中世から来た魔女は、ひとりじゃない。――3
「ん~♪ これはアタリですね!」
運ばれてきた『スイートポテトのアップルパイ~バニラアイスを添えて~』を口にして、清香先生が満足げに頬を押さえた。
スイートポテトのアップルパイは、名前の通り、スイートポテトにリンゴのコンポートを載せ、パイ生地で包んで焼いたものだった。
リンゴのコンポートからにじみ出た蜜をスイートポテトが吸い、レーズンの酸味とシナモンの風味が相まって、絶妙のハーモニーを奏でている。
バニラアイスがアップルパイの熱で溶けて、トロトロになっているところもポイントだ。相当な自信作なのだろう。非常にいい出来だ。
アップルパイに舌鼓を打ち、俺は眉を下げる。
「エリーのこと、黙っていてすみません」
「まったくですよ。水くさいじゃないですか。エリーさんを育てられることに、わたしが反対すると思ったのですか?」
ソーサーにフォークを置いて、清香先生がぷくぅっと頬を膨らませた。意外と子どもっぽい仕草もするひとなのだ。
「いえ。清香先生は納得してくれると思っていたんですが、エリーを引き取る前、悠莉に反対されたことを思い出して、打ち明けづらかったんですよ」
「気持ちはわからないでもないですね」
親友である悠莉に反対されたため、清香先生も同じく反対するんじゃないかと、ほんのわずかではあるが疑ってしまった。
そんな俺の内心を悟ってか、清香先生が小さく嘆息する。
「ですが、養一くんが困っているひとを放っておけない方であることは、わたしはよく知っています。悠莉さんのときもそうでしたしね」
清香先生がティーカップを手にし、紅茶を一口した。
「それに、養一くんの決意に水を差すような真似はしませんよ。覚悟はされているでしょうから」
「ありがとうございます」
俺が安堵の息をつくと、清香先生は穏やかな微笑みを浮かべた。
「それにしても、生きていく術のない女の子を育てるなんて、養一くんは頼もしくなりましたね。わたしは嬉しいです。《《イジメを受けていたあなたが》》立派になってくれて」
「清香先生のおかげですよ」
俺は苦笑して、ポリポリと頬を掻く。
いまでは笑って話せるが、当時の俺にとっては、絶望でしかない思い出だ。
○ ○ ○
子どもの頃、ジュニアバスケのクラブに所属していた俺は、中高ともにバスケ部に入った。
中学ではスタメン入りしたことがあるし、腕前はなかなかのものだったろう。
高校でも仲間たちとともに汗を流し、「目指せ、インターハイ!」なんて盛り上がっていた。
努力の甲斐あって、一年生にもかかわらずベンチ入りできたし、充実していたと思う。
転機は、夏の大会の際に訪れた。
最終クォーター。残り五分。六点差でこちらが優勢。このまま行けばインターハイ行きの切符が手に入る。
そんなとき、エースのポイントガードが負傷した。
同じくポイントガードの俺は代役として、高校生になってはじめて試合のコートに立った。
そのときのプレッシャーは凄まじかった。
インターハイは目前。
点差を縮めなければ勝てる。
俺がチームワークを乱さなければ勝てる。
コートに立つ俺は、ベンチからの視線と重圧で吐きそうになったのを覚えている。
そんな状態でまともにプレイできるはずがなく、俺はパスミスを連発。点差は見る見るうちに縮まり、あっという間に試合はひっくり返った。
俺の所為でチームは敗退した。インターハイを目前にして、切符を逃してしまったのだ。
その日からすべてが変わった。
ともに笑い合った仲間たちは、俺を責め、蔑み、無視するようになった。
部活内に、俺の居場所はなくなっていた。
部活に出るのがおっくうになった。コートに向かう脚が鉛のように重くなり、全身が気怠く、胸がざわつくようになった。
俺が部活を休みがちになったのは、必然だった。
しかし仲間たちには、俺の行動が『逃げ』に映ったらしい。俺への当たりはさらに強くなり、暴力を振るわれることもあった。
部員の友人もイジメに加担し、部活内だけでなく、校内からも俺の居場所がなくなっていった。
俺を助けてくれるひとはいなかった。イジメを行う生徒と同じく俺を蔑むか、傍観を決め込むかだけだった。
もう耐えられなかった。このままでは自分はおかしくなってしまう。
だから、俺は担任の教師に相談した。
教師は生徒の味方だ。きっと助けてくれる。
そう思っていた。
「そんなもの、試合でミスをしたお前の被害妄想だろう」
教師は生徒の味方だ。きっと助けてくれる。
そう思っていた。
勝手に思い込んでいた。
けれど違った。教師は俺の味方ではなかった。
いや、教師だけではない。生徒も俺を助けてはくれない。
味方など、どこにもいなかったのだ。
はじめから、俺はひとりぼっちだったのだ。




