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中世から来た魔女は、ひとりじゃない。――4

 俺は不登校に(おちい)り、朝から晩までベッドに横たわっていた。


 ベッドに寝ているだけではなにもはじまらない。このままでは、俺はまともに生きていけなくなる。学校に行くべきだ。


 それでも、仲間たちの冷たい目を、生徒たちの陰口(かげぐち)を、切り捨てるような担任の言葉を思い出すと、動悸(どうき)が激しくなって、とてもじゃないが無理だった。


 俺はひとり涙しながら、ポツリと呟いた。


「……誰か助けてくれ」




「任せてください」




 答えが返ってくるなんて思ってもみなかった。


 ベッドから跳ね起き、開かれたドアを見やると、戦乙女(いくさおとめ)のように凜々(りり)しい顔つきをした、女性教師が立っていた。


 女性教師の凜然(りんぜん)とした表情が、聖母のような笑みになる。


「つらかったでしょう、養一くん。もう大丈夫です。わたしはあなたの味方ですから」


 彼女こそが、その頃は新任だった、清香先生だった。





 清香先生に連れられて、俺は一ヶ月ぶりに学校に向かった。


「なにをしているんだ、森戸! 部活の失敗くらいで不登校だと? 将来(しょうらい)苦労するのはお前なんだぞ!?」


 待っていたのは担任の叱責(しっせき)だった。


 彼の言うとおりだ。


 イジメの原因を作ったのは俺。不登校のままでは将来どうなるかわからない。


 どうすればいいのかわからなくて、俺は涙を流した。


「泣いて解決すると思っているのか!? お前が不登校になると俺の沽券(こけん)に関わるんだ! 俺に迷惑をかけるな!」


 担任の罵倒(ばとう)が、俺を絶望の底に突き落とす。


 もうなにも見たくなくて、俺はまぶたをきつく閉じた。


 パンッ!!


 乾いた音がした。


 ガタンッ!!


 なにかが倒れる音がした。


「げぅっ!?」


 潰されたカエルみたいな、担任の悲鳴がした。


 俺が目を開けると、清香先生が担任を張り倒していた。


「養一くんがイジメを受けていたのは明白です! 『俺の沽券に関わる』? 『俺に迷惑をかけるな』? ふざけたことを言っている場合ですか!!」


 清香先生は、いままで見たことない、鬼気(きき)迫る顔をしていた。


「も、森戸がイジメを受けている証拠がどこにある! 下手に騒ぎを起こせば、PTAに問題視されるだろう!!」

「言い訳はやめてください! あなたはただ、面倒事を起こしたくないだけ! 保身(ほしん)のために見て見ぬ振りをしているだけです!!」


 図星(ずぼし)だったのだろう。担任は顔を真っ赤にして、清香先生を指さした。


「し、新任の分際(ぶんざい)ででかい口を叩くな! 俺に暴力を振るったことは訴えさせてもらうからな!」

「訴えたければ訴えなさい!!」


 清香先生は(ひる)まなかった。


 次に清香先生が放った言葉は、教師としての俺の指針になっている。




「我が()可愛さに子どもを見捨てて、そんな教師になんの価値がありますか!!」




 教師は俺の味方ではなかった。


 生徒も俺を助けてはくれない。


 味方など、どこにもいなかったのだ。


 はじめから、俺はひとりぼっちだったのだ。


 そう思っていた。


 けれど違った。


 俺はひとりぼっちじゃなかった。


 俺の味方は――ヒーローは、ちゃんとここにいたのだ。




     ○  ○  ○




「俺が立ち直れたのは清香先生のおかげです。イジメを行っていた生徒を(しか)って、俺を擁護(ようご)する空気も作ってくれたんですから」

「生徒たちがイジメを傍観するのは、『巻き込まれたくない』という自己防衛です。本心では、養一くんに同情する生徒もいたのです。だから、空気さえ変えれば、養一くんへのイジメはなくせたのですよ」


 アップルパイを食べ終えて、清香先生がティーカップを手にする。


「わたしはきっかけを与えただけ。立ち直ったのは養一くん自身の力です」


 それに、


「わたしは、学生時代の(あやま)ちを、繰り返したくなかっただけなのですよ」


 清香先生がティーカップに口をつけた。


 清香先生の過去を知る俺は、なにも言わずに紅茶を口にする。


 不思議と、さっきより渋く感じた。


「あの頃があったから、俺はエリーを放っておけなかったんです。エリーも、俺と同じくひとりぼっちでしたから。俺は、あの頃の俺みたいな苦しむ子どもを出さないよう、教師になったんですから」

「ふふっ、でしたら、わたしはエリーさんを助けるのに一役(ひとやく)買ったのでしょうか?」

「ええ。そうなりますね」


 俺と清香先生は笑い合う。


 清香先生がティーカップを置き、穏やかに言い聞かせてきた。


「無理は禁物(きんもつ)ですよ、養一くん。これからは、困ったことがあったら頼ってくださいね?」

「すみません。恩に着ます」

「構いませんよ」


 清香先生が、俺を助けてくれたときと同じ、聖母みたいな笑みを浮かべる。


「わたしのなかではいまでも、養一くんは大切な生徒です。生徒を助けるのは、なによりも優先すべき、教師の務めでしょう?」

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