導かれし者
「よく来たね、アレク」
そう声を掛けられた僕ははっと目を覚ます。
「え、え、?あなた誰ですか?」
「ははは。起き抜けにいきなりその質問とは。
核心をついているね、アレク」
そう言って紫のローブを羽織った白髪の長い髭をたくわえた
老人がアレクの手を握りしめる。
「よく、来てくれた」
「え、なにがですか?」
「ははは。そう言うのも無理はないな。
でも、ありがとう。
本当によく来てくれた。
これで世界に平和が訪れるよ」
「平和?」
なに言ってんだよこのじじぃ、そう思ったが
僕はそれを言うのをやめた。
ここは・・・どこだろう。
僕の部屋ではない。
置いてあるものは粗末なものばかりなのに、
それらを見ているとすごく心が落ち着く。
なんなんだよ。
昨日は母ちゃんの皿洗いをして、
ピップゥを風呂に入れてやって、
勉強をして寝た。
なのに僕は僕の部屋にいない。
ここはどこだ?
質素な作りの部屋だ。
元は白かったんだろう壁はススで汚れている。
木の机に椅子。
机の上には白い花瓶と白いコスモス。
テーブルにはコップが3つ置いてある。
誰かがここにいたんだろうか。
「アレク」
はっと気が付くと僕のベッドの脇にいた老人が
杖を持って魔法陣を空に描いている。
魔法陣が緑の光となって浮かび上がり、
強い閃光に僕は思わず目をつむる。
目を開けるとそこには1人の女の子がいた。
泣いている。
いや、泣いているというよりもう、叫び狂っていると
表現した方がいい。
「よく見なさい。アレク。これが今世界の中心で
起きていることなんだよ」
静かに僕の目を見て老人は言う。
「この子・・・誰なんですか?」
「名も無き君だよ、アレク」
「名も無き、君?」
「世界の根源であるといってもいい彼女の歌声が、
今消えようとしておるんじゃよ」
「?」
「ははは。急に言われてもわからないだろうが、
よく聞きなさい。
アレク、君はこの歌声を取り戻すために、
これから旅に出なくてはならない」
「旅?だって学校は・・・」
「そんなものどうだっていいんだ」
「どうだってよくねーだろ!」
「どうでもいいんだよ」
そう言って老人はアレクの額に自分の人差し指と中指を当て、
なにやら呪文を唱え始める。
自分の体が緑色の光に包まれ始める。
「ちょ、なんだよこれ、なんだよこれ、おいじじい!」
「じじいではない。シュエトリフと呼んでくれ、アレク」
「ちょ、ちょ、あはは。なんかくすぐったいんですけど!
シュエなんとかさん!なんなんだよこれ!」
「もうすぐで終わるからちょっと待ちなさい」
「待つってぎゃははははは!そこ!そこはだめだろ!
