛んだり詰まったりしたらどうしようとか。
欠伸している人を見かけてたら退屈させてしまっていないかとか。
かと言ってジックリ見られていても品定めされていないかとか。
長すぎるとか短すぎるとか。
そんなことを考えているとアンドレスに「気負うな、いつも通りでいい。深呼吸しろ」と肩をポンと叩いて顔を覗き込まれた。
彼にはすっかり見透かされていたようだ。
スー…ハー、スー…ハー。
よし。
そうだ。
よく見せようとか飾ろうとかしても意味がない。
自然体でいこう。
本番はその後なのだから。
そっちは、指導も自分の出来ることを示せば大丈夫だ。うん。
よし。
やがてアクセル副団長がドアを開き、廊下からリビングアーマーの侵入をやすやすと許してしまった。
いや失礼。
銀色の甲冑に身を包んだ一人の騎士を部屋に招き入れ、直立不動で敬礼をしている。
騎士団長だった。
我々も即座に立ち上がって敬礼をする。
騎士団長が入室するとアクセル副団長がドアを閉めて再びその前で起立の姿勢を取った。
「騎士団長、おはようございます」
「おはよう、ノア殿とアンドレス殿。
ああ、そのまま座っていてくれ」
騎士団長は我々の正面のソファに…ではなかった。
甲冑のマスクをアクセル副団長に預けると、彼はそのソファの向こう側に位置するデスク備え付けの椅子に腰掛けた。
甲冑のままソファに座ったらソファが傷むものな。
「ノア殿とアンドレス殿。
今日から宜しく頼むよ。」
「はっ」
「…珍しく畏まっていないか?」
「騎士団長殿の甲冑姿を初めて見たもので。
勇ましく、威厳のようなものを感じております」
「アンドレス殿、世辞はいい。でも有難うよ。
ノア殿は…体調でも悪いのか」
む。そんなに顔に出ていたのか。
でももう大丈夫だ。
「ノアは少し緊張しているようです」
「問題ありませんよ?」
「ノア殿は繊細だったのだな!
こういうときはサッサと終わらせるに限る、いくか!」
「はっ」
騎士団長室を出た我々は、先導する団長と殿の副団長に伴われて修練場に向かうことになった。
吹き抜けになった玄関ホール上の二階踊り場の前に騎士団長室がある。
このホールと踊り場を使って小規模な集会をすることもあるようだが、騎士団の全員を収容するほどのスペースは無いため、それはごく稀だそうだ。
我々がこれから向かうのは屋外にある第一修練場だ。
青い絨毯が敷かれた両袖階段の片方を降りる際、玄関側の壁面上部に掲示された大きな案内板を指し示しながら副団長から庁舎施設の案内をざっと受けた。
事前に施設を案内して貰う打診もされていたのだがタイミングが合わず今日の今日になってしまったのだ。
フルアーマー姿の門兵二人に正面玄関の扉を開けて貰って屋外に出たところで他の騎士団員二名と合流。
彼らに先導され、赤煉瓦の庁舎に沿って石畳の通路を六人で移動する。
その道中も副団長の施設案内は続いたが、これから何回もここに来るわけだから案内は非常に助かる。
彼の指し示す方向に目を向け感心しつつ質問も投げかけながら歩き、ほどなく高い石造りの塀に囲まれた広場に到着した。
中から掛け声やらぶつかり合う音やらが聴こえる。
ここが第一修練場のようだ。
しかし王城と違って騎士団庁舎の敷地内は緑がやや少ないな。
エルフの俺にとっては、ちょっと落ち着かないかも。
耐えられないほどじゃあないが、これからここに通うのなら少しばかり植樹させて貰えないだろうか。大きめの植木鉢を幾つか置かせて貰うだけでもいい。
あとで相談してみよう。
先導してくれた騎士団員二名が塀の前で待機していた他の騎士団員に扉を開けさせ、彼らに続いて今度は先に副団長、次に団長、その後で俺とアンドレスが続いて場内に入った。
広い。
ちょっとした投擲競技を10数件は同時に出来そうだ。
そんな広大な場所で、服の上からでも鍛えられていると判る男たちが、複数のグループに分かれて修練を行っていた。
ぶつかり合う音が聞こえていたのは、甲冑と楯に身を包んだ者どうしで模擬戦をしている音のようだな。
