中世から来た魔女は、決意する。――4
暗闇と静寂のなか、俺は不快感を覚えていた。
全身が熱くて苦しい。汗でパジャマが貼り付いて気持ち悪い。息をするたびに喉が痛む。
その折り、額からひんやりした感触がした。
心地よい冷たさに、俺の意識が浮上していく。
目を開けると、丸い照明を持つ天井が見えた。どうやら俺は、ベッドで仰向けになっているらしい。
「……俺、どうしたんだ?」
頭が上手く働かない。そもそも、俺はなぜ横になっているんだ?
「養一!」
俺の視界に、エリーの顔が入り込んできた。
眉根を寄せ、心配そうな顔するエリーの目元は、赤く腫れている。
ここにきて俺はようやく思い出した。俺は風邪を引いて、倒れたのだと。
エリーの瞳から涙がこぼれる。
「よかった! 目を覚ましてくれた!」
エリーがギュッと抱きついてきた。
「大袈裟だな。ちゃんと目を覚ますさ」
「けど、いくら揺すっても呼びかけても反応しないし……わたし、養一がいなくならないか心配で……っ!」
エリーはカタカタと震えていた。
俺は悟る。
中世にいた頃、エリーは母親を殺されて、それから孤独に生きてきた。現代にタイムスリップした直後も、俺以外に味方はいなかった。
だから不安になったのだ。あの頃と同じく、ひとりぼっちになってしまうんじゃないかと。
俺がもう目を覚まさないんじゃないかと思ったのは、エリーにとっては大袈裟でもなんでもなかったのだ。
「ゴメン、心配かけたな」
自分の無配慮を恥じながら、俺は謝る。
抱きついたまま、エリーが小さく頷いた。
視線を横に向けると、水の入った洗面器が目に映る。額に手をやると、濡れタオルが載せられていた。
エリーは俺を看病してくれていたのだろう。
「ありがとな、看病してくれて」
今度は頷かなかった。エリーはふるふると首を横に振る。
「お礼を言われる資格なんてないの。わたしが負担をかけた所為で、養一は風邪を引いちゃったんだから」
「そんなこと――」
「養一、絶対無理してた。目の下に隈ができてたし、夜中にわたしに起こされて、寝不足だったんでしょ?」
俺は口をつぐんだ。実際にその通りだったから。
泣き声交じりにエリーが告白した。
「養一が大変な思いをしてるって、わたし、気づいてたの。けれど、わたしは養一に甘えちゃってた」
「俺が望んだことだ。エリーが気に病むことはないよ」
泣いてほしくなくて、俺はエリーを宥める。
「できないよ!」
エリーが勢いよく顔を上げた。その顔はクシャクシャで、涙に濡れている。
「養一がつらかったら、わたしもつらいもん!」
エリーの泣き顔を見て、エリーの悲痛な告白を聞いて、俺は気づいた。
俺は独りよがりになっていたのだ。無茶をしてでもエリーを育てなくてはならないと。
思わず自嘲が漏れる。
バカだな、俺は。根を詰めても、そんなの自己満足だ。俺が倒れたら、エリーは心配するに決まってる。
「だから、わたし決めたの」
エリーがいまだ涙しながら、それでも決然とした顔で言った。
「わたし、養一を手伝いたい。助けられるようになりたい。ううん! なる! 甘えてばかりじゃなくて、養一を支えられるようになる!」
エリーの宣言を聞いて、真っ先に芽生えたのは喜びだった。
うずくまって震えるばかりだったエリーが、ただひたすらに味方を求めるだけだったエリーが、俺に縋り付いていたエリーが、力になりたいと言っているから。
ああ……エリーは強くなったんだな。
自然、俺の唇が笑みを描く。
「そうだな。俺は気張りすぎてたみたいだ。風邪が治ったら家事を教えるから、手伝ってくれるか?」
「うん! わたしはもう、養一に甘えすぎない!」
「俺はもう、ひとりで無理をしない。約束するよ」
「うん! 約束!」
掛け布団から右手を出し、小指を立てる。
俺の小指にエリーが小指を絡め、俺たちは指切りげんまんした。
そのとき、俺はエリーの手が赤く、熱を帯びていることに驚く。
「もしかして火傷したのか!?」
エリーが「あっ!」と手を引っ込めた。
「わ、わたし、ご飯作ったの! 持ってくるね!」
アタフタしながら、エリーがドアを開けて出ていく。
残された俺は、目元を覆って溜息をついた。
おそらくあの火傷は、病人食を作る際に負ったものだろう。エリーは現代の調理器具に慣れていないから。
エリーのキレイな手に火傷を負わせてしまったことに、俺はひどく後悔する。
それでも追求するのはよそう。エリーは火傷を誤魔化したいのだから。
エリーも俺と同じように、相手に心配をかけたくないのだ。エリーの気遣いを台無しにするのは野暮だろう。
後悔するより、エリーにちゃんと家事を教えよう。きっと、エリーはそれを望んでいるだろうから。
俺が決意したところで、エリーが戻ってきた。
エリーが持つトレイには、おかゆのようなものが盛られた、器が載っている。
「牛乳とパンでおかゆを作ったの。食べられる? 養一」
「ああ。ちょうどおなかが減っていたところだ」
窓からオレンジ色の光が差している。夕方になったのだろう。
朝からなにも食べていないからか、俺の胃は空腹を訴えていた。
喜ばしいことだ。食欲があるということは、風邪が治ってきた証拠だから。
エリーはサイドテーブルにトレイを置いて、器を手に持ち――スプーンでミルク粥をすくって、フーフーと冷ましはじめた。
「……なにしてるんだ?」
「冷まさないと熱いと思って」
「いや、そこじゃなくて、なぜエリーが冷ましてる?」
「わたしが養一に食べさせるからだよ?」
エリーが小首を傾げる。「なんでそんな質問するの?」と言いたげな顔で、エリーがスプーンを差し出してきた。
「はい。あーん、して」
これはちょっと恥ずかしい。二七にもなって、一〇歳以上年下の子からあーんをされるのは。
けど、エリーも一生懸命なんだよな。
俺は苦笑して、口を開けた。
「あーん」
エリーがスプーンを運び、俺は咥える。
「おいしい?」
「ああ。うまい」
不安そうだったエリーが安堵の笑みを浮かべた。
ミルク粥は、優しくて温かい味だった。




