中世から来た魔女は、勉強する。――5
ピポピポピポーン!
相変わらずそそっかしく、インターホンが鳴らされる。
昨日約束した通り、悠莉が訪ねてきたのだ。
「やっと来たか!」
いつもより高揚した気分で、俺は玄関へ向かった。
ドアを開けると、緑のティーシャツに茶色いスカート、茶色い、編み上げのロングブーツを履いた悠莉がいる。今日はちゃんとおめかししてきたようだ。
「こんばんは、先輩。エリーちゃんの服、持ってきましたよ」
「よく来たな、悠莉! 待ちくたびれたぞ!」
「な、なんか先輩、テンション高くないですか? お酒でも飲みました?」
「バカ言うな! 可愛いエリーに酔っぱらった姿なんて見せられないだろ!」
「じゃあ、どうしてそんな興奮してるんですか?」
「ふっふっふっ、知りたいか?」
「ウッザぁ……」
もったいぶってニヤニヤ笑うと、悠莉がげんなりと肩を落とす。
だが、「こいつ、面倒くせぇ」と言わんばかりの反応も、いまの俺にはまったく応えない。それほどに素晴らしい出来事があったのだ。
俺のあとを追うように、エリーがトテトテと歩いてくる。
エリーの姿を目にして、悠莉が人好きのする笑顔を浮かべた。
「こんばんは、エリーちゃん……って、エリーちゃんには日本語、通じないんでしたね」
反射的に挨拶をして、悠莉は苦笑する。
ふっ、甘いぞ、悠莉。エリーは成長したんだ。
エリーがニコッと可憐に笑った。
「こんばんは、ゆうり。きょうもありがとう」
「日本語を喋ってる……だと!?」
悠莉がおののいた。
「ど、どういうことですか、先輩!」
「現代日本で生きていくための第一歩として、日本語の勉強をはじめてな。最初はひらがなを覚えるだけの予定だったんだが、あまりにも飲み込みが早いんで、発声とか単語の意味、簡単な文法も教えてみたんだ」
「そうしたら」と、俺はドヤ顔を見せる。
「あっという間に習得してこの通りよお!」
「メチャクチャスゴいけど、先輩のドヤ顔が腹立つ!」
エリーの学習力は尋常じゃない。
本来、母国語でない言語の習得は、一〇歳を過ぎてからどんどん難しくなっていくらしい。大人が英会話を習得するのに苦労するのは、適齢期を過ぎているからだ。
しかし、エリーはたった一日で、簡単な会話ができるところまできてしまった。
もしかしたら魔女であることが関係しているのかもしれないが、いずれにせよ驚異的な能力だ。
「スゴいだろ、悠莉! 俺のテンションがぶち上がるのも当然だ! エリーは天才だったんだからな!」
「親バカかっ!」
悠莉が勢いよくツッコんだ。
「なにを言うか! 俺は事実を口にしたまでだぞ? これは将来が楽しみだ! 性格がいいし、美人だし、学力もある! なろうと思えばエリーは何者にでもなれるぞ! 世界をイノベーションするまである!」
「先輩はきっと子煩悩になるでしょうね。娘さんの結婚相手にちゃぶ台ひっくり返す光景が目に浮かびます」
熱く語る俺とは対照的に、悠莉は額に手を当てて嘆息していた。
「それにしてもエリーちゃん、ちゃんと笑えるようになったんだね」
「よういちのおかげ!」
「そっか……よかったね、エリーちゃん」
「うん!」
エリーが人懐っこい笑顔を浮かべ、悠莉は眩しいものを見るような目をした。
「ゴメンね、エリーちゃん」
「どうしてあやまるの?」
「エリーちゃんを警察に連れていくよう先輩に提案したのは、あたしなの」
悠莉がしゃがみ、眉を下げた申し訳なさそうな顔をする。
「あたしの所為でさみしい思いをさせちゃったね。本当にごめんなさい。あたしってひどいよね?」
自嘲する悠莉に、エリーがふるふると首を横に振った。
「ゆうり、やさしいよ? わたしをおふろにいれてくれるし、おようふくももってきてくれたもん」
悠莉が目を見開き、息をのんだ。
「許して、くれるの?」
「はじめから、おこってないもん」
エリーが、屈託のない澄んだ笑みを悠莉に向ける。
悠莉の顔がクシャリと歪んだ。
「すんっ」と鼻を鳴らし、悠莉がエリーを抱きしめる。
「ありがとう……ありがとうね、エリーちゃん」
「いいよ? わたし、ゆうりがだいすきだから!」
エリーを抱く腕に、悠莉が力を込める。
俺は穏やかな気持ちでふたりを眺めていた。




