中世から来た魔女は、勉強する。――4
帰宅して昼食をとったあと、エリーはダイニングテーブルにノートを広げた。その後ろから、俺は話をはじめる。
『現代日本で生きていくために、勉強は避けられない。覚悟はいいか、エリー?』
『うん! わたし、ずっと隠れて生きてきたから、勉強に憧れてたの! だから、スッゴく嬉しい!』
『教師冥利に尽きる発言!』
あまりの素直さに、俺は目頭を押さえる。
ここまでやる気を見せてくれるなんて、エリーは最高の生徒だ。
『まずはひらがなを書けるようになろう』
『ひらがな?』
『日本で扱われている言語は、ひらがな、カタカナ、漢字の三つで表すんだ。この三つの文字と日本語を習得すれば、様々な本が読める』
『本って高価なものだよね? いいの?』
『安心しろ。技術の発展で、本はすでに大量生産できるようになっている。安い本なら、ご飯一食分より低価格だ』
『ほわぁ……!』とエリーが感嘆した。
『本のなかには教科書っていう、「現代の基本的な学問を子どもに教える役目」を持つものがある。日本語さえ習得すれば、いろいろな学問を勉強できるってことだ』
『なるほど』
コクコクと頷くエリーに、ピン、と人差し指を立てる。
『最終的には学校に通えるようになろう。それじゃあ、勉強をはじめるか!』
『はい、先生!』
『よろしくお願いします!』と挨拶するエリーの前には、ノートが広げられていた。
俺はペンを手にし、ノートに文字を綴る。
『はじめはエリーの名前を書いてみよう』
ノートに認められた『えりー・う゛ぉわざん』の文字を、エリーはしげしげと眺めていた。
『これが、ひらがなで書いたわたしの名前……』
『ああ。これをお手本に書いてみてくれ』
『うん!』
エリーがペンをとり、お手本の隣に名前を綴る。
はじめてのひらがなは、不格好に歪んでいた。
『むぅ……意外と難しい』
『ひらがなは長さや丸みが特徴だから、そこを意識したらいい。ゆっくりでいいから、何度も挑戦しよう』
『わかった!』
『むん!』とエリーが気合を入れて、再びペンを滑らせる。
ゆっくり、丁寧に、繰り返しお手本を真似る。
一〇回書いた頃には、エリーが書くひらがなは、お手本とほとんど同じものになっていた。
『飲み込みが早いな、エリー! たった一〇回でここまで上手くなるなんて驚きだ!』
『えへへへ』
俺が頭を撫でると、エリーがふにゅんと頬を緩める。
『ねえ、ヨーイチ? ヨーイチの名前はどんなふうに書くの?』
『俺のはこう書くんだ』
ノートに『もりと よういち』と綴る。
『ユーリのは?』
『あいつのはこうだな』
その横に書くのは『あかねい ゆうり』。
俺と悠莉の名前を見て、エリーはワクワクした様子でペンを握る。
先ほどよりスムーズにペンを走らせて、ほんの五回ずつで、お手本通りに書けるようになった。
『よーいち♪ ゆーり♪』
それでもエリーは手を止めない。何度も何度も俺と悠莉の名前を書いて、ニコニコと笑っている。
『もう充分上手いのに、なんでまだ書いているんだ?』
エリーが振り返り、見るひとすべてを魅了するような、赤ん坊みたいに無垢な笑顔を浮かべた。
『嬉しいから! 大好きなひとの名前だから、いっぱい書きたいの!』
『そ、そうか』
どストレートな思慕の言葉に、俺は流石に動揺する。
エリーの好意が真っ直ぐすぎて、ものすごく照れくさい。
しかし、胸の奥が温かいもので満たされる、心地よい感覚も覚えていた。




