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第38話:もう少し時間が必要だ

 皆が信じられないといった視線を向ける中、シロは自分がこの世界に転移したばかりの頃の出来事を俺たちに語った。彼らが知り合ったきっかけは、特別な展開があったわけじゃない。ただ彼が途方に暮れて魔獣の巣に迷い込み、ちょうど通りかかったリムに助けられ、逃がしてもらっただけだ。


 シロが異世界人だったからこそ、魔族に対して先入観で嫌うことはなかった。何度か話したり、交流を重ねるうちに、彼らの関係は時間とともに深まっていった。


「最後に会った時、俺はリムに魔族は本当に敵なのかって聞いた。彼女はすぐには答えず、逆に俺の考えを尋ねてきた。」


 シロは空の椀を見つめ、視線をここよりもさらに遠いどこかへ漂わせながら続けた。


「俺は、リムがいるからそうは思わないって答えた。彼女はそれを聞いて少し間を置き、みんなが俺みたいに馬鹿だったらいいのにって笑った。でもあの日を最後に、俺はもう彼女に会っていない。」


 リムと永遠に別れた記憶は、シロに喪失感と戸惑いを抱かせ、自分が何か言い間違えたせいで彼女が自分と関わらなくなったのだと思い込ませていた。


 しかし彼は知らない。その一言こそがすべての始まりだったのかもしれないということを。それはリム副社長が積極的にスパイ計画を推し進める原動力だった。


「リムは魔王株式会社の副社長で、同時に魔王の娘だ。俺のスパイ任務は彼女に命じられたものだ。」


 俺は小さく付け加えた。今日は一度にあまりにも大きな話を聞かされたせいか、皆の反応は予想より大きくはなく、わずかに目を見開いて沈黙するだけだった。


「しかもリムは私の可愛い妹なんだよ! これで魔族が本気で人間と仲良くしようとしてるって証明できるでしょ?」


 キムはまばたきをしながら誇らしげに言った。その口調は、リム副社長のビジョンをまるで自分が提案した企画のように語っていて、思わず苦笑してしまう。


「じゃあこの計画全部、リムとシロがきっかけってことか?」


 ジェシーの感嘆は大げさで、しばらくはこんな偶然があることを信じられない様子だった。


「リム副社長はシロの中に、人間と魔族が平和に共存できる可能性を見たんだと思う。だから今こうして、ちゃんと座って未来を話し合えているんだろう。魔族が踏み出したい最初の一歩は、君たちと親しくなることから始めたいんだ。」


 シロとリム副社長の過去を聞いたことで、多くのことに説明がついた。スパイ任務の起源も、彼女が無意識に見せたあの悔しげな表情も、そして「障害がなければ幸せなんだろうな」というあの一言も。


 待てよ……あの時のリム副社長の反応、ただ寂しそうだっただけじゃなかったのか? 俺は顎に手を当ててシロを観察し、頭の中の断片を一つずつつなぎ合わせ、少しばかりとんでもない仮説にたどり着いた。


「メイス、そっちは進展あったか?」


 声は平静を装っていたが、眉を動かして合図を送れば、彼女には意味が伝わる。それでいて鈍いシロには気づかれない。


「え? な……何? どうして急に? わ、私は……うぅ……」耳まで真っ赤にしたメイスは、体を小さく縮め、手にした杖をぎゅっと握りしめる。


「好きならちゃんと大きな声で言わなきゃだよ! ねえ、だーい好きな先輩?」


「話が逸れてる……今は人間と魔族の話でしょ。」


「おい、わざと追い出されたんじゃないのか? 魔王の娘といちゃつくために……?」


 ジェシーは俺の白い目をどう受け取ったのか、なぜか俺がこの状況を楽しんでいると勘違いし、思わずきっぱりと抗議する羽目になった。


「ジェシー、嫉妬してるんだろ?友達に先に彼女ができるのが気に入らないってやつだ。」


「変なこと言うな。お前こそ、早く気づけよ。」


「あああ、だめ! わ、私は自分で何とかするから……!」


「どういう意味だ?メイス、困ってるなら言えばいいだろ?」


「元凶が自覚ないのが一番やばいんだよ、シロ。」


「ソウルもそう言うのか? キム? どういうことだ?」


 数秒の沈黙のあと、誰がきっかけともなく、俺たちは一斉に笑い出した。さっきまでの重い話題は一瞬でどこかへ消え、まるで数か月前に戻ったみたいに、旅の途中で適当に雑談して、好き勝手に話題を差し込んで笑い合う。何もかもがこんなにも単純で、何の心配もいらないかのようだった。


「悪い、もう少し時間が必要だ。」


 談笑の最中、ずっと腕を組み、淡々とした表情を崩さなかったハンクが、楽しげな空気を断ち切った。彼はそっと木の椀を俺の手に戻し、立ち上がって俺を見下ろす。その目には深い無念が浮かんでいた。


