目覚めの時
ピチチチチチ。
小鳥のさえずりが聞こえる。
瞼を閉じていてもわかる。
朝が来たのだ。
「モッフモッフゥモッフゥゥ!」
飼っているピップゥが俺の身体の上に乗って
ぴょんぴょんと跳ねる。
「あはは。ピップゥ痛いよ!」
「ピプー?ピプー!!!!」
「あはは。そうかそうか嬉しいのか。よしよし」
寝たままの姿勢でピップゥを抱きしめる。
つるつるとした感触が心地よい。
今日も暑くなるんだろうなぁ。
そんなことを思う。
しっかりと目を開ける。
あ、やべ、昨日の分の宿題してないや。
さっさと起きてやらないと。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ。
腹が鳴る。
あーそうだ俺昨日シューコリルの家でごちそうになったから
母ちゃんのご飯食べてないんだった。
夜ご飯の用意をしていた母ちゃんはひどく怒っていたっけ。
時計をみる。
もうファリス7刻だ。
さっさと起きて昨日のやっていない宿題をやってしまおう。
身体を起こす。
ちょっと頭が痛いような気がする。
「母ちゃーん!母ちゃーん!」
大声で母ちゃんを呼ぶ。
「・・・・・」
返事がない。
おっかしいな。
この時間はもうとっくに起きて仕事に行く準備をしている頃なのに。
「母ちゃーん?」
寝間着のまま部屋のドアを開ける。
母ちゃんはいない。
ん?
今日夜勤の日だったけか?
首をひねりながらコヨミンを見る。
今日はオウガスの6日だから・・・
日勤の日だ。
おかしい。
胸がややざわつき始める。
キッチンにもいない。
リビングにもいない。
静かに母ちゃんの部屋の前に立つ。
どうしてこんなに心臓の鼓動が早いんだろう。
ドクドクドクドク
ドアノブに手を掛ける。
開けるな。
一瞬躊躇するが思い切ってバン!とドアを開ける。
そこにいたのは・・・
「母ちゃん!?」
「・・・・・・」
母ちゃんは長い髪の毛を振り回しながらベッドの上で
なにか苦しみもがいている。
母ちゃんの両手がなにかを求める動きをしている。
「母ちゃん!!」
涙が出るのを堪えて僕は母ちゃんの元へと駆け寄る。
「・・・・・」
「なんでなんにも話してくれないんだよ!母ちゃん!」
ものすごい握力で腕を捕まれる。
母ちゃんの口がぱくぱくと動いている。
目からは涙が流れている。
俺の腕をつかんだ母ちゃんの手が俺をおしのける。
母ちゃんの右腕が母ちゃんの頭の上でぐるぐると円を描く。
これは・・・メイデラの非常事態の時の合図だ。
「母ちゃん!なにがあったんだよ!!」
堪えていた涙が決壊し頬に涙がつたってくる。
俺が母ちゃんの腕を掴もうとするとものすごい力で跳ね返される。
「母ちゃん!!!」
そして母ちゃんは俺を制するように両手をまっすぐ伸ばしす。
落ち着・・・け?
母ちゃんが物を書くようなジェスチャーをする。
「書いてる・・・?書く物!そうか、ちょっと待って!」
母ちゃんの机の中からペンとノートを取り出す。
「はいこれ!」
母ちゃんはペンを確認するとすごい勢いでキャップを外し
ノートに文字を書いていく。
みえない きこえない はなせない
「・・・・ど、どういうことだよ!?」
母ちゃんの肩をもって体を揺さぶる。
母ちゃんはただ涙を流して首をぶんぶんと横に振る。
「どういうことだよ!?
なんなんだよこれ!?
母ちゃん!!
母ちゃん!!」
涙があとからあとからあふれてくる。
母ちゃんは何かを叫んでいるが僕には聞こえない。
どうしよう・・・
どうすればいい?
なにをすればいい?
「目覚めよ」
心の中で声がする。
「な、なななななんだよ今の」
「目覚めよ」
もう一度声がする。
さっきよりか心なしか声は大きい。
「なんとかしたい?」
ふと気が付くとそこには綺麗な女の人が立っていた。
白いローブを着ているということは魔法使いなのだろうか・・・
「ど、どういうことですか?母ちゃんになにが起こったんですか?
