食料危機
目的地であるジレントとの国境に広がっているという森は、進めば進むほど木の影が濃くなり暗くなっていった。
いやマジで村の西に広がってた明るい森と違い過ぎて、ちょっとした動物の気配でも過剰に警戒してしまう。
まあその分追手の兵も苦戦してるのかそれとも諦めたのか、全く見つかることがなくなったが。
それはいい。それはいいんだが。
別の問題が発生した。
「水はともかく食料が心もとないね」
「だろうな」
少し木の開けた場所にあった湖……というよりは池程度の小さな水たまりのそばにて。
これ幸いと水を汲んで適当な保存食をぶち込んで食事を作っていたカムナが、残りの食料の入った袋を見て顔をしかめながら言う。
そりゃ兵士連れて来たおっさんに捕まって追い立てられるように逃げて来て、ろくに旅の準備もしてなかったからな。
特に日持ちしないものは街を出る直前に買うつもりだったから、とにかく食べ物が足りない。
「少年。君農村育ちなら狩りとかできないのかい」
「道具もないのに無茶言うな」
農村育ちを何だと思ってるんだ。
そもそも狩りというのは射るにしても罠はるにしても、獲物の痕跡を見て準備してやるもんで、旅で移動しながらついでにやるもんじゃねえ。
仮に運よく見かけたとしても、手元にクロスボウはないし罠は論外だ。
追われてる状況で呑気に罠にかかるの待ってるわけにもいかない。
「食える草とかは分かるから、それでかさましするとか」
「それは味は?」
「大体草」
「……」
草なんだから草の味に決まってんだろうと答えたら、顔を歪めてめっちゃ嫌そうな顔をするカムナ。
どうも街での様子からして、カムナって食道楽っぽいんだよな。毎回違うもん注文してたし。
なので料理が草の味に染まるのが本気で嫌なんだろう。
生死がかかってるから文句は言わないだろうけど。
「ふむ。これは……ちと来い坊主。チャンスかもしれんぞ」
「チャンス?」
不意にそれまで黙っていたアルフ爺さんが、何やら悪だくみでもしてるような笑みで言う。
何だ。今度は何をやらかすつもりだこの爺(元凶)。
「弓がなくても狩りはできる。ゆくぞ!」
「ええ……」
何やら腕を振り上げ草をかき分けながら移動を始めるアルフ爺さん。
「どうする?」とカムナに目で訴えたら「私は食事を作ってるから行ってきな」と言わんばかりに肩をすくめられた。
あーもうマジで何だよ。
ともかくついて行けばいいみたいなので、剣を持って藪の奥に消えたアルフ爺さんを追った。
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「……ほれ。いたぞ」
「……イノシシ?」
爺さんの後をついて行って見つけたのは、何やら鼻先で木の根元を掘っているイノシシらしき動物だった。
いやアレイノシシか? 何か毛が薄いというか。
それに以前見たことがあるやつより小さいような。
いやそれでもそこらの犬よりは二回り以上でかいが。
「ありゃイノブタじゃな。元々この辺はイノシシはおらんからな。家畜として連れて来られたのが野生化したものじゃろう。豚も元はイノシシじゃからな。野生に帰るとああなる」
「豚? ということは食えるな!」
「まあイノシシでも食えるから問題はないがの」
食料が向こうからやってきた。
そのことに喜び小声で叫びながら爺さんと手を打ち合わせる。
「しかし腐っても野生動物。逃げられないよう挟みうちでいくぞ」
「よっしゃ! 任せとけ」
爺さんと簡単に打ち合わせを済ませ、音を立てないよう慎重にイノブタを挟むように移動する。
そして徐々に距離をつめようとしたのだが。
「……ブキィ!?」
「ッ! 気付かれた」
突然イノブタが声を上げ、こちら目がけて突っ込んできた。
これが噂の猪突猛進か。しかしこちらに来るなら好都合。
「よっしゃあ! すれ違いざまに華麗にさばいて……」
※豆知識
猪突猛進というのは一説にはイノシシが一直線に逃げる様子を指したものとされており、実際にはイノシシは普通に曲がるし小回りもききます。
そして豚も温厚な生き物だと思われていますが、その力は成人男性も簡単にひっくり返し、飼育員が豚に殺されるという事故は多くはないですがそれなりに起きるほどです。
要するに豚だからとなめてかかったら死にます。
「……空が青い」
「ほとんど見えんじゃろ」
仰向けに転がった俺の言葉につっこんでくるアルフ爺さん。
いやイノブタの突進をかわそうとしたんだが、追跡機能でもついてるみたいに進路を変更され、避けようとしたものの片足をひっかけられて見事に一回転した。
そして転がってる俺目がけてイノブタが追撃をしようと反転したところを、いつの間にか接近していたアルフ爺さんが例によって金槌でどついで終わり。
俺完全にただの囮じゃねえか!?
というか豚に負けた!?
「いや運が良かったの。イノシシの牙というのは上向きについとるからな、頭をふりあげられると丁度人間の大腿部の血管を引き裂くんで失血死することもあるからのう」
「先に言えよそういうことは!?」
俺豚に負けたどころか殺されかけてんじゃん!?
こんなとこで血管裂かれたらろくな治療もできないしマジで死ぬぞ!?
「おまえさんがいくら油断しとってもそこまで間抜けじゃないじゃろう。ぶつかると分かった瞬間身を捩って衝撃は最小限にしておったし。いや見事な生存本能じゃ」
「それ褒めてんの?」
「キヒヒ」と歯の間から漏れるような笑い声をあげるアルフ爺さんにちょっとイラついた。
というか挟みうちのはずだったのに俺目がけてきたイノブタに即座に対応できたという事は、最初から囮にするつもりで動いてただろこの爺。
「まあこれで食糧問題は片付いたか」
「いや。豚肉はすぐに痛むからのう。片っ端から火を通しておいても日を置くと心配じゃし、せいぜい一日分じゃろう」
「マジかよ」
こんなにでかいの仕留めたのにほとんど無駄になるじゃねえか。
いやでも腹壊したり病気になったらヤバいしなあ。
仕方ないのか。
「そもそもさばけるのか?」
「おう。任せとけ」
できるのかよ。
本当に大公かこの爺さん。
アルフ爺さんがイノブタを解体するのを眺めながらそう漏らしたら、カムナに「君も大概だろう」と言われた。
……確かに!
ともあれこの辺りにイノブタが居るなら、また狩るのも良いかもなあ。
そう思ったのだが。
そんな呑気な展望は、森を進んで数日ほど経ったところで粉砕された。




