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中世から来た魔女は、ひとりじゃない。――1

「それじゃあ、いってらっしゃい!」


 清香さんとお茶の約束をしている日の、一時ちょっと前。


 喫茶店へ向かう俺を見送ろうと、エリーがニコニコしながら玄関にきた。


 今日のエリーは、ベージュのニットワンピースを着ている。優しい色味が、エリーの健気(けなげ)なキャラ性とベストマッチだ。


 ちなみに俺は、白いワイシャツにグレーのジャケット、グレーのチノパンを身につけている。普段はもっとラフな格好をしているが、お世話になった恩師に会うのに、いつもの格好では失礼だろう。


「本当に留守(るす)を任せていいのか? エリー」

「うん! ひとりでもちゃんとお留守番できるよ!」


 俺が清香先生と約束してから、エリーは留守番を進み出た。


 正直、エリーをひとりにするのは心配だし、一緒に連れていきたいのだが……。


 俺は想像する。


 もしかしてエリーは、自分の存在を、清香先生に知られたくないのか?


 エリーは中世ヨーロッパからタイムスリップしてきた魔女で、現代日本で生きていく(すべ)を持ってない。


 そんな厄介(やっかい)な事情を抱えた自分が世話になっていることを、エリーは清香先生に知られたくないのかもしれない。


「なあ、エリー? 清香先生は、エリーがどんな事情を抱えていようと、(とが)めるようなひとじゃない。もし、自分の存在が知られたくなくて留守番しようと思ってるなら、一緒に来ても構わないんだぞ? 清香先生はきっと受け入れてくれる」


 気遣(きづか)う俺に、エリーはふるふると首を横に振った。


「ううん。知られたくないわけじゃないの。養一の恩人さんなら優しいひとだと思うし、咎められる心配はしてないよ」


 ふわりと柔らかく微笑み、後ろ手を組みながら、エリーが続ける。


「清香先生と養一が会うのは久しぶりなんだよね? だから、わたしのことは気にしないで、ふたりきりで楽しんでほしいの」

「いいのか? しばらくひとりになっちゃうぞ?」

「ひとりじゃないよ」


 クスリと目を細めて、エリーがスマホを取り出した。


「これがあれば、離れていても養一と繋がっていられるんだよね? だったら大丈夫。それだけで、わたしは安心できるの」


 本心から言ってるのだろう。エリーの顔つきに、不安は微塵(みじん)もない。


「わたしはお夕飯(ゆうはん)作って待ってるから、養一は、清香先生との時間をいっぱいいっぱい楽しんできてね?」


 エリーが聖母のような微笑みを浮かべる。


 エリーがいい子すぎて泣きそうだ。


 清香先生と約束した喫茶店はスイーツがおいしいから、お土産(みやげ)として買ってこよう。絶対そうしよう。


 決めて、俺はエリーに微笑み返す。


「それじゃあ、エリーの厚意(こうい)に甘えようかな。だけど、困ったことがあったら、遠慮(えんりょ)しないですぐに連絡するんだぞ?」

「うん! いってらっしゃい、養一!」


 見送ってくれるひとのありがたさを身にしみて感じながら、「いってきます」と俺はドアを開けた。




     ○  ○  ○




 清香先生と約束した喫茶店は、俺の住むマンションから車で二〇分の場所にある。


 手作りスイーツが好評(こうひょう)で、食べ○グの評価は星4つ。清香先生のお気に入りで、こちらに訪れたときは必ず寄っているらしい。サービスもよい優良店で、清香先生に教えてもらった俺も、たまに訪れる。


 駐車場に車を止め、欧風(おうふう)洒落(しゃれ)た喫茶店に入店した。


 チリンチリンとベルが鳴り、カウンターでコーヒーを入れていた初老(しょろう)のマスターが、「いらっしゃいませ」とにこやかな顔をする。


「待ち合わせをしているのですが」

「ええ。どうぞ」


 店内に入り、オシャレなインテリアで飾られた店内を見回すと、奥のテーブル席に、茶色いおさげ髪をした女性を見つけた。


「お久しぶりです、清香先生」

「ええ。お久しぶりですね、養一くん」


 振り返った、柔和(にゅうわ)な顔立ちの女性――清香先生が、茶色い()れ目を嬉しそうに細める。


 清香先生は、中肉中背の体を、グレーのセーター、黒いロングスカート、黒いショートブーツで着飾っていた。


 今年で三五歳になり二児の母でもあるが、二〇代と間違えるほど若々しい。


 ちなみに、清香先生は現在、隣の県の高校に勤務している。


「遅れてすみません」

「いえいえ。わたしが早かっただけですから」


 謝りながら対面の席につく俺に、紅茶を口にしていた清香先生が、「気にしないでください」と手のひらをヒラヒラ振った。


「それより、新作スイーツがあるそうですよ? この、『スイートポテトのアップルパイ~バニラアイスを()えて~』です」

「おお! おいしそうですね」

「そうでしょう? わたしは頼みますが、養一くんも如何(いかが)ですか?」

「では、俺もいただきます」


 喜々(きき)としてメニューを見せる清香先生に、俺は口元を緩める。


 相変わらず、甘いものに目がないひとだな。


 清香先生は、甘いものを食べるためなら半日待ちも(いと)わないと公言するほどの、スイーツマニアだ。大学時代はスイーツ目当てで何度も旅行したらしい。


 母親になったいまでは、ネットでご当地スイーツを通販するのが趣味(しゅみ)だとか。俺にもよく、気に入ったスイーツを送ってくる。


 ワクワクした様子で店員に注文して、清香先生が再度こちらを向いた。


「本当にお久しぶりですね。半年振りでしょうか?」

「俺の誕生日をサプライズで祝ってもらって以来ですから、そうなりますね」

「ふふっ、あのときの、養一くんの驚いた顔は、いまでも覚えていますよ」


 クスクスと笑みを漏らす清香先生。サプライズ時、()頓狂(とんきょう)な顔をしてしまったことを思い出し、気恥ずかしさから頬を()く。


「清香先生はお元気でしたか?」

「ええ。養一くんはどうでしょう? 教師は大変な仕事ですが、お体は大丈夫ですか?」


 尋ねられてギクッとした。三日前、寝不足と疲労で倒れたからだ。


 だが、清香先生に余計(よけい)な心配はかけたくない。


「ええ。充実(じゅうじつ)した日々を送っていますよ」


 俺が(いつわ)ると、清香先生が苦笑(くしょう)交じりに溜息(ためいき)をつく。


「相変わらず、ため込む性格ですね」


 紅茶を一口して、ティーカップをソーサーに静かに置いた。


「悠莉さんから(うかが)っていますよ? 風邪を引かれたそうですね」


「うっ」と俺は(うめ)く。


 悠莉のお節介焼(せっかいや)きめ。次に(うち)に来たときは、あいつの苦手なセロリサラダを振る舞ってやろう。


 俺が(しぶ)い顔をしていると、清香先生が続けた。


「それから、女の子を――エリー・ヴォワザンさんを引き取り、育てられていることも知っていますよ?」

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