第39話:キム、好きだ
「ご苦労様。何にせよ、ここまでの結果を引き出せたのは、これまでのソウルの努力あってこそだ。本当の目標まではまだ長い道のりがある。今後も会社と魔族のために尽力してもらう。報酬は減らさないから、引き続き頼む。」
業務報告をリム副社長に伝えた後、投影装置の向こうからいかにも定型的な返答が返ってきた。だが腕を組んだ彼女はわずかに鼻を上げ、結果を最初から予想していたかのように、少し得意げな様子を見せている。
「リム、シロから全部聞いたよ! こんなに遠回りしたのって、好きなのに言えなかったからでしょ? ほんとに可愛いよね~!」
「は? ち、違う! そんなわけない! 人類と平和に共存するのは最初から私の目標よ? でなきゃ、あの魔獣の縄張りに入り込んだバカを放っておけばよかったじゃない。どうしてわざわざ危険を冒して助けるのよ!」
キムにあっさり図星を突かれたリム副社長は顔を真っ赤にして激しく反論する。その反応自体が答えのようなものだとは、まるで自覚していないらしい。
「とにかく、すべてが順調に進めば、人類と魔族の間の障害は少しずつ小さくなって、最後には消えるはずです。それは全部、リム副社長の功績ですよ。」
「そ、そうよそうよ! もうどれだけ働いてると思ってるの。キムもソウルを見習って、上の人に迷惑をかけないようにしなさい、わかった?」
「えへへ、わかりました、副社長様! 魔王株式会社ばんざーい!」
キムは歯を見せていたずらっぽく笑いながら敬礼した。リム副社長は顔を赤くしたまま言い返せず、手を振って通信装置を切る。少し妙な言い方かもしれないが、本当に姉思いの妹だ。
◎
「先輩、もう何日も歩いてますよ? いったいどこに向かってるんですか?」
キムは両手を後ろに回し、翼を軽く羽ばたかせながら浮いて進む。周囲の景色から目的地を察しているはずなのに、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべてわざと尋ねてくる。
「着けばわかる。」
俺はあえて言わずに合わせる。すると彼女はまとわりつき、どうしても答えを聞きたいと騒ぎ出す。だが「当ててみろ」と子ども相手のような手を使うと、聞いたこともない妙な地名を次々に挙げては楽しそうに笑う。つかみどころのない性格だ。
初めてではないが、今回は自分の足でここまで来られたことが何よりだ。深く息を吸い込むと、清らかな空気が体の奥まで染み渡り、全身が洗われるような感覚に包まれる。
「ここはやっぱり綺麗だな。」
澄み切った青い湖畔を眺め、思わず声が漏れる。
「先輩もそう思います? 私もここが世界で一番綺麗な場所だと思います。」
「景色だけじゃない。」
俺は横目でキムを見る。彼女の視線は湖面のきらめきに向けられている。そっと手を握った。
「ここは思い出補正もあるからな。」
オリ湖。任務を終えた後、最初に来たいと思った場所だ。
数歩で翼を広げたくなるキムが、このときは俺の歩調に合わせ、湖畔をゆっくりと回る。頬を撫でる風を受けながら、気ままに話す。
「それでね、その頃はママ、パパが買ってくるケーキを毎回我慢してたんですよ。ほんとに面白いですよね。」
「魔王様を倒した原因が、まさかただの虫歯だなんてな……」
俺のつぶやきにキムは声を上げて笑う。その笑顔を見つめるうち、視界に入る木立や足元の砂の感触が、あの月夜を思い出させた。
「キム……」
「はい? どうしました、先輩?」
「迷宮で、ちゃんと褒めるって約束しただろ。でも君のほうが忘れてた。」
俺は小さく笑い、足を止めてキムの両手を握る。
「キムがいてくれたから、任務は無事に終わった。ありがとう。本当によくやった。だから、俺に褒められるだけじゃなくて、自分でもちゃんと誇っていいんだぞ。」
「え? 先輩、どうして急にそんなに改まってるんですか?さっきまで普通におしゃべりしてたのに?」
キムは少しはにかみながら、体をわずかによじって照れくさそうに言った。
「大事なことだからな。キムはここで、俺に誇れる立派な社会人になりたいって言っただろ。今ならはっきりと言える。君の働きは、俺の誇りだ。」
「先輩、そういう甘い言葉、仕事にまで使わなくていいですよ。」
「新人がいつ一人前になるかなんて明確な決まりはない。でもキムはもう、もう一人でやっていけるって、ちゃんと証明してみせた。」
「先輩……それってどういう意味ですか?」
キムはようやく様子の違いに気づき、照れた表情を引っ込めて瞬きをしながら尋ねた。
「今回のスパイ任務が終われば、また別の仕事がある。仕事内容も担当者も、その都度変わるかもしれない。」
俺は静かに説明する。キムの手がわずかに震えたのを感じ、少し強く握り直した。
「やだ……先輩と一緒に働けないなんて、私……」
「スパイにとって一番大事なものは何だ?キム。」
「知らないです。言いたくないです。」
「同じ会社にいるんだ。ずっと離れ離れになるわけじゃない。」
「そんなの関係ないです! リムに頼んで同じ配属にしてもらいます!あーあー聞こえない聞こえない、先輩が何言っても聞こえません!」
そんな権限振り回すわがままっぷりに、俺は思わず吹き出す。子どもをなだめるように何度も宥め、ようやく続きを聞いてもらえた。
「褒めるだけじゃない。もう一つ、渡したいものがある。これ以上とぼけるなら、本当に捨てるぞ。」
「え、先輩ずるいです! 欲しいです、言ってください。」
キムは俺の手を振りほどき、頬を膨らませて胸を何度か叩いた。
「これは俺が初めてキムに渡したものだ。価値もなくて、精巧でもなくて、特別でもない。それでも今まで大事にしてくれて、ありがとう。」
俺はキムの首元に下がるネックレスを見る。初めて会ったとき、偽装用の道具として渡した場面を思い出す。
「先輩がくれたものだから、宝物に決まってます。」
彼女はにこにことネックレスを包み込む。さっきまでの拗ねた様子は消え、いつもの無邪気なキムに戻っていた。
「約束したことがいくつもある。キムのことをもっと知ることも、将来を一緒に考えることも。」
俺は一歩下がり、襟を整え、呼吸を整える。
「ネックレスを渡したとき、あの時、もう一つ欲しいって言っただろ。覚えてるか?」
「先輩……!?」
キムは目を見開く。何を言うか察しているはずだ。
「頑張って用意した。受け取ってくれ。」
俺は片膝をつき、異次元ポケットから指輪を取り出す。太陽と湖面の光を受けて輝く。
「キム、好きだ。俺と結婚してくれ。」
「先輩……」
キムは唇をきゅっと閉じる。涙がこぼれ、頬を染めながら震える左手を差し出し、指輪を受け取った。
「これからよろしくな、キム。」
涙ぐむ彼女を見て、俺も目頭が熱くなる。何か言おうとしたが、言葉は追いつかなかった。
「はい、私も先輩のことが大好き、大大大好きです。」
翼と同時に腕を回し、首に抱きつく。ゆっくりと距離が縮まり、唇が重なる。その瞬間、熱が伝わり、まるで触れたところから電流が走るような感覚に、意識がふわりと遠のいていく。
任務は終わった。もう忍耐する必要はない。俺はキムを強く抱きしめ、これまで抑えてきた想いを伝えるように、長い間そのままでいた。
好きだって素直に伝えることが、こんなにも簡単で、こんなにも幸せなことだなんて思わなかった。




