ゴブリンの集落
「どうなってんだ……?」
ガヌートが目の前の光景に呆然としながら呟いた。
木の根によく似た化け物を倒してから暫くの移動の末、辿り着いたゴブリン族の集落。子沢山なゴブリン族の集落ということもあり、規模こそ大きくは無いが賑やかな場所であった。
だが目の前に広がる空間は人っ子1人いない廃墟であった。
「だれか、だれかいないのか!?」
ガヌートが声を上げて走り出す。
一瞬止めようとしたブラドであったが、辺りに何の気配も無いので止めようとした手を下ろした。
「お爺ちゃん、どうなってるの……?」
ライラが不安そうにブラドに尋ねた。
ブラドは直ぐには答えず、暫くして口を開く。
「分からん。ただ辺りに誰かいる気配は無い。ここで突っ立っているわけにもいかんからな、ガヌートを追ってみるか」
そう言ってブラドが歩き出す。
ライラとカインもそれに従い後ろを歩き出した。それに続いてネイを乗せたチットが鼻を鳴らしながら付いていく。
酷い有様だ。
家々はどれもが良くて半壊という状態。あちらこちらに戦った跡と、乾いてはいるが血痕が残っている。
不思議な事に死体は無く、また地面に何カ所も大きな穴が開いていた。
カインがブラドと共に辺りを見ているとガヌートが走って来た。
「ガヌート、なにか見つかったか?」
ブラドが血相を変えて戻ってきたガヌートに尋ねた。
それと同時に、ガヌートが手に持っていた物をブラド達に見せつけた。
「こ、これが集落の奥に落ちてました!」
ガヌートが差し出した物は少し前に自分達を襲った巨大な木の根。その根っこから生えていた腕そのものであった。まるで人間の腕の様な、しかし間違いなく木で出来た滑らかな腕である。
それを見てブラドが難しい顔をしながら黙り込む。
「そ、それじゃあ、それに住んでた人たちはやられたっていうの?」
ライラが震えながら口を開いた。
だがそれに誰も答えない。沈黙が辺りを包む。
それを破ったのはブラドであった。
「いや、どうだろうな。ガヌート、食料や武器なんかは残っていたか?」
「すいません、そこまでは見てないです」
そうか、とブラドが呟く。
「それじゃあ少し家の中に食料なんかがあるか見てみるか。ガヌートはカインと一緒に動け。ライラとネイはオレと一緒だ。隅々まで探す必要は無い、何軒か見てみよう」
「お爺ちゃん泥棒する気!?」
ライラがブラドに食って掛かる。
「違う違う、そんなつもりじゃ無い。ただここで何が起きたか確認するために必要なんだ。分かったらさっさとやるぞ、無駄な時間をかけたくない」
ブラドにそう言われライラは渋々という形でそれに従った。
※※※※※※
「ガヌートさん、ここにも無いですね」
カインが身体を小さくして、壊れた家屋の中を探しながらガヌートに話しかけた。
暮らす人口こそ少なくない集落であるが、ゴブリン族は多産であり人数に比べ家の数は少なかった。
それ故調べる量こそ少なかったが、どの家にも食料や武器は残っていなかった。希に残っていても僅かであり、集落の規模から見て食料がごっそり無くなっているのは明らかであった。
「そっちにも無いか、こっちも同じだ。にしても小柄なゴブリン族の家だけあって小せえな」
小柄なゴブリン族の家はカイン達にとって少し小さかった様だ。
ガヌートもカイン同様身体を小さくしながら半ば壊れた家を探りながらカインに答えた。
壊れた家から2人とも這い出て深呼吸をした。
「どこにも食料や武器は見当たらないですね。どうなってるんでしょうか?」
カインがガヌートに尋ねた。
「さあなぁ、どうなってんだか。状況的にあの根っこの化け物に襲われたんだとは思うが。どうにか逃げるのに成功したのかもしれねえな」
そう言って首をひねるガヌート。
探してみたが乾いた血痕はあるものの死体は見当たらなかった。そこからガヌートはゴブリン達が逃げ出したと考えていた。
もし魔獣が食べたとしたら、種類にもよるが骨が残っているはずだ。
「全員どこかに連れて行かれた可能性は無いんですか?」
「どうだかな。あの化け物が食料ならまだしも武器なんか持っていくか? まあ俺等が考えたところで答えは出ねえだろ。それよりさっさとブラドさんと合流しようぜ」
そう言ってガヌートが歩き出したのでカインもそれに続く。
