森の獣
「食料が得られるのはありがたいけれど、イノシシというのは気になるね」
イノブタの肉で腹を満たし、改めて暗い森の中を進みだしたのだが、カムナが眉間にしわを寄せながら何やら言い出した。
「何で? というかアレ野生化した豚らしいぞ」
「そこはどうでもいいんだよ。とにかくある程度脅威となり得る野生動物が、普段人が寄り付かないような場所に居るのが危険なんだ」
「何で?」
いや本当に何で?
野生動物が危険なのは当たり前だが、何で人が寄り付かない場所限定。
「前に言いかけただろう。凪の時代が終わったというのは、単に魔物が出始めただけの話ではないと」
「あー何か世界の理が変わったとか?」
そういや牢屋から逃げる時に言ってたな。
アルフ爺さんとオールバックのおっさんの密会現場に遭遇して、話の途中で終わったけど。
「ああ、わしも聞いたことがあるのう。何でも地形すら凪の時代の前後で大きく変わったところもあるとか」
「地形まで!?」
それ理どころか世界そのものが歪んでね?
もしかして冒険者が人類未踏の地に挑む理由って、凪の時代の前後で変わりすぎてて再調査が必要だからなのか。
「私も魔王が最終的に何をやらかしたのかは知らない。しかし師が言うには世界は一度壊れたらしい」
「壊れたねえ」
何か表現としてはシンプルなのにどうとでも受け取れるな。
でも実際この世界は今こうして普通に存在してるわけで。
「結果的に境界線が曖昧になった。魔物が出始めたなんて言われてるけど、それは厳密には間違いだ。彼らが居た世界と私たちの居た世界が重なったんだよ」
「えー。その割に普段からそんな頻繁に魔物見かけたりしなかったぞ」
「それは少年が居た村がおかしいからだ」
「詳しく知らないくせに言い切りやがった!?」
いや多分あってるんだろうけど。
何せ神父様が村丸ごと囲う結界張ってるし。
そういやヴィオラも村の周りに魔物が少ないのは、神父様が何かやってるせいじゃないかと言ってたなあ。
というかヴィオラは今頃何やってんだろう。
神父様は音信不通なままだろうし、あの村にいても仕方ないからもう実家に帰っちゃってるかもなあ。
実家が魔法ギルドのお膝元なジレントだとしたら今から行くわけだが、そんな都合よく会えるわけもないだろうし。
「まあそれでも大都市ほど魔物は出辛いよ。それは人間が多いほど、世界が『こちら側』に引っ張られるからだ」
「こちら側?」
それはつまりは元から人間がいた世界だろうか。
なら魔物が居る世界があちら側として。
「じゃあ人がいない場所ほど『あちら側』に引っ張られるのか?」
「例外はあるけどね。そこで問題になるのが、世界があちら側に引っ張られるという事は、単に魔物がこちら側にくる入口になるというだけではなく、そこに生息する動物にも影響がでるということだ」
「ああ。動物の魔物化じゃな。たまに通常の数倍のでかさの動物が出てきて魔物として討伐されとるぞ」
「ちょっと待てや爺」
それ知ってて俺をイノブタにけしかけたのか。
いやサイズ的に魔物化はしてないと判断したのかもしれないが。
「って待て。それを今言うということは、ここって……」
「あちら側に近いよ。もう少し西側によれば街道が整備されてるから、多少はマシだったんだけどね。追われてる身で街道を使うわけにもいかない」
「あーそりゃあ仕方ないというか」
要は兵士たちの追跡を避けるために、いつ魔物が出てきてもおかしくない『あちら側』に近い場所を通ってると。
訓練された兵士の集団と魔物。どっちがマシなんだろうなあ。
精神的には魔物相手の方が楽だろうけど。
「まあ嬢ちゃんの危惧はもっともじゃが、この森自体が魔法ギルドの管理下にあるようなもんじゃからなあ。危険度の高い魔物は優先的に排除されておると思うぞ」
「え? この森国境線上にあるだけで全部がジレントの領土じゃないんだろう?」
「まあそうじゃが。カンタバイレ側がろくに管理できんから、ありがたいし勝手に手を出されても文句も言え……いや一部が言っておったな」
「ええ……」
まあでも実際国境越えて干渉してるのは事実だし、文句は一応正当なのか。
ジレント側からすれば「口出す前に手を出せや」という感じだろうが。
「おや……これは」
「どうしたんだい爺様?」
「少し先で集団で戦っとるな。相手は……荒々しさからして魔物か。嬢ちゃんの危惧が当たったかのう」
「マジかよ」
というか本当にこの爺様の気配の察知範囲はどうなってんだ。
俺まったく分からないぞ。
しかし魔物と集団で戦ってる人間ねえ。
「助けた方がいいかな?」
「また少年は……」
「そうさなあ。追手の兵の可能性もあるぞ」
「あー。なら迂回した方がいいのか」
むしろ酷い言い草だが魔物と相打ちになってくれた方がいいのか。
まあ集団で戦ってるなら早々負けるわけが……。
「あ、こりゃヤバいな」
「え? どうしたんだ?」
「人間側が蹴散らされとるなコレ。むしろさっさと逃げた方がいいかもしれん」
「は? 蹴散らされてるって……」
気配でそんな詳しいことが分かるってことは、それ多分死んでるよね。
もし仮に人間の集団が追手の兵士だとしたら、本職でもどうしようもないヤバいやつが暴れてるということで。
「ヤバいヤバい! 方向転換じゃ。気付かれる前に少しでも距離をとるぞ!」
「げっ、マジかよ!?」
「西へ行こう! この際追手の兵が居たとしても巻き込んでやった方がいい」
いつも飄々としてるアルフ爺さんが焦ってる。
こりゃ間違いなくヤバいやつだ。
カムナもそう判断したのか、街道があるという西へと進路を変え全力で走る。
しかし必死の逃走劇も虚しく、俺たちは街道に辿り着く前にソレに追いつかれることになった。