どうすればいいんですか!?」
「一気にまくしたてなくてもいいから」
静かに女が微笑みかける。
「私の名前はメーメラ」
「・・・・」
「お母さんがとても大切なのね。
可哀相に」
そう言ってメーメラが母ちゃんのベッドサイドの横に立つ。
「なんとかしたいんでしょう?アレク」
「したいです」
「今世界中でこういったことが起こり始めていることは知っている?アレク」
静かにメーメラが僕の瞳を見る。
「し、知りません」
その瞳にやや怖じ気づきながら僕は返事をする。
「でしょうね」
メーメラが微笑む。
「助けたいとは思いませんか?アレク」
「助けたいです!」
「いえ、世界中の人々を」
「・・・・」
なんで母ちゃんを助けることと世界中の人を助けることが
同等なんだろう。
「同等ね・・・」
静かにメーメラが窓の外を見る。
よく晴れた、いつもの空。
セミンの声が五月蠅く鳴り響いている。
「あなたが助けたいのはお母さんだけ。
そういうことでいいかしら」
「だって世界中の人なんて他人だし・・・」
「そうね。でもその世界中の誰かだって
みんな誰かにとっては愛しい人なのよ?」
「それはそうだけど・・・」
なんだろう。上手く言えないけれど、
そんなこと、今はどうだっていい。
「どうでもよくはないのよアレク」
「・・・あなた・・・心が読めるんですか?」
静かにメーメラが僕に向かって微笑む。
「や・・・・世界の人々を救うなんてそんなの僕じゃなくてもできるし
僕なんかなんの役にも立たないただのガキだし・・・」
「交換条件にしましょうか」
「交換条件?」
「お母さんの、耳か目か声、どれかを私が魔法でなんとかする代わりに、
あなたはゲノムを倒す」
「母ちゃん治るんですか!是非魔法でなんとかしてください!」
「焦るんじゃありません、アレク。
私の話、ちゃんと聞いてた?
あなたがゲノムを倒すの」
「ゲノム?」
「全ての諸悪の根源よ」
「諸悪の根源?」
「悪いことは、全部ゲノムのせいなの」
メーメラが僕の頬に手を伸ばす。
「あなたは選ばれた人間なのです。アレク。
あなたの力がゲノムを倒すためには必要なのです。
いえ、ゲノムの力はもう誰も抑えることができないかもしれない・・・
でも時間を遅らせることはできる」
「・・・母ちゃんの声を取り戻して下さい」
静かにアレクはそう答える。
「モッフゥ・・・」
いつの間にか足許にいたピップゥが不安げな顔でこちらを見ている。
「早く」
「そうせかさないで」
そう言うとメーメラはなにやら呪文を唱え始める。
「・・・汝の望み叶い賜え」
「アレク!アレク!アレクゥゥゥ!!!
母ちゃんが見えないのかい?
母ちゃんの体がおかしくなったのかい?
ここはどこだい?
アレクゥゥゥゥゥゥ!!」
「母ちゃん!!!」
母ちゃんの体をしっかと抱きしめる。
「アレク・・・おおおおお・・・アレク・・・」
母ちゃんは俺の腕の中で泣きじゃくっている。
「耳をなんとかしたいって今思ったわね?」
「やめてください」
「あなたの力でなんとかなるはずよ、アレク」
「なるんですか?」
「・・・やってみましょうか」
「なにを?」
僕は尋ねる。
「今から私が唱える呪文を同じように繰り返しなさい、アレク」
汝の翼がもがれし時
我が英知が汝を助けよう
汝の望み叶い賜え
部屋の中ではただ母ちゃんが狂ったように泣け叫び、
外ではセミンの声がただ五月蠅い。
オウガス6日。
僕はこの日を一生忘れないと思う。
*
「お前さんのやり方はいつもそうじゃ。いっつもそうじゃ」
ファリス9刻。
貿易都市コユンのカフェでメーメラと
シュエトリフ、それからゴチンは3人揃って
モーニングセットにがっついている。
テラスの外では船乗りやら商人やらがせわしなく働いている。
「ああでもしなけりゃ目覚めるわけないんだよ」
「そんなことないもん!」
「はいはい。
・・・お前さんちょっとは年相応の話し方をしたらどうなんだい?」
「・・・・・」
「まぁまぁ。アレクが目覚めたしいいじゃないか。で、彼は今どこに?」
「まだ母親と一緒だよ」
「なんと!お前さんアレクを旅立たせるって言うとったじゃないか!」
「そんなことは言ってはおらん。目覚めさせるとは言ったけどな」
粗挽きのソーセージにマスタードをたっぷりのせながらメーメラはつぶやく。
「母親はどうなったんじゃの」
「アレクのエリスの力・・・お前さん詠唱間違えたんじゃないかい?
