第9話:料理ができるのは基本中の基本ですよ
「どういう意味? ぜんっぜん、この話のオチがわからないんだけど。」
キムは逆さまの姿勢でふわふわと宙を飛びながら進み、さっきの話の笑いどころをまったく掴めていない様子だった。
「え? いや……その、最初はすごく真面目っぽい流れなのに、最後に全然まともじゃない結論になる。そのギャップで笑わせるっていうかさ。」
つまらないとツッコむわけでもなく、本気で理解しようとしている彼女の顔を見ると、逆にこっちが少し気まずくなる。説明すればするほど自信がなくなっていく。
「へぇ〜、先輩って冗談言うの向いてないんだね。」
空気が冷えてしまっても、キムは気を遣って笑ってくれた。少し慰められた気がしたけど、よく考えたら彼女ってそもそも笑ってないときのほうが少ない気がする。
道中、たまに魔物が現れる。倒すのは大した手間じゃないが、積み重なるとやっぱり時間は食う。
一日でシロたちに追いつくのはもう無理だと判断した俺たちは、森の中で小さな空き地を作り、その場で野営することにした。明日の朝にまた出発だ。
「やった! つまり今日はもう仕事終わりってことだよね、だよね?」
「……まあ、そういうことになるな。」
「やったぁ! ついに先輩への愛を思いっきり語れる時間だ! まずは先輩の――」
両手で頬を押さえながらぺちゃくちゃ喋り続けるキムを完全に無視し、俺は異次元ポケットから食材を取り出して、今夜の献立を考える。
タイガの町を出る前に野菜や果物をかなり補充しておいて正解だった。干し魚や塩漬け肉も、まだ数日は持つ。
仕事終わりの料理時間ってやつは妙に魅力がある。たとえ安い食材ばかりでも、組み合わせ次第で思わず箸が進むような料理になるものだ。
「先輩! 晩ごはん、私に任せてくれない? 魔キノコスープ作りたいの!」
突然、キムが拳を握りしめて目の前に飛び込んできた。料理長に立候補する気満々だ。
「料理できるのか? でもこの材料じゃスープは無理だぞ。」
「大丈夫! さっき近くの木の下でいくつか見つけたの。私が火を起こすから、先輩取ってきて?」
「ダメだ……ガス様から、お前を絶対に視界の外に出すなって言われてる。」
「きゃっ! それって先輩の目にはいつも私が映ってるってこと!? キム、幸せ!」
完全に勘違いしたキムは、乾いた薪に米粒ほどの小さな火球を投げた。
しかし燃え上がった炎は、なぜか人の半分くらいの高さまで勢いよく広がる。慌てて止めると、彼女はそのやたらテンションの高い炎を、普通の焚き火の大きさまで押さえ込んだ。
「じゃあ……水と材料はここに置いておく。すぐ戻るから。
絶対に、絶対に、絶対に変なことするな。水を沸かすだけだ。わかったな?」
「了解! 先輩が私たちの幸せな巣に帰ってくるの、ちゃんと待ってる!」
キムは言うこと自体は聞くのだが、制御不能さは山に放した小学生男子を二ヶ月後に回収するレベルだ。とても安心して任せられない。
念のため追跡装置を彼女の身につけさせ、「いつでも確認するからな」と警告してから、ようやく俺はその場を離れた。
夜の森はずっと静かになる。
同僚の中には、ほんの少しの月明かりでも昼間と同じくらい見える連中がいるらしい。そんな話を聞くたび、俺はそういう血筋じゃなくてよかったと思う。夜勤を断る口実になるからな。
野営地から歩いて五分ほどで、魔キノコがいくつも見つかった。
人間にとっては猛毒だが、魔族にとってはかなり代表的な庶民の食べ物だ。
そう考えて、ふと気づく。人間社会に潜伏していた間、これを一度も食べていなかった。やっぱり一番うまい食べ方は、軽く炙ってから塩やタレを少し振りかけるやつだ。あれは本当に、たまらない味なんだ。
周りに誰もいないと気づいた瞬間、俺は心身が自然と緩んでいくのを感じた。
パーティーから蹴り出されたのは確かに大きな問題ではあるが、その代わり、この二日ほどは睡眠の質がずっと良くなり、体も少し軽くなった気がする。
健やかな体があってこそ強い心が生まれる。間諜には普通の人間より高い精神力が必要だと考えれば、俺に数日くらい特別休暇を多めに与えてくれても、決して過分ではないはずだろう?
帰り道、採ってきた魔キノコを抱えながら、俺はそんな短い妄想にふけっていた。
「先輩、お帰りなさい! 先に晩ごはんにします? それともお風呂? それとも……結婚?」
「三つともあり得ない。トラブルは起こしてないだろうな?」
「はい! ちゃんといい子にしてました! どこにも行ってません!」
冷水を浴びせられても、キムはまったく表情を曇らせない。嬉しそうに俺の採ってきた魔キノコを受け取り、いろいろな食材を次々と鍋に放り込んでいく。
そしてスープに向かって両手でハートを作り、呪文のようなものを唱えた。愛情を注ぎ込んでいるらしい……。
「できました! 先輩どうぞ、キム特製・愛妻魔キノコスープです!」
数分後、濃厚な香りが漂ってきた。手渡されたスープは見た目はとても普通で、家庭でよく出てくるような料理だった。
「ありがとう。料理、結構得意みたいだな。」
「立派な妻になるためには、料理ができるのは基本中の基本ですよ。」
キムは自分の分のスープをよそい、それから舌を出して、白状した。
「でも実は最初は、引きこもり生活が長すぎて、料理を覚えないとそのまま餓えちゃいそうだったんです。」
「それなら腕は信用できそうだな。」
思わず笑いながら、俺はスープを一口すすった。すると、その味に思わず目を見開く。
「このスープ……どうして……?」
「言ったじゃないですか、先輩の間諜報告を読んだって。」
キムは少し照れくさそうに笑い、スープの器で口元を隠した。
「先輩が勇者一行の好きな料理を記録してたので、何度か作ってみたんです。自分なりに少し改良もしてみました。先輩、どう思います?」
「……ああ……俺が作るのと……いや、俺のより美味いよ。すごいな。」
これは本心からの褒め言葉だった。高級な食材や凝った技法ではないが、調理にちゃんと手間をかけているのが伝わってくる。本当に美味しい。
「うんうんうん! 先輩に認めてもらえた! 嬉しいです! この勢いで先輩の家に入って、一生料理を作らせてもらえませんか?」
「また結婚の話をしたら、強制的に残業時間に入るぞ。」
俺は魔キノコスープを一気に飲み干し、キムの残念そうな甘え声を無視した。
「でも、ありがとう。よかったら、晩ごはんは交代で担当しよう。明日は俺の番だ。」
もう一杯スープをよそいながら、部下の働きに感謝する。
「はい! 先輩の愛情料理、楽しみにしてます!」
その後、寝るまでの間、キムは本当に一度も結婚の話を持ち出さなかった。
その代わり、もう数えきれないほど「好きです」と言われ続けた。
もしかして俺は、少し甘やかしすぎているのだろうか。




