中世から来た魔女は、テストを受ける。――8
「――うん。九割以上正解だ」
「よかったぁ……!」
安堵の息をついて、パタン、と倒れるように、ベージュのスウェットと白いスカートを着たエリーが、ダイニングテーブルに身を預けた。
先ほどまでエリーがやっていたのは、試験で出るだろう問題を予想して、俺が作った小テストだ。
編入試験は明日に迫っている。そこで、試験に備えて小テストをしてみたのだ。
結果、エリーは全教科で合格点を大きく上回る点数をたたき出した。これなら、試験は容易に合格できるだろう。
「ねえ、養一? わたし、合格できるかな?」
ダイニングテーブルに倒れているエリーが、顔をこちらに向けた。
その表情からは、一目で不安が見てとれる。
「できるさ。小テストの結果が物語ってる。エリーはきっと、試験に合格できる」
「……そう、だね」
納得の言葉を返してきたが、エリーの顔つきはいまだ晴れない。眉を寝かせ、眉間には皺が寄っている。
学校に通う夢がかかっているから、不安になるのも無理はないか。
このままでは、試験で全力を出せないかもしれない。それ以前に、心細そうなエリーを放っておけない。
どうやったらエリーを元気づけられるだろうか?
腕組みして考え、俺はエリーに声をかける。
「エリー、ちょっと出かけないか?」
「ふぇ?」
エリーが身を起こし、コテンと首を傾げた。
「よーし、ついたぞ」
駐車場に車を止め、俺はエリーに知らせる。
ふたりして車を降り、俺はエリーを先導した。
「ふわぁ! おっきい!」
俺の目的地を目にして、エリーが目と口をまん丸にする。
俺とエリーの前には、石造りの鳥居が建っていた。
そう。俺がエリーをつれてきたのは神社だ。
「ここはどんな場所なの?」
「神社っていう、神さまをまつる場所だよ」
「か、神さま!?」
ビクッと震え、エリーが身を強張らせる。その顔は青ざめ、見るからに怯えた様子だった。
エリーの反応を見て俺は気づく。
魔女狩りを主導していたのは聖職者――神を奉じる者だ。
魔女は神の名のもとに虐殺された。エリーもその被害者になりかけていたのだ。神に対して恐怖を抱くのも仕方ないだろう。
俺は慌ててエリーを宥める。
「心配するな、エリー! エリーを傷つけようとするやつも異端審問官も、ここにはいないから!」
「ほ、本当?」
「ああ。神社は日本の神さまをまつる場所で、教会とは違う。それに、日本って国自体、宗教観が薄いしな」
「……そうなの?」
俺のポロシャツの裾を握りながら、不安そうにエリーが見上げてきた。
背中を優しくポンポンしながら、俺は頷く。
「神社は、日本古来の宗教、神道にまつわる建物。葬儀で唱えるお経は、仏教っていう、インド由来の宗教のもの。十二月二五日にはクリスマスもあるしな」
「ふ、不思議な国なんだね」
「けれど、この国の人々は神さまを信じてないわけでもないんだ。いや、正確には、人間を見守る『大いなる存在』がいるんじゃないかって思ってるんだよ」
鳥居を見上げながら、俺は続けた。
「神社は神さまにお願いする場所なんだ。『わたしたちを見守っていてください。助けてください』ってな。身分とか戒律とか関係なしに、日本人が信じる神さまは、誰でも平等に救ってくれるんだよ」
「誰でも……平等に……」
俺と同じように、エリーも鳥居を見上げる。
穏やかな風が吹き、常緑樹の葉をさやさやと鳴らした。
エリーが、ほぅ、と息をつく。その顔からは強張りがとれており、代わりに柔らかな笑みが浮かんでいた。
「優しい場所なんだね」
「ああ。エリーが試験に受かるよう、神さまにお願いしよう」
「うん!」
エリーがポロシャツから手を離し、俺の手と繋ぐ。
俺たちは鳥居をくぐり、手水舎へ向かった。
「ここで手と口を清めるんだ。俺がやってみせるから、エリーは真似してご覧」
柄杓を右手で持ち、水をくみ、左手、右手、口の順番で清め、柄杓を洗って戻す。
エリーがギクシャクした動きで柄杓をとった。
「え、えっと……まず、左手を洗って……」
「ある程度適当でもいいからな? 完璧にやらなくても、神さまは怒ったりしない」
「そ、そうなんだ」
「日本の神さまは寛容なんだよ」
俺が微笑みかけると、エリーは微笑み返し、手と口を清める。順番もやり方も完璧だった。
俺たちは再び手を繋ぎ、参道を進み――拝殿に着いた。
「ここでお願いするんだ」
俺はポケットから財布を取り出し、エリーに五円玉を渡す。
「この五円玉をあの箱――賽銭箱に入れて、二回お辞儀して、二回手を打つ」
手を打ったあと、俺は目を閉じ、神さまに祈った。
「どうか、エリーが試験に合格しますように」
目を開け、最後に一回お辞儀して、エリーの背を優しく押す。
「さあ、エリーも」
「う、うん」
俺から受け取った五円玉を賽銭箱に入れ、若干ぎこちない動きで二礼二拍手。
「神さま、試験に合格させてください。学校に通わせてください。……養一と一緒にいさせてください」
俺が見守るなか、エリーがお辞儀して、怖ず怖ずした様子でこちらを見上げた。
「欲張りすぎ、かな?」
「大丈夫だよ。神さまは優しいからな」
「そっか」と、エリーが穏やかに微笑んだ。
拝殿で祈ったあと、俺たちは社務所に向かった。
「合格祈願のお守りをひとつください」
「はい」
社務所にいた巫女さんが、にこやかな顔で代金を受け取り、俺にお守りを渡した。
「ありがとうございます」と礼を言って、俺はエリーにお守りを見せる。
「これには神さまの御利益が宿っている。エリーをきっと助けてくれるぞ」
「神さまが見守ってくれるんだ」
「ああ。それに、俺もな」
俺はお守りを両手で包み込み、まぶたを伏せて祈った。
エリーが合格しますように。不安がやってきても晴らしてくれますように。少しでも力になりますように。
たっぷりと念を込め、エリーにお守りを手渡す。
エリーは受け取ったお守りをジッと見つめた。
そんなエリーの頭を、そっと撫でる。
「神さまも俺も見守ってる。エリーはいままでの努力を信じればいい。きっと合格するから」
エリーがふわりと微笑んだ。緊張も気負いも恐れもない、柔らかい表情で。
「ありがとう、養一! わたし、頑張るよ!」




