森の中にて
フィルシー大迷宮都市を出発して既に2日が過ぎていた。
中央国は亜人の集落の長しか場所は伝わっておらず、残念ながら都市にその場所を知るものはいなかった。
そのため一行は一先ずガヌートの故郷を目指す事となった。
エンテの森を歩く一行。
足に後遺症が残るブラドと、まだ成長しきっていないネイを連れての旅で、ウァーナムから借りたレクトブルの子供は大いに役立っていた。
まだ子供ながら、以前130キロもあるカインと超重量のシンユ・ムグラムを乗せて走った体力は並では無い。
通常の魔物より遥かに強い特異個体であった親の血を受け継いだ事もあり、既に平均的なレクトブルの大きさを上回っている。
体長3メートル、体高2メートルのまん丸とした身体に旅に必要な荷物を括り付け、ネイを背に乗せたまま楽しそうに鼻を鳴らして歩いている。
巨躯に似つかわしくない未だ幼いその顔は困難な旅の途中である一行の安らぎにもなっていた。
2日歩いても未だ亜人の集落を一度も見る事は無かった。
勿論横道に逸れれば見つける事も出来るだろうが、残念ながらそう悠長にしていられる暇も無くガヌートの道案内の元、道を急いでいた。
「しかし20年ぶりに来たが、この森はやっぱり広いなぁ」
ブラドが独り言ちる。
エンテの森は広い、それも途轍もなく。
2日歩いたというのにも関わらず未だに浅い領域を歩いているのは明白であり、今のところブラドの魔力や、この領域では天敵のいないレクトブルの気配を察して魔獣が襲ってくる事は無かった。
「俺の故郷まではもう少しかかりますね。確かこのまま進めばゴブリン達のそこそこ大きな集落があったはずですから、そこで一旦休ませて貰いましょう」
マントを纏ったオーガ族の青年、ガヌートがブラドに話しかけた。
「保存食はまだ余裕があるが、集落が途中にあるなら一応寄っておくか」
ブラドが答える。
食料水はライラやガヌートが魔法で作り出せるといっても、食料は別だ。
レクトブルの子供「チット」の背中に幾らか保存食を乗せてはいるが、湿度の高いこの森では余り長い事は持たない。
頼みの魔獣も出てこないとなると、補充方法は限られてくる。
まだ保存食が無くなる恐れは無いものの、道の途中にあるならば寄っても良いだろうとブラドはガヌートの進言を素直に受け入れた。
「しっかし暑いわね。ガヌート、その集落には何時になったら着くの?」
胸元をパタパタしながらライラが聞いた。既に彼女はネイと共にチットの上で揺られている。
「それ程時間はかからねえよ。それより文句言うんじゃねえ。カインだって病み上がりで馬鹿見てえに重いもん持ってんのに、お前も見習え」
「ふん、私はか弱い女の子だし食事を作るって大切な仕事があるんだから良いのよ」
ガヌートとライラが少し睨み合う。
「はは、は。べ、別に気にしてませんよ。これも体力作りですし……」
カインが気まずそうに笑った。
そう言われるとガヌートは何も言えない。
「ああもう、お前等喧嘩するんじゃねえ。ネイみたいにおとなしくしてろ。それより何おかしいとは思わないのか?」
ブラドに怒られ静かになる一行。
そこでようやく辺りの雰囲気がおかしい事に気付く。
森に入った時点からブラド達の魔力を恐れて魔獣達が近くに来る事は無かった。
それでも離れたところから鳥のさえずりや、魔獣が動いた際の僅かな音は少し耳を澄ませば聞こえていたものだ。
それが今は……。
「音がしない?」
ガヌートが初めに気付き、そう口にする。
「まったく、ガヌート。お前は今まで何をしてたんだ? そこそこ長い事探索者してんのに音の重要性を忘れたか? それにライラとカイン。お前等もだ! 散歩してるんじゃ無いんだぞ、もう少し周りを気にしろ」
またブラドに怒られ、少し気まずそうにする一行。
そんな事を無視して事態は進んでいく。
僅かに地面が揺れ始める。それと共に微かな、本当に微かな音が聞こえ次第に大きくなっていく。
辺りが無音であったためにそれはハッキリと、そして何とも不気味に鳴り響いた。
音が大きくなるにつれ魔力が地面から漏れ出し始めた。
そして音は一行の少し前まで来て、途端に鳴り止む。
だがブラドは見た。自分達の足下から微かに魔力が漏れ出ているのを。
「皆、飛べ!」
ブラドの大声と共にカインにガヌート、それにライラとネイを乗せたチットがそこから勢いよく飛び退いた。