なにも起こらなかったよ」
ソーセージにかぶりつきながらメーメラがシュエトリフを睨み付ける。
「そんなことないもんね!ちゃんとエリスの力も授けたもんね!」
「話し方!」
そう言ってメーメラはフォークでびしっとシュエトリフを指す。
「うるさいうるさい!ああ本当にうるさいばばぁじゃ」
「あたしがばばぁならお前さんはなんなんだい!?
ただの白髭のできそこないじゃないか」
「もう2人ともやめにしないか」
「いいや止めないね。そもそもアレクに関しては
わしに任せて!とこの男は言うておったのになんじゃ!
力も授け間違える、目覚めない、仲間もやる気ない。
ないないづくしじゃないか!」
「むー!力は授けたし目覚めてないだけだもん!
アレクは結果的にもう目覚めたもん!
カイザー達もやればできる子だもん!」
「もんもんもんもんうるさいね。普通に話せないのかい!?」
「お前さんこそなんじゃ!アレクの前であんな綺麗な姿になりよって!」
「それは私の力だからいいじゃないか」
「ケフケカの魔法なんて無理しすぎなんじゃないのか、メーメラ」
静かに煙草を吸いながらゴチンが言う。
「・・・背に腹は変えられんさ。もう一刻の猶予もない」
メーメラも静かに煙草に火を点ける。
「メーメラ、わしにも1本くれんかの」
「しょうがないね」
そう言ってメーメラは煙草を1本シュエトリフに手渡す。
「・・・・どうするかな」
ゴチンがカモメの鳴いている空を仰ぎながらそう言う。
「まだ、弱い」
メーメラも空を仰ぎながらそう答える。
「・・・・そうじゃな」
シュエトリフも2人と同じような体勢でただ空を見つめる。
「もうゲノムは動き出しておろうな。エルフの国で起こっていることが
こちらの世界でもほどなくして起こるだろう」
「リーザか・・・」
「あの娘にも困ったもんだよ」
「それは言わない約束」
「リーザが神に化けるか悪魔に化けるかはこれからの展開次第じゃな」
「今ゲノムのとこにいるし無理なんじゃないかのう」
煙草の煙を吐き出しながらゴチンが答える。
「まだ始まってもいないことをああだこうだ言うのは好きじゃないが・・・
本当に展開次第じゃとこの世界はもうだめじゃな」
メーメラが2本めの煙草に火を点けながら誰にともなく言う。
「ま、わしら関係ないけどな」
「老い先短いからかい?だけどあの子たちはどうするんだい」
「それは若いものが考えることであって俺たちがああだこうだ
言うことではない気がするのう」
「ゴチン、それでもお前さん3賢者の一人かね」
「わしが一番影が薄いからいいんだもーん。
わしは愛する家族が幸せだったらそれでいい。
本当に、ただそれだけでいいんじゃ」
「私にはその世界のことはわからないから何も言えんが・・・。
まぁたいていの人間はそうだろうね」
「わしも一人じゃから安心せいメーメラ!」
「明るく言うんじゃないよ!ったく・・・」
煙草をふかしている老人たちの目の前を船乗りやら商人やら町人やらが
激しく行き交っている。
「わしたちがお膳立てしてどうにかなるかねぇ」
シュエトリフが指を弄びながら言う。
「お前さんにかかってるんじゃないのかね」
「え」
「アレクにしてもカイザーにしても他の3人にしても。
もうすべてお前さんにかかっておるんじゃないのかね」
「・・・そう言って・・・逃げようとしておるな!ゴチンめ!」
「わしの方でも色々やってはおるから逃げてはおらんよ」
静かにゴチンが言う。
「とにかくアレクに関してはわしはノータッチの方がいいと
思うんじゃ。だからこそメーメラはケフケカの魔法を使ったんじゃし」
「あの美女もう1回拝みたいのう」
「なんて目をしてんだい!?こちとら寿命を計算してあれをやったんだ!