「全員、集合!!」
アクセル副団長がいつになく勇ましい声を場内に響き渡らせた。
拡声魔法を使った様子は無かったので地声だけでこの声量なのか、すごいな。
あれ?そういえば副団長は団長のように甲冑じゃないんだな。
いいのかな。
広い修練場に散らばっていた全団員が全速力で走り寄って来る。
団員たちは今日はざっと400人あまりいるそうだ。
足音が響く。
そして場内は赤味がかった土が敷かれているため、一斉に走り寄って来る団員の足元からは赤い土埃が巻き上げられて視界がぼやけかけている。
尚これで全員ではないらしい。
他の修練場にいる者、任務で地方に出向している者もいるので、今日は比較的欠員の少ない第二部隊なのだそうだ。
え、なに、ということは他の部隊を相手にまた挨拶しないといけないの。
とか考えていた僅かな時間の間に見事に隊列を組んで整列を完了した団員たち。
揃いのグレー色の半袖シャツと長ズボンの上から革製のベストやブーツを身に着け、腰に帯剣している剣は今日は修練用の木剣だったようだ。
模擬戦をしていた甲冑姿の者もいるが彼も走ってきたのか、重かったろうに。
アクセル副団長がフリーデン団長の元に歩み寄り小声で「お願いします」とだけ言うとスッと後ろに下がった。
登壇するような台は用意されていない…と思ったが、他の団員4名がいそいそと我々の前に大きな木箱を並べて設置しすぐに戻っていった。
「よっこらせ」と団長が木箱の上に登った。
木箱は頑丈そうなので甲冑を着込んだ団長の重みにも耐えられそうだ。
「―皆、ご苦労さん」
「おおーっす!」
フリーデン団長の挨拶に、400人同時の返事が場内の空気を揺るがした。
ちょっとびびる。
団長も声を張り上げた訳では無いがこの広い場内の隅々まで声が行き届いている。今度は傍に控えている騎士団員が拡声魔法を使っているようだ。
「さて既に案内していたとおり、今日からお二方の特別指南役が着任する。
出自や実績なんかは先だって案内済だから省略するとして、そのお二方から少し挨拶して貰うので、このまま静粛に頼む。
―では、お二方。
それぞれご自身の得意な技術なんかを実演を交えて紹介して貰えると助かる。
俺も含めて脳筋な者ばかりなのでな」
「団長、ひどいですよ!」
「本当のことだろうがよ!
あと俺も含めてって言ってるじゃあねえか!」
ドッとそこいらじゅうで笑いが起こった。
団長が我々に視線を向けてニヤリとした。
緊張を和らげてくれたのだろう。ありがたい。
ずいとアンドレスが前に出て、木箱に上がった。
「ご紹介に預かったアンドレスだ。
種族は見ての通りドラゴニュート。
得意技は、その場に合わせて武器を使い分けることだな。
普段は両手剣が多いが、斧や長槍、珍しいやつでは手甲鉤を使うこともある」
そう言ってアイテムボックスから武器を順に取り出して構えて見せていたが、大槌を取り出したときにその重みで乗っていた木箱を押し潰してしまった。
「団長殿、申し訳ない」
「いや、構わんさ。
軽々持っていたがそんなに重かったのだな」
どよどよする団員を尻目に副団長の指示で素早く新しい木箱が用意され、大槌を収納して代わりに両手剣を右肩に担いだ状態でアンドレスが再び登壇した。
「続けさせて貰うぞ。
それぞれの武器を極めたような者には敵わんが、どの武器でも高ランクの魔獣と渡り合ってきた実績には自負がある。
皆には、敵がどんな武器を持っていても対処できる術を中心に伝えていこうと考えているが、もちろん自分達がいま使っている片手剣や槍、他の武器でも大概のものは対応出来るので遠慮なく言って欲しい。
以上、よろしく頼む」
団員から一斉に拍手が起こった。
流石だ、我らが戦場の万屋アンドレス。
木箱から降りたアンドレスから「いつもどおりでな」と肩をポンと叩かれた。
さっきほどは緊張してはいない。
よし。
膝の高さ程度の木箱にひょいと立ち上がる。
大丈夫だ。
木箱じゃなくて俺がね?