ぎゃはははははははは!」
「汝の望み、叶い賜え」
ふっと体の力が抜ける。
「・・・・なにしたんだよシューさん」
「シュエトリフじゃ」
「シュエトリフさん、なにしたんだよ」
「アレク。お前に今3つの力を授けた。
ひとつは知恵の女神。サーレクの力。
そして体力の神。ダリヤンの力。
最後に魔法の神。エリスの力」
シュエトリフが僕の目をまっすぐ見てそう言う。
「それぞれの力の説明はまた今度会った時にしよう。
おやすみ、アレク」
シュエトリフが僕のおでこにもう一度手を当てる。
眠い・・・すごく眠い・・・ねむ・・・
「落ちた?」
「ああ、眠ったよ」
「しっかしこんなくそがきとはね」
「あはは。あんたの半分もないよねこの子」
「ちゃんと伝わったのかしら」
「わかんない。いんじゃね?」
「よくないよ。リーザの神が大変なんだから、
もう、待ってられない」
「ま、まずは自己紹介ってことでいいんじゃないかな」
「そうだな」
「お前さんたちもそろそろ戻りなさい。
リーザの目が覚める」
「はーい」
外ではしんしんと雪が降っている。
勇者が目を覚ますまで、あと、7日。
*
「・・・て言ってたよなぁ?確かに言ってたよなぁ?」
「言ってた。確かに言ってた」
「全然目覚める気配ないんですけど、僕ちん」
「どうなってんだよじじぃ!」
「じ!お前までそんな口の利き方をするかミルキ!」
「勇者たん目覚めないんですけどぉ?なんかしたんじゃないの?」
「お、おかしいのぉ。ちゃんと3つの力、わし、授けたよね?」
「なんで聞くんだよ」
「お前が確認しろ」
「お!お前!ミルキ、お前わしにさからうと・・・」
「ったぁい!ひどい!魔法はなしだって!」
「ひどい口の利き方をする人にはするもんね」
「お前がかの3賢者の1人って嘘だろ・・・ったぁい!」
「ぴよぴよぴよぴよ!!」
「なんだよこれ!ちょ、この頭のひよこ取れよ!」
「いやじゃーい。悪いことしたからおしおきじゃーい」
「くそじじぃ!!」
「ぴよぴよぴよー!!」
「てめっ3匹になったじゃねぇか!ぐるぐる回すのやめろよ!」
「もうその辺にしなってミルキ」
前髪をぱっつりと切り揃えた眼鏡の少女が静かにミルキをたしなめる。
「今そんなこと言い争ってる場合でもないと思うんだけど、ほら」
そう言って眼鏡の少女、イェーリーがある画面を指さす。
「リーザ、もうこれ精神限界だよ」
静かにイェーリーが呟く。
「もうあのちびなしで行ってもいいんじゃね?」
半狼の男が画面を見ながらシュエトリフに向かって言う。
「いや、だめじゃ」
顔をしかめながらシュエトリフが言う。
「それ、前から聞こうと思ってたけど、なんでなんですか?」
背中に翼を持った少女が聞く。
「いい質問じゃなエレラよ」
静かに竜の口から流れる画面を見ながらシュエトリフが言う。
「リーザが捕らえられる前、わしに言ったんじゃよ。
あの子の力がいるとね」
「なんだよそれ、あーもううっせぇな!シュエトリフ!ごめん!
ひよこ取って!!!!」
「はいはい」
そう言ってシュエトリフが人差し指をくいっと曲げる。
ふっとひよこは3匹共跡形もなく消える。
「ありがとう。ごめんな」
「わかればいいんじゃ」
「はいはい、また喧嘩になりそうだからエレラが仕切るね。
いい?カイザー」
エレラが半狼であるカイザーに尋ねる。
「なんで俺の許可制なんだよ」
「あーもういい。喧嘩とかもういい」
イェーリーがこりごりだといった素振りをみせる。
「いつも脱線しちゃうんだから。うちらの悪いとこだよ」
「お前が言うな」
「あん?やんのかてめ」
「もういいって!」
イェーリーが眼鏡を外して皆を睨み付ける。
「リーザがなんて言ったって?」
しんとその場は静まりかえりシュエトリフがおどおどと話し始める。
「だから、リーザがゲノムに捕らえられる前に言ったんじゃ。
あの子の、アレクの力がいると」
「預言かな」
「リーザだから、そうだろうね」
「でもあのアレクってクソガキ、なんのスキルもねぇような
ただのガキだぞ?なんでリーザはそんな奴のこと・・・」
「何もないからいいんじゃないの?」
静かにエレラが答える。
「何色にも染まってない。
誰の指図も聞かない。
そんな子だから、選んだんじゃないのかな」
皆は何も言わない。
「・・・わかんないけど」
エレラが付け加える。
外ではセミンの鳴き声が静かに響く。
「・・・どうする?」
外していた眼鏡をかけ直してイェーリーが皆の方を向いてそう言う。
「どうって・・・勇者が自分で目覚めなきゃだめなんじゃないの?」
「そうなの?」
「いや、知らないけど、普通はそうでしょ」
「なんだよ普通って」
「え、ゲームとか」
「なんだよゲームって。お前ほんと、ふざけんなよ?
