中世から来た魔女は、楽しむ。――1
「三六.五度か」
風邪を引いた翌朝。脇に挟んでいた体温計を見ると、熱は引いていた。これなら、今日からいつも通りに過ごせそうだ。
「治ったの?」
「ああ。エリーの看病のおかげだな」
頭を撫でると、エリーはホッとした顔をしてから、頬をふにゃんと緩める。
「じゃあ、約束通り家事を教えようか。エリーはどの家事がいい?」
「お料理!」
エリーは手を挙げて即答した。
「養一がはじめて食べさせてくれた料理を作れるようになりたい!」
「ラタトゥイユか? どうしてだ?」
尋ねると、エリーは大切なものを抱えるように、胸に両手を当てる。
「あの料理を食べたとき、『ああ。わたしは救われたんだ』って思えたから。あの料理は、わたしにとって特別なの!」
ラタトゥイユを作ると決めた俺たちは、キッチンに向かった。
フリルがあしらわれた、可愛らしいワンピースを着ているエリーは、その上に白いエプロンをつけている。愛妻感がスゴい。
こんな愛くるしい嫁が家で待っていたら、全力で仕事をこなせることだろう。
カウンターに食材を並べ、俺とエリーは頷き合う。
「よし! はじめるか!」
「うん! よろしくお願いします!」
エリーが両手をグーにして、「むっふー!」と気合を入れた。
「まずは下ごしらえからだ。俺の手元をよく見ているんだぞ?」
「うん!」
エリーが元気よく返事して、隣から俺の手元をのぞき込む。
「パプリカはへたと種を取って角切りに、タマネギは皮を剥いてみじん切りに、ナスとズッキーニは輪切りにする」
野菜を洗い、水気をよく切ってから、まな板で捌いていく。
「このとき、具材を押さえる手は指を曲げ、包丁で切らないようにする。『猫の手』っていうかたちだ」
「こう?」
エリーが両手を猫の手にして、肩の辺りに持ってきた。
その仕草はまさに猫。あるはずのない、猫耳と尻尾が見える。
かかか可愛い! 可愛すぎる! なんだこの可愛い生き物!?
「ふわわっ!? 養一、危ない!」
「おうっ!?」
エリーに見とれて手元がおろそかになっていた。エリーに指摘されなかったら、手を切っていたかもしれない。
危ない危ない。だが、にゃんこなエリーが見られたから、よしとする。
「じゃあ、エリーもやってみようか」
「わかった!」
気持ちを切り替えて、エリーに包丁を渡し、立ち位置を入れ替える。
エリーは左手を猫の手にして具材を押さえ、おっかなびっくり包丁をあてがった。
しかし――
「むむむ……上手く切れない」
グッ、グッ、と力を込めるが、パプリカは潰れるばかりで一向に切れない。
「包丁は力任せに扱うんじゃなくて、滑らせるように切るんだ」
見かねた俺は、エリーの背後に回り、両手をとる。
「こうやって、スッ、スッ、と滑らせれば、力を入れなくてもちゃんと切れる」
「ホントだ! スゴい!」
パプリカが滑らかに捌かれていく様子に、エリーが興奮した声を上げた。
包丁を滑らせる手を止めると、エリーがくるりと振り返り、花咲くように笑う。
「ねえ、養一? この体勢、養一に包まれてるみたいでとっても落ち着く!」
ときめかずにはいられなかった。
下ごしらえを終え、俺は棚からフライパンを取り出した。
「IHクッキングヒーターは電気の力で調理器具を加熱する。このとき火は出ないけど、調理器具は発熱するから注意が必要だ」
エリーが火傷したことを思い出し、俺はIHクッキングヒーターの使い方を説明する。またエリーに火傷されては堪らないのだ。
エリーは神妙な面持ちで、「ふむふむ」と説明を聞いていた。
「さて。フライパンにはオリーブオイルをひき、刻んだニンニクを入れる。それからはじめて火にかけるんだ。火加減は弱火。ゆっくり加熱することで、オリーブオイルにニンニクの香りがつく」
「確かに、とってもいい匂いがするね!」
「香りがついたら、ニンニクが焦げる前に具材を投入する。まずはナスとズッキーニ。次にタマネギとパプリカだ」
俺の指示に従いエリーが具材を投入し、へらでかき混ぜ、ニンニクの香りがついたオリーブオイルをまんべんなく絡ませる。
「軽く炒めたらトマトホール缶と日本酒、うま味を足すためにコンソメを加える。普通、加えるお酒は白ワインだが、日本酒にするのがポイントだ」
「どうして日本のお酒にするの?」
「日本酒にすると甘みが出るんだよ。この甘みがトマトに合うんだ」
「へぇー!」と、エリーが瞳を輝かせて感心した。
「あとは香り付けにローリエを入れて、蓋をして三〇分煮込むだけだな」
言ってから、「おっと」と付け加える。
「大切なものを入れ忘れてた」
「大切なもの?」
尋ねるエリーに、俺は母さんから教えられた最高のスパイスを伝授した。
「食べてもらうひとへの愛情だ。科学的な根拠はないが、心を込めて作られた料理は、ひと味もふた味も違う」
「わかった!」
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」と、ぎこちないながらも丁寧に、エリーが具材をかき混ぜる。
なんとも微笑ましい。癒やされる。
俺がほっこりしていると、エリーが満面の笑みを浮かべた。
「これできっとおいしくなるよ! 養一への愛情なら誰にも負けないもん!」
「尊い……っ」




