中世から来た魔女は、ひとりじゃない。――2
「準備万端!」
養一に留守を任されたわたしは、エプロンをつけてキッチンに立ち、腰に両手を当てて胸を張っていた。
カウンターには、豚肉のパック、ジャガイモ、ニンジン、ネギ、白滝の袋が並んでいる。
いまからわたしは、肉じゃがを作るのだ。
お夕飯には早いけど、肉じゃがは一旦冷ましたほうがおいしくなる。養一が帰ってくる頃には、たっぷりと具材のうま味を吸っていることだろう。
「清香先生に会える今日は、養一にとって、きっと特別な一日。養一の好きな肉じゃがで、もっと幸せになってもらうの!」
うんうん、とひとり頷き、調理をはじめた。
「まずはピーラーでジャガイモとニンジンの皮を剥いて、ジャガイモは角切り、ニンジンは乱切りにして――」
養一から教えてもらったレシピを呟きながら、調理を進める。
無事、具材の下ごしらえを終え、サラダ油を引いたフライパンで、豚肉を炒める。
菜箸で豚肉の焼け具合を調節するわたしは、自然と笑みを浮かべていた。
「誰かのためにお料理を作るのが、こんなにも嬉しいなんて知らなかった」
そう。わたしは知らなかった。知らずに死んでいくはずだった。
でも、そんなわたしを養一は救ってくれた。
養一がいたから、わたしはこの幸せを知れたのだ。
具材を炒め終え、わたしは調味料と一緒に愛情を注ぐ。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」
溢れんばかりの養一への愛情を、たっぷりと注ぐ。
「養一、おいしいって言ってくれるかな?」
――エリーが笑ってくれるたび、お礼を言ってくれるたび、胸の奥がポカポカするんだ。
この前、養一はそう言ってくれた。
わたしも同じだ。養一が笑ってくれるたび、胸が温かさで満たされて、なんとも幸せな気分になる。
だから、わたしは愛情を込める。
「大好きな養一のために、おいしくなーれ」
肉じゃがの調理を終えたわたしは、リビングダイニングのソファでスマホを眺めていた。
「ご当地ラーメン特集……えっと、ラーメンの意味は……」
わたしが見ているのはネットニュースというものだ。
養一によると、『世界中から集められた情報が手に入る場所』らしい。これを眺めれば、現代への理解に繋がるかもしれない。
わたしは小学校卒業レベルの知識を習得しているらしく、ネットニュースを見ても、『わからないことだらけ』にはならなかった。
わからない単語が出てきたら、そのたびに『うぃきぺでぃあ』というものを使って調べる。
「『ラーメンとは、中華麺とスープを主とし、様々な具材を組み合わせた麺料理』――主な分類は……ふわわっ!? こんなに種類があるの!?」
あまりにも多いラーメンの種類に、わたしは目を丸くする。
地方にも特有のラーメンがあるみたいだし、日本食ってスゴいなあ。
養一からは、
「清香先生に会いに行く俺は実質休みみたいなものだし、エリーもゲームとかしてくつろいでいいぞ?」
と言われているけど、それでもわたしは勉強を選んだ。
勉強は楽しい。わからないことがわかるようになることは、できないことができるようになることは、とっても楽しい。
「それに、いっぱい勉強すると、学校に通えるようになるしね」
この前、テレビで学校の様子を見たが、そこに映る生徒たちは、とても仲がよさそうだった。
養一が言うには、学校は勉強をする場所であり、友達を作る場所でもあるらしい。
だから、わたしは学校に通いたい。わたしは友達が欲しいから。
「……贅沢になったなあ、わたし」
苦笑が漏れた。
タイムスリップする前は生きていくのに必死で、タイムスリップしたあとも、助けてくれるひとをただただ求めていた。自分の望みは『死にたくない』だけだった。
それなのにいまは、『養一と約束した水族館にいきたい』、『さっき知ったラーメンを食べてみたい』、『いつか清香先生とお話してみたい』と、どんどんやりたいことが増えていく。
けど、これらは、わたしが幸せに暮らせるようになったから生まれた望みなのだろう。嬉しい贅沢なのだろう。
こんなふうになにかを望めるようになったのは、すべて養一のおかげだ。
現代日本に迷い込んだあのとき、裏路地で養一に出会わなかったら、助けてもらってなかったら、きっとわたしは野垂れ死にしていたと思う。
養一は、魔女なんて得体の知れないわたしを受け入れてくれた。
養一は、栄養不足だったわたしを健康にしてくれた。
養一は、わたしに勉強できる環境をくれた。
養一には、声がかれるまでお礼を言っても言い足りない。
「ありがとう、養一。いまのわたしが幸せなのは、全部全部養一がいてくれるからだよ」
わたしの頬が緩む。
そのとき、わたしの目にひとつの記事が飛び込んできた。
『かかりすぎる!? 子育て費用の話』
わたしの指が、思考が、止まった。
子育てには――わたしを育てるのには、お金がかかりすぎる?
恐る恐る記事を開く。
『子育てには、年間、平均六〇万円かかります。学校に通うとさらに負担は大きくなり――』
「六〇万……養一が買ってくれた、このスマホ二〇台分……」
それほど高くないと養一は言っていたが、こんなに便利なものが安いはずがない。
心臓がバクバクと鼓動を早める。
「よ、養一は、お金、どれくらい稼いでるんだろう?」
焦燥感に苛まれながら、わたしは養一の――教師の給料を調べた。
『高校教師全体の平均年収は、約三三三万円となっています』
血管に氷水を注入された思いだった。
鉛が注がれたように、胃がずしりと重くなる。
算数の勉強をしたわたしにはわかる。
わたしを育てるのに、養一は、年収の五分の一から六分の一を費やさなければならないと。
社会の勉強をしたわたしにはわかる。
日本は資本主義社会といって、お金が多いほど豊かな暮らしを、お金が少ないほど貧しい暮らしを送ることになると。
つまり、わたしを育てることで、養一はいままでの生活を送れなくなるかもしれないのだ。
足元がガラガラと音を立てて崩れていく。
クラリと目眩がして、体が傾く。
知ってしまった。
わたしは幸せに暮らしているけど、それは養一の犠牲のうえに成り立っていたのだ。
わたしという存在が、養一の生活を脅かしていたのだ。