じじぃの性欲満たすために誰が命を削るかい!」
「・・・ま、そうじゃな」
静かにシュエトリフが微笑む。
時間はファリス9刻からピノム10刻へと変わろうとしている。
街は、世界は、今日も平和だ。
*
リーザの白い乳房に顔をうずめる。
何物にも変えがたい幸福が全身を支配する。
懐かしい香りがする。
その懐かしさを打ち消すように必死にリーザを支配する。
吐息がやや激しくなり、声が漏れる。
・・・もう一度胸に顔をうずめる。
―俺はどこへ行っても、ひとりぼっちだ―
「今日は早かったね」
脱がされた衣服を身に着けながらリーザがこちらを見て言う。
「そんなことないもん!ちゃんと普通だもん!」
「可愛く言ってもだめだから。私イってないんですけど」
「ちゃんと努力したもん!」
「はいはい」
そう言ってリーザが窓際の椅子に腰かける。
「ここ、禁煙?」
「お前神がそれではだめだろう」
「あんたこそ悪の帝王が早漏ではだめだよ」
「そここだわるのな」
煙草をリーザに渡す。
「ありがと」
「今何時?」
「ファリス2刻」
静かにリーザが言う。
リーザの真向かいに座って俺も煙草を吸う。
「こんなところメーメラたちに知られたらお前どうすんの?」
「2重人格だから仕方ないよ」
「すぐそこに逃げるのな」
静かに煙を吐き出す。
「オウガス13か。あと2日だな」
「本当にあれをやるの?」
「・・・やる」
「そうなるともうこんなことできないけど?」
「いいもん」
「なんでぷいっとするのよ」
リーザが笑う。
「なぁ・・・お前も俺と一緒にやらない?」
「やらない」
「即答だな」
「それは私が私という存在である以上絶対にやってはいけないことだし、
私が私でなくてもあんたの考え方には寄れない」
「冷たいね」
「すべてを支配してどうすんのっていうのはもう聞かないけど、
なんで支配の書解くのよ」
「全部変えたいから」
「あんた好みにね」
「そうだもん!」
「はいはい。でも、それ相応の覚悟はできてるわけ?」
「・・・・してるよ」
「ならいいけど」
「してるよ。俺が今回のことを行うまでここまで10年かかってる。
止めるとしてももう引き返せない」
「賽は投げられた?」
「そうだな。本当、そうだ。
俺は俺にできることをこれからも精一杯やっていくだけ。
それは俺が俺であるために。皆のために。あと・・・」
「あと?」
「なんだい!汲んでくれたっていいじゃないか!」
「なにを汲むのよ。・・・まぁわかるけど。
でも支配の書を解くのならもうこんなことはできない。
話もできない」
「囚われてる振りもあと少しだな。お前どうすんの?」
「また一人で暮らしていく。誰にも見つからない場所でこっそりね」
「今みたいにみんなでぎゃーぎゃーしてる方が楽しいって」
「それは私の立場が許さない。
今からあんたがやろうとしていることにも納得できないし」
「誰かに納得してもらうためにやってるんじゃないから」
「もうこの話は何万回もしてるからいいよ。ね、今日は楽しもう?」
「てへへぇ!じゃあ今度俺マッサージ屋さんのお客さんね!」
「おっけぇ!じゃあ私淫乱なマッサージのお姉さんね!」
「わぁいわぁい!」
ファリス3刻。
空中要塞。
最上階にある本がびっしりと敷き詰められた部屋にそれはある。
支配の書。
全ての、終わりと、
―始まり。




