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しばしの休憩

「お爺ちゃん、それじゃあゴブリン達は放っておくって訳?」


 ライラがブラドに噛みついた。


「放っておくと言っても、何処にいるのか分からん奴らに時間をかけてられるほど俺等に余裕があると思ってるのか? 帝国はフィルシーに魔神を送ってくるほどの状況だぞ。襲われてるところに出くわしたってならまだしも、自ら進んで助けに行けるはず無いだろ」


 ブラドの言葉にライラは沈黙する。

 ブラドの言い分は何も間違っていない。

 危険な魔獣が跋扈する世界なのだ。日常的にその被害に遭っている人たちは沢山いる。

 そう言った人々に救いの手をさしのべる行為は素晴らしいかもしれないが、現状ブラド達にそういったことをする余裕など無いのは明らかだ。

 人間の国々で最大戦力を誇る北の帝国が、人々の大敵アーチエネミーである魔神と手を組んでネイの力を手に入れようとしているのだ。

 ネイの力が帝国に渡れば世界に混乱が巻き起こるのは必至。

 そうなってしまえば魔獣の被害など些細に思ってしまうほどの人の血が流れてしまう。

 エンテの森の中の問題と人間・亜人を巻き込んだ戦争。どちらを取捨選択すれば良いかなど明白な事だった。


「でも……」


 それでも不服がある様にライラが呟く。

 それを見てブラドは微笑んだ。

 ライラはその特異な力故に他人から気味悪がられ避けられていた。それは同族の人間だけで無く亜人にもだ。

 それにも関わらず他者を思いやる心を持っている。その事に場違いながらブラドの顔は緩んでしまった。

 ただライラにとってはそうは見えなかった様で……。


「何笑ってんのよ! 人がまじめに話してるって言うのに! もう知らない、勝手にすれば良いわよ!」


 ライラが顔を真っ赤にさせて怒鳴ると、ブラドが慌てだす。


「い、いやそういうことじゃ無いんだ」

「それじゃあ何だって言うのよ! 変に言い訳される方が腹立つわ。もういい、行くんでしょ。さっさと行きましょ!」


 ワアワア言い合うブラドとライラのやりとりをカインとガヌートは黙って見つめ、ネイはチットに乗りながら眠そうに目を擦っていた。


※※※※※※


 ゴブリンの集落を出て2時間ほど経つとブラドの言う事が飲み込めたのか、ライラの怒りは落ち着いた様だ。

 森の中で何が起こっているのか分からない一行は、兎にも角にもガヌートの故郷であるオーガ族の集落へと急いでいた。

 その為ネイとライラ、それに脚の悪いブラドもチットに乗る形で進む事となる。

 3人乗せた上に旅の荷物まで持たされてなおチットに疲労の色は無く、チットを貸してくれたウァーナムに心の中で感謝するブラド。


「ガヌート、それでこの調子で進めばどれ位でお前の故郷の集落に着きそうだ?」


 チットの上からブラドが尋ねた。

 足場が良く無い事もあり、ブラドの方を見ずにガヌートが答えた。


「そうですね……。 このままのペースで行けば後一日あれば着くと思います」

「そうか、一日かかるか……。休まず進むという方法もあるが、あの根っこの化け物にどういった性質があるか分からない状況で夜間に進むのは避けたいところだな。このまま進んだ先に集落はあったか?」


 ブラド個人だけならばどうとでも言う事はないが、強い力を持ってはいるが不安定な上にそれ以外はそこいらの少女と同程度の身体能力しか無い孫を連れて夜間進むのを危惧した。