この世界のすべてが今あのちびにかかってる現状わかってる?」
「わかってるもん・・・」
そう言ってミルキは下を向いてしまう。
「シュエトリフ、なんとかならねぇか?もう俺たちは俺たちで
リーザを助けたいし、リーザはリーザで発狂しかけてるし、
ほんと、どうにかならねぇか?」
「・・・ならないこともないのじゃが」
「あるのかよ!」
「なんだよお前早く言えよ!」
「どうするの?ね、どうするの?」
「夢見を操るんじゃ」
「夢見?」
「寝ている間に呼びかけるんじゃ」
「それ毎日今までもやってたじゃん」
「浅い眠りの時にひたすら流すんじゃ」
「?なにを?」
「リーザの歌声をだよ」
「?そんなことしてなんになんの?」
「そうすることでアレクの中にあるサーレクとダリヤン。エリスが
なんとかしてくれるじゃろう」
「ああ、あの冬の日に無理矢理テレポで連れてきてねじこんだやつね」
「・・・そうじゃ。誰かが会いに行って「はい、お前今から勇者ね」
なんて言ってもあの子は聞きはせんよ。
正攻法でいくんじゃ」
「リーザはもつかな」
「リーザは大丈夫じゃ」
「大丈夫に見えないんですけど・・・」
そう言ってイェーリーは画面の中に映るリーザと呼ばれる少女に目をやる。
リーザはただ下を向き四つんばいになって号泣している。
ただし声は聞こえない。
「こんなに泣かせて、ほんとにどうしようって言うんだろ」
「ゲノムか・・・」
「あいつの考えてることはわかる。
リーザの力を使って全てを支配しようとしてる。それだけだろ」
「ありがちね」
「まぁな」
「とにかくアレクちゃんを起こすことが先決よ。異議ある人?」
再びイェーリーが眼鏡を外す。
みなは黙ったままイェーリーの瞳をただ見つめる。
「おっけ。なしね。じゃああとのことは任せたから」
「わ、わしがやるのか?」
「リーザの音源持ってるのあんただけじゃん」
「3賢者だから余裕だろ」
「ま、待って。わしも寝たり本読んだりしたい・・・」
「今の現状わかってそれ言ってる?」
イェーリーの瞳が青から赤に変わり出す。
「ま!まて。はいはいはい。イェーリーちゃん待って。
眼鏡かけようか。はい、かけて。
もうこの件に関してはシュエトリフの独壇場でいいからよ。
俺らシュエトリフに集められたんだから
好き勝手やってくれてかまわねぇよ」
「カイザー・・・」
シュエトリフが甘えたような顔でカイザーを見つめる。
「あ、だめだから。俺ガキ共の世話でそれどころじゃないし」
「イェーリー・・・」
「あーいいですいいです。そういうの。私研究に忙しいので」
「ミルキ・・・」
「おいら水属性の魔法しか使えないから無理だって」
「エレラ・・・」
「私ダイエットと美容のために夜中は無理」
「なんじゃいなんじゃい。いつもそういう時だけわしに頼りよって。
そうじゃそうじゃ、こんな老いぼれに世界なんて救えませんよーだ」
「すねてんじゃねぇよ」
「ほんと、どっちが子どもなんだかわかんないわね」
「待って。リーザが歌う・・・」
「どうせ音出ないだろ、これ」
「歌う時は別じゃ。久しぶりじゃな」
そう言ってシュエトリフは竜の喉元を優しくなでる。
空がこんな色をしているのは
君が色を塗ったおかげだね
空がこんなに綺麗なのは
君たちがいるからだよね
すべてのものに苦しみを?
すべてのものに悲しみを?
すべてのものに哀れみを?