スーハースーハー。
よし。
「ご紹介に預かりました、ノアです」
「敬語はご不要です、ノア殿」
「ありがとう、アクセル副団長」
彼も俺を落ち着かせようとしてくれているのか。
「でも性分なんでね、このままいかせて貰います」
コホン。
「―改めまして、ノアです。
種族はエルフ。
自分は精霊魔術と弓矢を中心に使っていますが、元素魔法も同じくらい使えますので、魔法師団の皆さんの力になれることは多いと思います。
あと騎士団の皆さんにも、魔法を使う敵への対処について伝えられるものがあると思います」
実演をしようかと視線を動かしたとき、400人の団員の向こう側から声がした。
「ノア殿!標的はこのあたりでいいですか!」
俺があらかた話し終えたところを見計らってアクセル副団長が声を上げた。
彼と他の騎士団員によって、広い修練場の中央付近に人の身長ほどの丸太が立てられていた。
デモンストレーションにしてはやや遠い気がする。
俺を囲んだ400人の団員たちは、丸太への射出線を空けるようにゾロゾロと左右に分かれて移動し始めた。
その様子を見ながらフリーデン団長が声を上げる。
「そんなに空けなくていいぞ、ひとが一人か二人通れる程度でいい」
「マジですか団長」
再びどよどよとする団員たち。
マジですかと俺も訊きたい。
しかし団長の指示のもと副団長に誘導されて恐る恐る空間を詰める弾員たち。
「それだけの精度はあるだろう、ノア殿」
「いや、万一ということも」
「じゃあ最前列には魔法防御を施した盾を持たせるからそれでいいか」
「…それでいいです」
団長付き特別指南役が就任初日に不安な顔は見せられない。
自信もあるし、もう緊張もしていない。
一回だけ深呼吸。
スーハー。
よし。
撃つのは氷の矢。
弓矢に纏わせるのではなく元素魔法単体だ。
魔力を練る量は控えめに精度重視でいく。
ちらりとアンドレスの方を見てみたが先ほどと全く変わらず「普段どおりで大丈夫だ」と言わんばかりの顔だ。
「では準備します」
400人が立ち並ぶ騎士団員達が空けた僅か二人分程度の隙間の向こう側、的として立てられた人の背ほどの丸太。
これに対して正面を向きつつ、右腕を真っ直ぐに突き出した。
構えのポーズとしてはイマイチだな。
まあいい。
魔力を練り始める。
右の肘から先がぼんやり光を発して魔力を纏い始める。
詠唱?
この物語中では詠唱や無詠唱について今のところ語る予定はないです。
さほど触れないで話を進めます。
魔力を纏った右手から冷気が立ち込める。
いや、嘘。
まだ冷気は帯びていない。
それだと火を放つ魔法なら熱いじゃないか。
魔法はイメージの産物。
自分の腕が凍傷になったり火傷を負ったりしかねないことを想像するわけない。
傍目にそう見えるだけで、これらの魔法は放つ前から実際に熱かったり冷たかったりはしないのだ。
魔法師団の皆さんなら解っていることだ。
「撃ちますよ」
と、言い切るか言い切らないうちに、放った。
もう少し引っ張るべきかと頭をよぎりつつ、あっさり放ち、騎士団員たちの列の隙間をなんなく縫って、的の丸太に着弾した。
丸太の表面には山状に氷塊が突き出して、ここからも僅かに立ち込める冷気の煙が見える。
周囲でその様子を見ていた騎士団や魔法師団の面々には、俺が前方に突き出した右の掌から小ぶりながら氷の矢が飛び出したように見えたことだと思う。
見えたよな?
既に的の丸太に着弾した後だがまだ俺を見ている者が多い。
あ、アンドレスが苦笑している。
精度重視で威力を抑えたために衝撃が地味で小さかったのが良くなかったか。
速すぎたのか。
いや、速度は抑えられないからやはり間髪入れなさすぎたか。
「お前たち何処を見ている!着弾しているぞ!」
間髪いれずにフリーデン団長が叫んだ。
見えていた者、俺と丸太を交互に見て気付いた者、団長に指摘されてようやく気づいた者、それぞれが一斉にどよめいた。
「速すぎて、まるで見えなかった!」
「いつ撃ったか判らなかった!」
「この狭い隙間を難なく通っていったということだよな、凄い!」
感嘆と称賛の声が次々に上がるが、俺としては微妙だ。
こんなものなのか。
あ、しまった、また顔に出たかも。
フリーデン団長が歩み寄ってきて、俺の肩をポンと叩きながら、団員たちに向かって再び声を張り上げた。
「今のがまるで見えていない者は、修練不足ということだ!