 その為辺りの事に一番詳しいガヌートに尋ねたが、なかなか返事は帰って来ない。

 ウンウン唸った後、ガヌートが答えた。


「すいません、このまま真っ直ぐ行くと集落は無かったと思います。横に逸れれば他の種族の集落はあったはずですが、広大な森なんで結構時間を食っちまいます」


 ガヌートはばつが悪そうに言った。

 とはいえブラドは平然としていた。まるでその答えが返ってくるだろうと予想していたかの様に。

 エンテの森は広大だ、それも途方も無く。

 亜人の集落が数多あると言っても、この森が埋まる事は無い。

 何せ人間が暮らす東側の土地の半分近い広さがあると言われているのだ。

 そんな森の中で都合良く集落があるとはブラドも考えていなかった。


「まあそうだろうな。悪いなガヌート、気にするな。あれば助かる程度の気持ちで聞いただけだ。食料の調達は出来なかったが、まだ数日分くらいはある。あの根っこはこの領域の魔獣に比べて強い魔力を感じたがあの程度なら、まあ何とでもなるだろう。油断は禁物だがな」


 ブラドが気にしていないと分かったガヌートがホッとした顔をして口を開いた。


「そうですか。それじゃあ明日楽になる様、なるべく今日進んでおきましょう」

「そうだなと言いたいが。カイン、体調はどうだ? まだ進めそうか?」


 ブラドが少し心配そうにカインに尋ねた。


「まだ大丈夫です。特に力を使ってるわけでは無いですから」


 カインの声に疲れは感じ無い。

 それにブラドは、


「そうか」


と、呟くだけであったが、ガヌートは疲れの見えないカインに驚いていた。

 カインは身体こそ大きいものの、今まで長い年月を療養生活で暮らしていたのだ。

 探索者の様に鍛錬を積んできたものが森の中を長時間歩き回って疲れないのは当然だが、言ってみればカインはその逆だ。

 その巨躯についての説明を受けたガヌートであったが、こういった長時間の運動にも耐えうる体力さえ得られるのかと一層その体質に驚愕していた。

 そしてそれと同時に、何もせずともそれだけの肉体と体力にならなければ生きていけないカインの不幸を強く感じた。


 その後も一行は順調に進む事が出来た。

 幸い魔獣も、あの根っこの化け物も現れる事無かったが時間だけは過ぎていく。

 元々鬱蒼としていた森が、気付けば一層暗くなっていた。

 ブラドがライラを助けに行ったときのように小さな明かりを出せば問題なく進む事の出来る暗さではあるが、想像していたより順調に進む事が出来ていたためにもう少し進んで多少開いた空間で夜を明かす事となった。

 ブラドがチットから飛び降りると、直ぐに魔法によって中央に火を生み出す。

 本来なら枯れ木でも拾ってきた方が良いのではあるが、幸いブラドは火の精霊に愛されし者だ。

 焚き火の代わりになる程度の火など、少し魔力を込めさえすれば一晩中燃え続ける。


 続いてライラもチットから飛び降り、早速夕食の準備に取りかかる。

 気付けばネイはライラの側に居り、既に手伝いを始めていた。

 カインが何か手伝う事は無いのかと聞きに行くとライラに一蹴された。


「あんたは一日中歩いてたんだから休んどいて。まだ明日もあるんだから」


 ライラにそう言われ、ブラドに何か手伝えることはあるかと聞きに行くが同じ様な事を言われてしまい手持ち無沙汰になるカイン。

 どうした物かと考えるが、特にすることも無いので火の近く。調理を続けるライラの邪魔にならない様に小さく座っておくことにした。

 