と、同時に一行がいた地面が割れて大きな木の根が飛び出してくる。
見た目は木の根であったがそのサイズがおかしい。周りに生えている木の幹ほどもあった。
それに加えてビッシリとまるで人の腕の様なものが生えており、辺りをまさぐるかの様にしきりに蠢いている。
勢いよく飛び退いたものの辺りは木々が茂っている森の中。
カインは背負っている巨剣が木々にぶつかったが、幸い勢いと巨剣の重さも相まって木をへし折りながらどうにか腕を避ける事に成功した。
だがチットはその大きさのために木に激突し、乗っていたライラとネイと共に根から生えた腕に捕縛された。
「畜生、話しやがれ!」
ガヌートが激高し飛びかかろうとしたが、それより先にブラドが動いていた。
勢いよく根が燃え上がる。
一瞬にしてライラ達を捕まえていた腕以外の部分が焼き消え、ライラ達は空中に放り出される格好となる。
「カインはチットを、ガヌートはライラとネイを受け止めろ」
ブラドの命令が飛ぶ。
その声と共にカインとガヌートは、落ちてくる2人と1匹の下へと急いだ。
ガヌートは何の問題も無く、衝撃を受け流しながら2人を無事受け止める事に成功。
しかしカインが受け止める物体は体重の軽い少女達とは違い、非常に重かった。
カインがチットを受け止めると同時に膝の辺りまで地面にめり込む。
だが、
「きゃー、気持ち悪い! 何よこれー!?」
ライラは自身とネイに巻き付く腕を取り外そうと必死で、カインの事など見ていない。
ガヌートはガヌートでそれを手伝い、ネイはいつも通り感情の無い目で、のたくる腕を見ていた。
ブラドをカインが見るも、少し残った根の先っぽを凝視して考え込んでいる。
ただガヌートだけがライラ達の手伝いをしながら、内心驚きに染まっていた。
ガヌートはカインがカルカンと戦っていた所は見ていない。そのため戦いの後ブラドから聞いたカインの実力について半信半疑であった。
だが数メートルの高さから落ちてきたチットを問題なく受け止めたカインを見て、自身が内心カインを侮っていた事を気付かされた。
レクトブルの成獣の体重は大体1トン近く、それより少し大きいチットは軽く見積もっても1トンを超える。
亜人の中でも膂力に秀でたオーガ族のガヌートであっても、1トンを超える物体が数メートル上空から落ちてきたとしてそれを何の問題も無く受け止めるのはかなり困難だ。
それを地面にめり込んでいるとは言え、顔色一つ変えずに受け止めたカイン。
ガヌートのカインに対する頼りないという印象が少し変わった瞬間であった。
とはいえ、そんな事に気付いていないカイン。膝まで埋まっているというのに誰も心配していない状況に少し涙目になっていた。
しかし泣いている暇などカインには無かった。何故ならチットにくっついていた腕が今まさにカインに飛びかかろうとしていたのだから。
よそ見が仇となる。振り返ると指が目前に迫っていた。
だがその指がカインに触れる事は無かった。
指がカインを求めて蠢くが、その元となる腕をチットが噛んでいたのだ。
引きつった顔でカインがチットを見守る中、チットはおもむろにその腕を食べようと勢いよく頭を振り腕は宙に舞う。
腕が落ちてくる。大きく開いたチットの口目掛けて。
もう少しでチットの口に入りかけた腕であったが、残念ながら腕はチットの腹に収まる事無く宙で燃え尽きてしまう。
各々が喚く中、腕に魔法を放ったブラドがため息をついた。
※※※※※※
「ガヌート、お前こんな魔獣見た事あるか?」
ようやく皆が落ち着いたところでブラドがガヌートに尋ねた。
「いえ、森で暮らしてた時も探索者になってここに来た時も、こんなの見た事無いですね。というか、これって魔獣ですか? 強い魔力は感じましたがどう見ても木の根っこですよ、それも特大の」
「だよなぁ……」
ガヌートの言葉にブラドが考え込む。
事実動きを止めた腕もまるで人間の物の様に見えるが、良く見れば材質は木そのものである。
人間であれば指先にある指紋も、木目になっている。
10代の頃に探索者になり、数々の経験をしてきたが今までこんなものを見た事はブラドにも無かった。
ここまで二日森を歩いたとは言え、未だ浅い領域。
このような存在がいればギルドの資料に載っているはずだが、腕の生えた巨大な根っこなど記憶を辿っても聞いた事も見た事も無かった。