そして見えていた者も、ノア―彼の魔力操作のレベルの高さが良く解ったことだと思う!」
やや間をおいて俺に向き直り、アンドレスにも視線をやり、少しトーンを抑えつつも団員にも聞こえるように団長は続けて言った。
「ノア殿、すまないな。
団員たちも決して力量が低いわけではないのだが、ノア殿のそれには及ばないだけなんだ。
彼らには目標が必要だ。
高い志と、それに向けた行動が必要だ。
どうだろう、ノア殿から見て、アンドレス殿から見て、彼らを貴殿たちの域に近付けることは可能か?」
俺たちからそれを言わせるか。
団長付き特別指南役って、原則任意でいいとは言われているが、指導は月におおよそ3日って言ってたよね。
王国騎士団と、同傘下の魔導師団、王直属の近衛師団も対象にするんだよね。
難しいのでは。
なんて言えないし、アンドレスもジトッとした目でフリーデン団長を見ているぞ。
あっ団長が気付いて目が泳いだ。
仕方ない、腹を括るか。
アンドレスに視線をやると彼と目が合った。
彼の表情はもう素に戻っていて、俺が発言しようとしていたのを「任せてくれ」と制止したので、任せることにした。
「可能だ」
「そうか!可能か」
リップサービスだろう。
周囲を取り巻いている団員たちも気付いている。
団長もそんなことを求めていないだろうし、アンドレスもリップサービスなんかで終わらせるわけがない。
しかし俺たちも安請け合いするわけにいかないし、かといってこの仕事を引き受ける以上は団員たちの士気を落とすわけにもいかない。
「それは俺たちの指導に付いてこられたらの話だ。
指導方法は俺たちに一任して頂けるのですか、フリーデン団長」
「なるべく事前に相談してくれればそれで構わない」
「修練場の一つや二つは壊すかも知れないが、宜しいですか」
どよどよと団員たちの顔色が変わった。
「…壊さないで貰いたいが」
「修練場の外へ連れ出すことも許可して頂けますか」
「野外演習ということだな、どの辺りへ連れ出す予定だ?」
「とびっきりの場所へ」
とびっきりという言葉をアンドレスが使うか。
「…事前に相談してくれたら善処する」
「ありがとうございます」
フリーデン団長の言質を取り、いや団員たちにすれば言質を取られて、更に顔色が変わった。
「そんな顔をするな、特別指南役の二人も無茶なことはしない。
…しないでくれよ?」
「お約束します。
なあアンドレス」
「…善処する」
またもどよどよする団員たち。
「アンドレス?」
「…冗談だ。
しかし国王や団長の期待を裏切る訳にはいかないから、そのつもりで我々もこの仕事に当たる。
無茶のない範囲で成果は出すつもりだ。
皆もそのつもりでいて貰いたい。
以上、宜しく頼む」
「宜しく頼みます」
アンドレスと俺が二人でそのように締めくくると、上手くまとまったことになったのか、団員たちから拍手が湧き上がった。
フリーデン団長も満足気な表情で我々に握手を求めてきたのでアンドレスと俺が交互に応じたところ、その様子を見て団員たちからは益々拍手と歓声も上がることになった。
結果オーライだな。
「さて。
特別指南役お二人の就任初日はどうするね」
フリーデン団長が早速というふうに我々に訊いてきた。
「彼らに弱体化をかけてみたいが、宜しいですか」
「ほう、つまり筋力を下げたりして負荷をかけるわけか?」
「そういうことです」
「それは興味深い、やってくれ」
「アンドレス。
簡単に言うけど、この人数に俺が弱体化を掛けるんだぞ?」
「今のお前なら出来るだろ?」
「出来るけど…」
いずれは重力魔法を会得して修練場全体の重力を操作するなんて荒業を使えるようになったほうが楽だが…いや流石にそこまで出来るイメージが湧かない。
「じゃあ、やるか」
俺がそう言うと「よし」と少し悪い顔をしてアンドレスが周囲に向けて声を張り上げた。
「まずは騎士団から!
今から諸君の身体能力全体を下げさせてもらうから、その状態で先程の訓練の続きをやってみて欲しい!」
どよどよと反応する騎士団員たち。
それが普通の反応だよね。
数十人ずつに弱体化魔法を掛けてまわり始めた俺だが、そんな俺を見て更にどよどよと反応する彼ら。
うーん、引かれている気がする。
確かに元々から自身の魔力量は比較的多いほうだったのが、自然魔力をかなり使えるようになってからは消費魔力を気にしなくなったとは思う。
そのせいか。
やがて騎士団員の全員に弱体化魔法を掛け終わり、彼らはまた元いた修練場へ戻っていった。
弱体化は効果てきめんで、先ほどまで軽々と振るっていた剣もずしりと重そうに扱っている。
「腕力だけで振ろうとするな!