「何があっても、ソウルのことは友達だと思っている。」


 ゆっくりと皆を見渡し、長く息を吐いて沈んだ声で続ける。


「だが、今すぐ憎しみを手放すことは自分で自分を納得させられない。今のこの場にいると、どうしても落ち着かない。俺も含めて、誰も魔王を討つつもりがないのなら、このパーティーは、もう解散でいいだろう。しばらくタイガの町に戻って暮らし、気持ちを整理したい。水を差すようなことを言ってすまない。俺は先に行く。いずれまた会おう。」


「ハンク!」


 すぐに立ち上がったシロがハンクの手を掴み、他の皆も続いて立ち上がる。あまりに唐突な決断を受け入れられなかった。


「ソウル、お前をパーティーから外すとき、俺が何と言ったか覚えているか?」


 ハンクはかすかに笑った。その豪放な笑みに、初めてわずかな陰りが混じる。


「お前を嫌っているわけじゃない。ただ俺たちにも限界があるんだ。この決断は、みんなにとって少しはいいはずだ。心配するな、少し時間をくれ。いつでも町に来ればいい。今は一人にしてくれないか。」


 記憶の中のハンクらしくないほど冷静な言葉に、俺たちはただ簡単に別れを告げ、胸に広がる波を押し殺しながら、その大きな背中が遠ざかるのを見送った。


 ハンクが去ったのを合図に、すべてが明らかになった今、俺たちはそれぞれの仕事が終わりを迎えたことを同時に感じ取っていた。気まずさが広がらないよう、俺は苦笑いしながら、皆にこれからの予定を尋ねた。


「俺は一度家に帰るよ。昔みたいに、家の近くの森で狩りでもして、鹿の角やクマの皮を売って暮らすさ。」


 ジェシーは肩をすくめた。そのさばさばした態度は、明らかに強がりだった。


「急にそう言われても、まだ考えてないよ。」


「じゃあさ、うちの会社に来ない?そうすればリムにも会えるよ!」


「え? いいのか?」


「シロが気にしないなら……あ、いやいや、メイスは別に考えがあるんだよね?」


「え? わ、私……あ、ああそうだ、マイクを連れてどこか町に落ち着こうと思ってるの。シロ……い、一緒に来てくれる?」


「もちろん! 君が気に入る場所を探して住もう、マイク。」


 シロはあっさりとメイスの申し出を受け入れ、そっとマイクの頭に手を置いた。その姿は頼もしい兄のようだった。


 俺の余計な一言はリム副社長に少し申し訳ないが、シロはいずれキムの提案も受け入れ、会社を見に来るはずだ。公平に競う機会は与えるべきだろう。


「これを渡しておく。一人三つだ。何かあって俺に連絡したいときは、これを握り潰せばいい。ただし通話できる時間は長くないから、気をつけてくれ。」


 俺は臨時通話用の小石と、会社の場所を記した地図を手渡し、後日必ず会社に遊びに来るよう約束した。


「ん? ソウル、三つ多いよ? 返したほうがいい?」


 メイスは三つの石を手のひらに載せ、不思議そうに首を傾げた。


「ハンクの分を忘れるな。彼にも渡してくれ。」


 俺は軽く笑いながら言った。意図を察したシロも声を上げて笑い、俺と握手を交わして別れを告げる。その目にはうっすらと涙が滲んでいた。


 シロ、ジェシー、メイス、マイクを見送った後、スパイ任務はここで終了だ。これまでにない重圧がようやく下ろされ、俺はそのまま地面に仰向けに寝転がった。枝葉の隙間から覗く青空を見上げながら、そのまま眠気に飲み込まれそうになる。


 この一食をきっかけに世界が変わるかどうか、正直まったく確信はない。だが今は、それよりもシロたちに自分の正体を明かした解放感のほうがのほうが強く残っていた。思っていた以上に、胸が軽い。種族という大きすぎる問題は、とうに俺の想像の範囲を超えているのだから。


「よかったですね、先輩。」


 俺のそばにしゃがみこんでいたキムが顔を近づけ、にこにこと言う。桃色の長い髪が俺の鼻先に垂れ、思わずくしゃみが出た。


「ガス様に報告を入れよう。それからリム副社長にも連絡だ。仕事は無事に達成して、シロは和平計画に協力してくれる、と伝えればいい。きっと喜ぶだろう。」


「任務が終わったなら、先輩はこれから何をするんですか?」


 キムは姿勢を正し、頬に手を当てて目をくるくるさせながら尋ねた。


「もちろん仕事を続けるさ。大きな案件が一つ終わっただけだ。社畜生活はあと四十年は続くからな。」


 俺も体を起こし、観念したような苦笑を浮かべて答える。


「え? 少しくらい休んでもいいじゃないですか。仕事なんて大嫌い。」


「だが、その前に……」


 重い体を立ち上がらせるのは思った以上に骨が折れた。服についた土を払ってから、そのままキムの手を引いて立たせ、軽い調子で声をかける。


「行きたい場所がある。一緒に来るか?」


 キムに疑問形を使うのが無意味なのは、考えるまでもない。琥珀色の瞳が一瞬で期待に満ち、俺にぴたりと寄り添って声を弾ませた。


「もちろんですっ!」

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