そうやって人を傷つける
空がこんなに晴れた日は
君の隣にただいたい
空がこんなに泣いてても
君の隣に僕はいたい
イェーリーの目には涙がたまっている。
いや、カイザー以外全員の目にも。
「・・・久しぶりに聴いた。リーザの歌声」
「まだ洗脳されてないよ、大丈夫だよ」
「ほんとに久しぶり・・・」
「・・・泣いてはいるが元気なようじゃな」
「そうだな」
「あ、笑ってる」
「ほんとだ。ってかさ、これなんで歌声以外は無音になるわけ?」
そう言ってミルキが竜の頭をばしばし叩く。
「・・・ゲノムの力じゃよ」
「あの若造ね」
「お前よりは年上だろ」
「でも精神はただのガキだね」
「おっしゃる通りじゃ」
「リーザの力を手に入れて、皆を支配するなんて、
ほんとありきたりだしお前ゲームやりすぎじゃね?みたいな」
「お前のその話し方どうにかならんかの」
「ひ、ひよこはもういいっす!」
「わかっておるよ」
静かにため息をつきシュエトリフが椅子に座る。
「ゲノムは私たちに気が付いているの?」
「おらんじゃろうな。よくはわからんが」
「ゲノムだけじゃないでしょ。レコーにヘンシ、シューガル。
あの変みんな頭おかしいよほんと」
「まだ革命前夜だけどな」
「だけどゲノムが考えてるようなことが世界で起こったら
大変なことになる。なにもかも終わりよ」
「それは言えてる」
「どうしたらいい?ねぇ、アレクに呼びかけるって、
夢だけじゃだめなのかな?」
「どういうことじゃ?」
「人を使って、もちろんそれは私たちじゃなくて、
色んな人を使って、モフノンも飼ってるみたいだし、
そういうのも使ってなんとかならないかな」
「・・・やってみる価値はあるな」
「だがそれではリーザの意に反することになる」
「?どういうこと?」
「リーザはわしに言ったんじゃよ。
・・・・・。
口で言っても伝わらんな。
ほれ、これじゃ」
そう言ってシュエトリフは人差し指をくいっと上に向ける。
5人の目の前に大きな巻物が現れる。
「リーザの預言の書じゃよ」
「預言?」
汝全てをその声に放ちし時
全ての闇が光に変わるだろう
汝全てを失いし時
全ての闇に光が差し込むだろう
汝全てを賭けし時
光が汝を包み
やがて世界に平和が訪れる
「一部じゃがな。今はこれだけで十分じゃ」
そう言ってシュエトリフは人差し指をくいっと下にやる。
預言の書は消える。
「わしももっと若かったらのう。
お前さんたちと一緒に色々行けたんじゃが」
「70だもんね」
「老人乙」
「む!ひよこがええのか鶏がええのか選べ!」
「わわっ!嘘です!嘘ですシュエトリフさん!」
「わかればよいのじゃ」
「もうね、ほんとこのパーティーはこういうの多すぎだから」
やれやれとイェーリーは片手で頭を抱える。
「もっと知的に話せる勇者かと思ったのに。
あの子が入ったら、ほんと先が思いやられるよ」
「おっともうこんな時間だ」
「え、何時?」
「もうファリスの刻だよ」
「げ!お父様に叱られる!」
「エレラはお嬢だからな」
「見かけだけな」
「うっさい獣人!」
「あの家にただ生まれただけのくせに」
「上等だよ・・・」
「もういいって!早く私も帰りたい・・・
ね。シュエトリフ。あれお願い」
「はいはい。お疲れさん」
そう言ってシュエトリフは呪文を唱えイェーリーを
テレポーテーションさせる。
「お前さんたちは?」
「おいらカイザーと帰る方一緒だからいいー」
「私は、お願い」
「はいよ」
「じゃあね、みんな、また明日」
「はいはい」
「また明日」
*
「しっかしよーなんで俺らだけで無駄にレベル上げさせるのかね」
「知らないよんなもん」
ミルキが枝をぶんぶんと振り回しながらカイザーに答える。