歩き始めて直ぐにガヌートがカインに話しかけた。
「しかしお前さっきチットを軽々と受け止めてたな。俺はあの魔神とお前の戦いをブラドさんから聞いただけで、正直お前の実力を信じてなかったがホントにガーラさんの孫なんだな。魔力を感じ無かったのも納得いったよ」
「力が強いくらいしか取り柄無いですよ、僕」
ガヌートのその言葉にカインは恥ずかしそうに返した。
「あんな所から落ちてきたレクトブルを受け止めるなんてそうそう出来る事じゃねえよ。それはそうとお前長い事寝たきりだったんだろ、何でそんなに筋肉付いてるんだ?」
ガヌートの疑問は当然の事である。
ガーラの力のことをブラドから聞いた事があるガヌートは、カインの力がその体質にある事くらいは理解できたがその筋骨隆々の身体の事までは不思議で仕方が無かった。
数多くの探索者が集まるフィルシー大迷宮都市。勿論そこには実力ある人間の探索者も多く暮らしており、そういった人物をガヌートも数多く見てきた。
そう言った人間と比べてもカインの肉体は同程度どころか、大抵を上回っている。
長い期間寝たきりで到達できるような肉体で無い事は明らかであった。
人間より肉体的に優れたオーガ族のガヌートと比べても遜色ない身体など、寝たきりであった人間が辿り着くはずの無い領域だ。
少し考えてカインが話し出した。
「ガヌートさん。それじゃあ僕の、というより僕の一族が罹る病について聞いてます?」
「詳しくとまでは言わないが、大体の事はブラドさんから聞いてるぞ。魔力放出障害だったか?」
「そうです。ガヌートさんが考えてる通り、僕は身体を鍛えた事はありません。どうも病の副作用みたいで、穢れた魔力に耐えられる様に身体が自然と大きくなるみたいなんです。その証拠に症状の軽い父は僕より小さいですし、同じように症状が軽い先祖の人たちはそう身体は大きくなかったみたいです」
カインの答えにガヌートは分かったのか分かっていないのか、フーンと曖昧な返事を返した。
それに対し苦笑いを浮かべたカイン。
会話が止まり少し歩くと、ブラド達は先に探索が終わっていたらしい。分かれたところで既に待っていた。
「おう、どうだった? 何か残ってたか?」
カインとガヌートが帰ってきたのに気付いたブラドが2人に聞いた。
「何も無かったです。食料も武器も、死体も」
ガヌートが答えると、ブラドは考えるそぶりを見せた。
「どこかに逃げたと考えるべきか、それとも……。ああ、そういや言い忘れてたが探索してる途中に穴はどれ位あったか覚えてるか?」
「えっと、確か1、2穴位だったと思います」
少し考えてカインがそう答えると、ガヌートも頭を縦に振った。
「そうか、こっちは1穴だけだ。ガヌートが見つけた腕だけでこの集落を襲ってのが根っこの化け物と決め付けるのはどうかと思うが、俺もあんなの見た事無いからな。今はあれが襲ったと考えて話を進めるか」
少し間を開けてブラドが再度話し出す。
「今言った通り長い事探索者してきて色んな所にも行ったし、様々な魔獣とも戦った。だがあの根っこの化け物は見た事が無い。ハッキリ言って正体が分からんし、どういった生態をしているのかも皆目見当付かない。でだ、集落を見回って食料が無いのと武器も無くなっている所から見ると、多分ゴブリン達は逃げたんだろうと思う。あの根っこが食料以外に武器類まで持って行くと考えない限りはな」
現状分からない事だらけの中、ブラドはそう考えた。
ゴブリンと食料が無いだけであれば、根っこの化け物が食うために持って行ったとも考えられるが、武器までも無い事からその結論に至ったのだ。
とはいえ情報がなさ過ぎてそう考えるしか無かったのだが。
「ガヌート、もしゴブリン達が逃げるとしたら何処に行ったと思う?」
ブラドがガヌートに問いかけた。
「そうですね……。 戦力的に考えれば少し遠いですがオーガ族の集落ですけど、そこに行くまでに襲われる可能性もありますし……」
考えがまとまらないのかガヌートが頭をひねるが、答えは出ない。
「まあ安全なのはオーガ族の集落だろうが、襲われる可能性を考えて違う集落に行ってるかもしれんな。ま、考えても仕方が無い、今後の事もあるしオーガ族の集落に行ってみるか」
ブラドはそう事も無げに言い放った。




