逃亡生活始まる
夜も更けて、もう流石に大半の人間は眠ってるだろうという時間になると俺たちは動き始めた。
しかし相手は本職の兵士だ。そう簡単に逃げることはできないだろう。
そう思っていたのだが、先ほどからほとんど兵士を見かけないし気配も感じない。
一度だけ見回りらしき兵士を見かけたが、幸いにも別に通路があったのでやりすごしてそれっきりだ。
というかその兵士も一人だったんだが、見回りとしてそれでいいのか。
普通は最低でも二人一組でやるもんじゃないのか。
兵士としてのプロ意識に欠けるのでは。
「そういう君は、農民と言い張りながら気配とか感じられるのは何なんだ」
「神父様が」
「なるほど」
大変だ。神父様に会ったことないカムナにまで「大体神父様のせい」で通じ始めたぞ。
いやでも実際俺が気配とか分かるの、ゴブリンと戦う訓練で森の中で索敵やらされまくったせいだし。
そういう意味では色々とざわつく森の中と比べたら、建物の中は人間が居る場所が分かりやすい。
「神父のことも大概だけれど、君が冒険者になりたいのも本当なんだろうとね」
「はい? なんでそんな話に?」
曲がり角の先に誰も居ないか確かめていると、不意にカムナがそんなことを言ってくる。
というか本当に人居ねえな。剣の回収というミッションが終われば、さっさと走って逃げた方が早いかもしれない。
「上澄みの冒険者というのは、人類未踏の地にも突っ込んでいくような連中だから、強いだけでは早々に死ぬんだよ。ある程度の役割分担はするだろうけど、一人でも多芸な人間が多い」
「あー」
確かに。神父様もやたら俺にサバイバルな知識や技術をつめこもうとしてたなあ。
魔物に関してもメジャーなところは改めて覚えさせられたし。
「逆に底辺は酷いものさ。大抵は食うに困った傭兵崩れが仕方なくやってるからね。信頼はできないし態度もチンピラのそれだ。しかも数としては底辺の方が多いわけだから、冒険者なんて厄介者と同義だよ」
「そうなの!?」
カムナの冒険者評に思わず小声で叫んだ。
あれ。冒険者ってもっと夢いっぱいな職業じゃないの。
いや現実的に考えたらそりゃそうだろって話だけど。
「未踏破の地域だって常人にどうこうできるものじゃない。そもそも凪の時代が終わったというのは単に魔物が出始めたというだけのことではなくて、異界との境目が曖昧になることでそれまでの世界の理が――」
「ちょっと待て。あの部屋誰かいる」
何かカムナがすっごい面白そうな話をし始めてたけど、人の気配がするので黙るよう促す。
するとちょっと拗ねたような顔になり、言葉を口の中で押し留めたみたいに頬をふくらませるカムナ。
なんだその顔つつかれたいのか。
というか薄々感じてたけど、もしかして説明したがりなのか。
「……」
まあ余計なことして気付かれても間抜けなので、人差し指でジェスチャーしながら気配のする部屋へと近付く。
近付くにつれドアの隙間から光が漏れているのが見え、かすかに話し声も聞こえてくる。
「……いはしました。しかし貴方が来てくれるとは思いませんでした」
「ぬかすな。貴様らの仕業だろうアレは……」
「違う……といっても信用してはもらえないでしょうね。少なくとも……は関知して……」
「ほう。それで、これ以上何をさえずるつも……」
聞こえてきたのは、昼間に会ったオールバックのおっさんの声と、聞き覚えのある少ししわがれたような声。
これもしかしてアルフの爺さんか?
え、何でアルフ爺がここに居ておっさんと話してる?
「どうか……にお戻りください。貴方が居なければ……は瓦解……」
「知らんよ。貴様らの自業……」
断片的に聞こえてくる内容からして、アルフ爺さんが俺たちに代わって冤罪おっかぶせるために捕まったわけではないらしい。
というかアルフ爺さんにやたら丁寧じゃないかおっさん。いや俺にも丁寧だったし。そういうたちなだけか。
「……お戻りになられないのならああっ!? なっ、ぐぅううっ!?」」
「っ!?」
話していたおっさんの声が悲鳴に変わり、思わず声を出すところだった。
何だ。何が起きてる。
こうしている間にもおっさんはくぐもった声を漏らしており、明らかに苦しそうだ。
しかしその声も次第に小さくなっていき、ついに何も聞こえなくなる。
「……よし。入ってきていいぞ」
おっさんの悲鳴がやみしばらくしたと思ったら、今度はアルフ爺さんの声がする。
え? これもしかして俺たちに言ってる?
いや周囲に気配は感じないが、もしかして他に誰か潜んでるのか。
「そんな警戒しなさんな。後ろ暗い話だからと人払いをしていたのでなあ。他には誰もおらんぞ。坊主にお嬢さん」
「……マジかよ」
何で姿も見てないのに俺たちだって分かるんだよ。
気配で分かったとか? どういう技能だよ。
ともあれこのまま隠れていても仕方ないので、カムナと頷き合いドアを押して部屋の中へと入る。
すると予想通りにというか、そこには得意げな顔のアルフ爺さんと、目を閉じて転がったおっさんがいた。
一瞬死んでるのかと思ったが、息はしているらしく胸が上下してる。
しかし外傷らしい外傷はなく殴り倒したわけでもなさそうだが。
「……絞め落とした?」
「おうよ。こんな爺に一方的にやられるとは、情けないことだ」
「ええ……」
マジで何なのこの爺。
神父様にくどいくらい注意されたことあるけど、人を絞め落とすのってやり方間違えると普通に死ぬやつだぞ。
もう絶対ただの石工じゃないだろこの爺さん。
「いやおまえさんたちが捕まったと聞いてな。流石に責任を感じたわけだ」
「ええ……。何で爺さんが責任感じるんだよ」
「つまりこいつらの本来の目的は貴方というわけか」
「……ええ?」
カムナが「私は全部分かってるぜ」みたいな顔でなんか言い出した。
俺は全く何も分からないので、順を追って説明してくれないだろうか。
手始めに爺さんの正体あたりから。
「説明は後回しじゃな。おまえさんたちが居ないのに気付いた兵が騒ぎ始めとるぞ」
「はあ。何でそんなの分か……」
「――全員起床! 対象が逃げたぞ!」
「……」
アルフ爺さんの言葉が予言だったみたいに、建物の奥の方から兵士の叫ぶ声が聞こえて来た。
だから、何で分かるんだこの爺さん。
気配だけで建物全体のどこに誰が居るのか分かるのか。
「そら逃げるぞ。話は後じゃ後」
「ああ、もう! ちゃんと説明しろよ爺さん!」
とりあえず目的の剣は室内にあったので、ついでに取り上げられていた他の荷物も引っ掴んで走り始める。
そうして俺たちは、逃げるようにしてというか実際逃げながらリオの街を後にすることとなった。