「シュエトリフがそうしろって言うんだからそうしないと」
真面目にイェーリーが答える。
「ってもよー。無駄にこう街の側でだらだら歩いてると
しんどいって」
「ほんとお前は無駄口多いね」
「お前もなんだよ」
「おいらのは違うもんね。的確なつっこみと言ってもらいたい」
「だいたいおいらってなんなんだよ。誰だよ」
「おいらはおいらだよ。じゃあお前はなんで俺なんだよ」
「知らね」
「みんな自分のことばっか考えるのもいいけどね、ちょっとは
私のことも考えてよ」
頬を膨らませながらエレラがそう言う。
「私の翼暑い時はダメなんだって。これのせいで5キロ重いし、
早く痩せなきゃお父様に叱られちゃう」
「出たファザコン」
「エレラは別に太くないでしょ」
イェーリーが日傘の中からエレラの全身を上から下まで舐めるように見る。
「太いって!」
「何キロなんだよ」
「お前それ乙女に言う質問?死ねよ」
「死にませんーカイザーは死にませんー」
「おいら38キロだよ!」
「ほっそまじで?それ適当に言ってない?」
「それはないよミルキ。あんたの村体重計あるの?」
「え、だってコモンの書にそう出てるけど・・・」
「え、まじで?」
「ちょ、私も見たいんだけどそれ」
「コモン」
イェーリーとエレラが自分のピアスを触りそう唱える。
「ほいっと。いつも重いわねコモンは」
「ねーどこに書いてあるのよ?」
「写真のところタップしてみ?」
「・・・・げ!やだぁ57キロってこれ嘘だよ!」
「エレラは胸が大きいんだからそれくらいあるでしょ」
「翼の分って差し引いてあるのかなぁこれ」
恨めしげにコモンの書を見ながらエレラがそう言う。
「知らない」
「私の身長と体重はこの前自分で測ったのと同じだわ。
これ、合ってるよ」
「カイザーは見ないの?」
「自分の身長と体重なんかどうでもいい」
「そんだけ図体でかけりゃそうだね」
「ミルキ。お前ちょっとそこ座りなさい」
「やだよ暑いもん。ねー街いったん引き返さない?」
「開門」
「げ!いきなりかよ!お前ら早くコモンしまえ」
「なんでいきなりなのよいつもいつも」
「げ!なんでこんなところでゴールデンチックルに会うんだよ!」
「知らないよ。早く早く!」
「開戦」
「やだぁ弓矢まだ出してないよぉ」
「とりあえずお前その爪でなんとかしろミルキ」
「やだよ!ファイアーチックルならいいけどゴールデンは無理!」
「ね、逃げない?」
「脱兎拒否」
「げー!もうまじやだ。とりあえずちょっと先制とってよカイザー!」
「お前たまには自分で行け?」
「ゴールデンチックルだけに的絞りましょう」
「雑魚は逃げるだろうしね」
「コイン投与」
「きた!いけ!カイザー!」
カイザーがモンスターと自分達のちょうど中間地点上空から
投げられたコインを奪いに行く。
怖い!怖い怖い!
カイザーはチックルたちを見ないようにコインめがけて走る。
半狼で身長2メートルを超える彼にも怖い者がある。
それが猫。
チックルは猫とリスの混合種であるが、それでもカイザーは怖いのだ。
ブラウンチックルがこちらめがけて突進してくる。
やだ!怖い怖い怖い!
しかし先制のコインを取らなければこの戦況が不利になることは
目に見えている。
自分がこうしている間に他のメンバーは装備を調えているはずだ。
必死に走る。
息があがろうがどうだろうがこのコインだけは絶対にとる。
相手も同じ気持ちなのだろう。
こちらに向かって一直線に突進してくる。
取れない?
取れる?
こんな迷いがでた時はたいがい取れない。
でも諦めたくはない。
リーザのことを想う。
もう彼女をあのままにしてはおけない。
アレクのことを想う。
お前がもたもたしてっからこうして無駄に戦闘しなきゃなんねーんだよ!