武器の重心、自分自身の重心、これらを一体化させるイメージを持て!」
「ハハッ!」
と、アンドレスが騎士団員に指導して回り始めてた。
そうだった。
彼は本来スパルタなんだ。
俺も駆け出しの頃はあんなふうにしごかれたな。
「魔法師団はどうするね、ノア殿」
残された魔法師団の団員を前に、フリーデン団長が俺に訊いてきた。
「彼らには逆に、知覚や演算系の能力を上げて高みを体感して貰おうかと」
「それも興味深いな、やってくれ」
「わかりました。
お聞きの通り、皆さんには強化魔法を掛けます。
いずれ強化無しでこの極みに到達できるように修練を積んで頂く予定なので、今から体感して貰いたいというのが趣旨です」
おおーっ、と反応する師団員たち。
先ほど弱体化すると聞いてどよめいた騎士団員たちとは反応がまるで逆だ。
「ただ魔法が切れた後は頭痛や倦怠感に襲われると思うのでその点は覚悟しておいてください」
どよどよ。
今度こそ騎士団員たちと同じ反応だ。
まぁ反応を気にすることはない。
さて。
今度は50〜60人程度だ。
強化する能力は思考能力と想像力。
魔力量は上げられないから代わりに魔力を供給する魔法陣と魔石を支給だ。
我ながらなんて準備が良いんだ。
「強化が済んだ方から順に、先ほど俺が使った丸太に向かって攻撃してみてください」
既に的にする丸太が全部で5個用意されている。
アクセル副団長の手際だ。
さて順にと言っても2〜3回で全員への強化魔法を掛け終えてしまったので、俺は先ほどに引き続いて周囲から引かれている真っ最中だ。
そんな中でも意を決したように何人かの師団員は魔力を練り始めていた。
「早い、早いよ!」
ガン○ムの一場面で少年兵が先輩兵士に掛けた言葉か。
魔法の構築が早いことに戸惑っているようだ。
構築が早いから射出までのリードタイムも短くて済むわけである。
…早く撃てよ。
「悩まず次々に撃て!」
「ハッ!」
次々に魔法を射出する師団員。
しかし的にはあまり当たらない。
演算系は確実に上がっているが判断系が追いつかないのか。
想像と構築が正確且つ早くなっても、本来の自身の能力以上の魔法を扱いあぐねているようだ。
流石に事故こそ起こしてはいないが、あまりの勝手の違いからタイミングを定め切れずに的への命中を逃す師団員が大半である。
まあ、じきに慣れるだろう。
それが目的だし。
「魔石は十分に用意しているから魔力は随時補充すること!
技術的なことは後回し、今日は数やって今の状態を身体で覚えておくこと!」
「ノア殿、敬語がなくなりましたね」
「おっと失礼、アクセル副団長」
「いや、そのほうがいいのですよ。
貫禄が増します。
是非そのままでお願いします」
「ありがとう。
―全員どんどん撃て!」
「ハッ!」
慣れ始めてきたのか、的に命中させる者が増えてきたようだ。
そしてアンドレスが指導する騎士団のほうでも先ほどまでと動きが違ってきているようで、「よし、いいぞ!」と彼の声が聞こえ始めている。
そんな感じで、特別指南役は就任初日から有意義なものに出来ていると言っていいだろう。
フリーデン団長も満足げに「次はいつ来てくれる?」と早々と訊いてきたし。
月3を超えてはやりませんからね?
それにまだ初日は終わってませんよ?
次回以降の指導プランも考えておかなければな。
アンドレスとも相談しよう。
基本的には我々の裁量に一任だそうだが事前に概要を伝えておくのもいいだろう。
よし、今夜あたり皆の意見も訊いてみるか。
アメリアからも「どうだったか教えてね!」と言われていたしな。
人とは互いに支え合うものだが、彼らの能力が向上すれば彼ら自身や国の利は勿論だが、我々も直接的か間接的に受ける彼らのサポートが増すことだろう。
だから自分の利のためにやっているようなものだと考えたら更に身が入り始めたようだ。
しかし…最初は自分が人の指導なんてと思っていたが、いざやってみたら面白い。
そんな自分が実に興味深い。
自分にこんな一面があったとは。
今は冒険者としてやることがあるが、いずれは後進の指導も悪くない。
手先の器用な奴がきたら尚のこといいな。
DIYも仕込みたいからな。
そんな奴がいたらいいな。
そんなこんなで特別指南役の仕事も充実しそうな予感かしていい感じだ。




