中世から来た魔女は、約束を果たす。――10
「夢みたいな時間だったよー」
「俺も楽しかったよ」
「うん! また来ようね!」
帰りの車のなか、俺とエリーは笑い合う。
水族館を楽しみ尽くし、俺たちは行きと同じように、海沿いの自動車専用道路を走っていた。日は傾き、夕焼けが海をオレンジ色に染めている。
助手席のエリーはイルカのぬいぐるみを大事そうに抱えていた。すっかりイルカを気に入ったようなので、売店で買ってあげたのだ。
水族館につれてきて本当によかった。嬉しそうなエリーを見られて、俺も心の底から満足だ。
俺が温かい気持ちになっていると、「ふぁ……」と可愛らしいあくびが聞こえた。
「眠たいか、エリー?」
「うん……ちょっとだけ……」
ちょっとだけと言う割りには、エリーはこくりこくりと船をこいでいて、いまにも眠りに落ちそうだ。まあ、あれだけはしゃいでいたのだから仕方ないだろう。
愛らしいエリーの様子に、俺の頬が緩む。
「疲れただろうし、マンションに着くまで眠ってていいぞ?」
「……起きてたいな」
トロンとした表情で、それでもエリーは睡魔に抵抗していた。
「どうしてだ?」
「眠っちゃったら、夢が覚めちゃいそうだから」
エリーの言いたいことがわからず、「夢?」と俺は聞き返す。
「今日はもちろん、養一が引き取ってくれてから、毎日が夢みたいに幸せなの。幸せすぎて、本当に夢なんじゃないかって不安になるくらい」
エリーの表情が陰った。
「もしかしたら、わたしはまだ中世ヨーロッパにいるんじゃないかな。目が覚めたら、異端審問官から逃げなくちゃいけないんじゃないかなって思って……怖いの」
エリーがギュッとイルカのぬいぐるみを抱きしめる。その目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺の胸が絞られる。運転中でなければ、きっとエリーを抱きしめていたことだろう。
「夢なんかじゃないよ」
エリーの不安を拭いたくて、俺は柔らかい声で伝える。
「俺はここにいる。エリーもここで生きている。中世ヨーロッパじゃなくて、現代日本で」
「……うん」
「これからも幸せに暮らそう。ひとまず、サービスエリアで買った太キュウリの奈良漬けを晩ご飯に食べようか。きっとおいしいぞ」
「うん……そうだね」
エリーがクスクスと笑みを漏らした。
安心したのか、エリーの表情から陰が消え、まぶたがゆっくりと下ろされていった。
「……おやすみ、養一」
「おやすみ、エリー」
スゥスゥと安らかな寝息が聞こえる。横目で見ると、エリーの寝顔は天使のように穏やかだった。
「夢なんかじゃないよ」
改めて俺は口にする。エリーを起こさないように小さく。
「俺が幸せにしてみせる。心配なんていらない。俺の幸せは、エリーが幸せでいてくれることなんだから」
夕焼けに照らされるエリーの口元が、かすかに笑みを描いた気がした。