妻を思う。子ども達を想う。
いい年して村を開けっ放しにしている自分が情けなくもなる。
「お前の宿命じゃよ」
長老の言葉を思い出す。
足がバカみたいに動かない。
でも動かす。
相手より絶対先にコインを取る。
村人の様子がおかしいことを思い出す。
シュエトリフはああは言っていたが、
ゲノムが動き出していることは間違いない。
これ以上誰も悲しませたくはない。
でも人は死ぬ。
でも諦めたくない。
諦めたくはない。
カイザーがコインめがけて飛び上がる。
チックルも同様飛び込んでくる。
2つがほぼ同時にコインに触る。
チックルが左腕に噛みついてくる。
その頭を右手で押しのけさらに高く飛ぶ。
「取った!」
後ろの方でミルキの声がする。
んとに。戦闘前のこれどうにかならんかね。
毎回毎回。
生き地獄かよ。
ふっとリーザの顔が頭に浮かぶ。
一番好きな、リーザの笑顔。
ったく。
俺がいないと始まらねぇからな。
仲間の元へ走って戻りながら、
カイザーはそんなことを思う。
*
「しかしこうもうまくいかないものかの」
シュエトリフがため息をつく。
「アレクにはもう力は宿したんじゃろ?」
頭の禿げ上がった小太りの老人がそう答える。
「わし・・・呪文間違えたかも」
「ふざけんじゃないよ!」
恰幅のいい老婆がシュエトリフをぎろりと睨み付ける。
「だから私はまだ早いと何回も言うたろうが!」
「だってリーザたんが泣くから・・・」
「リーザ・・・たん!?
お前・・・あの若い連中と絡むようになって言葉おかしくなったんじゃないかい?」
「メーメラ・・・お前の話し方も十分おかしいぞ」
「うるさいはげだね。ったく」
そう言ってメーメラは供された冷製パスタをがつがつと胃に流し込むように食べる。
「それ・・・お前さん飲んでないかい?」
「だから太るんじゃよ」
「・・・ったく。どいつもこいつもほんとにしょうがないね」
パスタに食らいつきながらメーメラは視線をシュエトリフの後方に移す。
「やっときたかい」
「え?なに?」
「すいませぇん!メーメラ様ぁ!すいませぇん!」
シュエトリフの背後から1匹の妖精が姿を現す。
「何時間待ったと思ってんだい!?」
メーメラがフォークの先で妖精を脅す。
「別に待っておらんじゃろうが。なぁ?ゴチン」
「まったくじゃ。気にせんでいいよ、ミルリ」
ゴチンがミルリに優しく微笑みかける。
「ここぉ、いいですかぁ?」
ミルリはそう言うとテーブルの中央のサラダの取りよけ皿に
ちょこんと腰を掛ける。
「こぉなったのはちょっとぉ、わけがありましてぇ」
「相変わらずのしゃべり方だね、ミルリ。
ちっとは頭よくしゃべれないのかい!?」
「メーメラ様・・・ミルリはこの話し方が一番好きなのですぅ」
「それにその格好。男を喜ばせるためにそんな格好をしているのかい?」
メーメラが呆れた顔でミルリの顔を覗き込む。
「そんなことありませんよぉ。これは私のしたい格好なんですぅ。
ほら、ショーパンがギリギリおしりに食い込んで可愛いでしょぉ?・・・ったぁぃ!」
ミルリがおでこを押さえる。
「お前ミルリに魔法はやめてやれよ」
「そうじゃそうじゃ。ミルリ、ちょっと立ち上がってもうちょっと
そのおっぱい見せてくれんかの?」
「えへへぇ。このTシャツも自分でリメイクしたんですぅ!
ちょっとびりびりした感じがエッチでしょぅ?」
「ほうほう。これはとてもいいおっぱいをしておる」
「えへへぇ。毎日ミルカム飲んでますからぁ!
それに毎日えへへぇ!