 ライラが調理を進めるのを見て手伝わなくて良かったとカインは考えを変えた。

 手際が良く、もし自分が手伝えば邪魔になる光景しか見えてこなかったからである。

 干し肉がここに来るまでに採取した野草と共に煮られていく。

 カインは野草について何も知らないが、ブラドやガヌートが何も言わないところを見ると食べられるのだろう。

 持ってきた香辛料が入れられ、匂いが食欲を刺激する。気付けばカインのお腹から音が鳴っていた。

 顔を赤くして下を向くカイン。


「お腹空いてるみたいね。もうちょっと待っててね、すぐ出来るから」


 ライラは少し微笑んでカインに語りかけた。

 それが何だか催促したみたいに感じてしまい、カインは一層身体を縮こませた。


※※※※※※


 食事は干し肉と野草のスープ。それに保存用の黒パンであった。

 保存用と言うこともあり黒パンは非常に固く、スープで湿らさないとなかなか食べられたものでは無い。

 ただ噛めば噛むほど穀物の旨みが楽しめ、スープの味もそれに合っており簡単ではあるが満足出来るものであった。

 食事が終わるとブラドが話し始める。


「それじゃあ明日の事でも話すか。なるべく早いことガヌートの故郷に着きたいから、朝早く出発しようと思う。と言うことでお前等はさっさと寝ろ。見張りは俺がやっておく」


 それにガヌートが異を唱える。


「そんな! ブラドさん、別に見張りくらい俺がしますよ」

「心配するなガヌート。俺は今日半分チットの上で座ってただけで疲れちゃいないよ。それに一日寝ない位別にどうっててことはない。それに……」


 ガヌートの異論をやんわりと押しのけブラドが辺りを見た。

 それに釣られ一行もブラドの視線を追う。

 ブラドの視線の先、良く見れば薄らと明るいところが点々と存在した。

 より一層集中してみると、小さな火が宙に浮いている。


「ライラが料理を作っている間に色々仕込んでおいた。何か異変、例えば気配や魔力が近づけばあれが知らせてくれる。だから俺もそんなに気を張り続ける訳じゃ無いからそうしんどい訳じゃ無い。それにこれでも一応英雄と言われてるんだ、舐めてもらっちゃ困るぜ。後、ガヌートとカインは明日も歩いて貰うことになる。だからさっさと寝ろ」


 そこまで言われるとガヌートも諦めた様に口を閉じた。

 事実ブラドは高齢ではあるものの、未だガヌートとの間に大きな実力の差がある。

 ましてやブラドは英雄と言われ、ガヌートの実力では行くことさえ叶わない暗黒大陸で探索を繰り返した名うての探索者だ。

 そのブラドが休めというのに、これ以上反論するのはある種の侮辱だと考えた。


「分かりました。それじゃあ休ませて貰います」


 そう言ってガヌートは寝る準備を始めた。

 とはいえ火の側え地面に寝っ転がってマントを被るだけなのだが。


「ほれ、カイン。お前もさっさと寝ろ。疲れてないと思ってても以外と疲労が溜まってるもんだ。お前の場合は精神的な疲労かもしれんがな。明日も歩くんだ、よく寝といた方が良い」

「分かりました。それじゃあお休みなさい」


 カインも素直に寝ることにした。

 こちらはガヌートの様に色々考えたわけでは無い。

 ただ見張りなどした事が無いので、ブラドの言葉に従っただけだ。

 何かあった時のために一日背負っていた巨剣を直ぐ側に寝かして、カインもガヌートと同じように地面の上に寝転んだ。

 視線を動かすと、みっともなく仰向けになり大きなお腹を晒して寝ているチットが目に入った。

 舌をダランと出し白目を晒しながら、フゴフゴと寝息を立てるその姿に緊張感の『き』の字も感じられない。

 流石に寝る時まで括り付けておくのはしんどいだろうと、ガヌートが荷物を解いていた様だ。

 そしてその横に広がったお腹の上でライラとネイは既に寝息を立てていた。

 柔らかそうなお腹の上で寝ている二人を見て少し羨ましく思ったカインであったが、ふと横を見るとブラドが凄まじい目つきでカインを睨んでいたので慌てて目を瞑る。

 すると動いている時は気にならなかったが、目を瞑ると途端に睡魔が襲いかかってきた。

 少し前に生まれて初めて馬車での旅をしたが、こういった形での旅も当然ながらカインにとって初めてだ。

 多分興奮で疲れを感じにくかったのだろうとカインは自分の単純さを少し笑った後、すぐに深い眠りに落ちていった。


 

 

 

 

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