そういうことですからぁ!」
「なにがそういうことなのか教えてくれないかねぇ?ミルリ」
ゴチンとシュエトリフが鼻の下を伸ばしてミルリに話しかける。
「ストーン」
メーメラがそう唱える。
「ちょ!なにすんじゃ!石化の魔法をかけたな!おのれくそばばぁ!」
「黙れえろじじぃどもめ」
「ミルリなんとかしてくれんかの!」
「ミルリちゃーん!!」
「えへへぇ。これでやっと静かに話せますねぇ」
「そうだね、ミルリ、お前も普通におはなし」
「シュエトリフとゴチンこのままにしておきますかぁ?」
「そんなこと言わないでミルリちゃん!」
「ミルリちゃん哀れなじじぃどもを助けてくれ!そのおっ」
「はい、口も封じ込めた」
「やっぱりメーメラ様が一番格好いいですぅ」
「話し方!」
「あとその胸元はお隠し」
メーメラが人差し指をくいっと曲げてミルリに灰色のパーカーを着せる。
「わぁ!可愛いですぅ!あっと、可愛いです。ありがとございます。
メーメラ様」
「ようやく静かになったところでお前の話を聞こうか」
静かにメーメラがミルリの瞳を見つめてそう言う。
「・・・ゲノムが本格的に動き出しました」
「いつ」
「いつかどうかはまだ把握できてはおりません。
でも明らかにこちらの世界で不可解なことが起こり始めております」
「というと?」
静かに人差し指で火を点けバーバラが煙草を吸う。
「声が失われているのです」
「声?」
「最初はエルフの森を西にいったヒンヒスの村人が急に倒れまして」
「それで?」
「はやり病か集団ヒステリーの類だと医者は判断したのですが
どうも様子がおかしくて」
「どうおかしいんだい」
若干苛立ちを覚えながらメーメラはミルリに尋ねる。
「そこで倒れたのは49人。全員が女性です。
1週間高熱が続いた後熱は下がったのですが・・・」
「要点を絞っておはなし!」
メーメラが拳をどん、とテーブルに叩きつける。
周囲の人間が一斉にメーメラの方を向く。
「熱が下がった後49人全員声が出なくなってしまったのです」
やや怯えながらミルリは言う。そしてこう続ける。
「声が出なくなるだけなら・・・よくはありませんが
なんとかなります。その内耳も聞こえなくなってしまい
最後には目が・・・」
メーメラが静かに目を閉じる。
「ゲノムだね」
「長老は違うというんですが、私はそうだと思います」
「なんで違うんだい?」
「長老の持っている預言の書にはゲノムが動き出すのは
まだ3ヶ月も先だと書いてあるのです」
「預言なんてあてにはならないよ」
そう言ってメーメラは煙草を灰皿に忌々しげに押しつける。
「そんな事件がもう10の村で確認されてます」
「人数は」
「詳しくは把握してはいないのですが500は越えてると思います」
ミルリがまっすぐにメーメラの瞳を見つめる。
「期が熟したか」
メーメラがゴブレットの水をがぶがぶと飲み干す。
「ふぅ。こいつらに任せていても埒があかない。
私が勇者を起こすよ」
「どうなさるおつもりですか?」
「簡単さ。アレクのアキレス腱を狙う」
「・・・ショック療法ですね」
「もうこうしている間にもゲノムは動き続けている。
人1人の命とこの世界の全人類。
お前ならどっちをとる?」
「・・・・・・・」
「とにかく私はやるよ」
「お供します」
「結構。こういう事は1人でやる主義だからね」
「ではお気を付けて」
「お前も気をつけるんだよミルリ」
「ありがとうございます」
そう言うとミルリは儚げな鈴の音と共に飛び立ち
メーメラはその重い身体をよっこいしょと持ち上げ椅子から立ち上がる。
先ほどまでとはうって変わり外では激しい雨が降っている。
「今夜は星も見えないね」
そう呟くとメーメラはゆっくりとその姿をカラスに変え夜空に飛び立つ。
-時は、満ちた。




