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第34話:だめだよ、油断しちゃ

 迷宮の中は照明こそ十分だが、数日間日光を浴びていないことで、時間の感覚はすっかり失われていた。ここに閉じ込められてどれほど経ったのかも分からない。勇者一行は背負い袋に残るわずかな食料と水を見つめ、互いに顔を見合わせる。何か励ましの言葉を口にしようとしても、胸の奥から込み上げる失意に押し潰され、声が出ない。


「そろそろ決めるべきだ。ここに留まっていても待つのは死だけだ。メイス、休めたか?」


 壁にもたれていた大柄なハンクが立ち上がり、重装備を整えながら、時間はないと、視線でシロに訴える。


「うん……」


 突然名を呼ばれたメイスはおずおずと杖を抱きしめ、シロを振り返る。だが彼は通路の奥の黒い影を見つめたまま、何の反応も示さない。表情から感情は読み取れなかった。メイスはそっとシロの肩に触れ、注意を引き戻す。


「もし……もし本当に無理なら、俺がやる。」


 皆が同じことを考えながら口に出せずにいると察したジェシーは、足を引きずるようにシロとメイスのそばへ歩み寄る。そして二人の近くに横たわり、目を閉じ、顔色も悪く、衰弱しきっている少年を指さし、そう宣言した。


「きっと方法はある。心配はいらない。」


 シロは少年の額に手を当て、膝に手をついて素早く立ち上がると、腰の剣を抜き、声を張り上げて皆を鼓舞した。


「あいつを倒せば問題ない!」


 シロ以外、誰も彼の指先がわずかに震えていることに気づかなかった。剣先の先にある視線は、闇の中に立つ騎士を正確に捉える。シロが一歩踏み出すと同時に、騎士も剣を抜き、勇者一行へ向き直った。死の恐怖が彼らを覆い尽くした。


 なぜこんなことになったのか……。シロは構えを取り、強敵を前にして、自分の何がこの結果を招いたのかと悔やんだ。


 ◎


 次の目的地へ向かう道中、いくつもの森を越えてきた。異世界に渡ったシロでさえ、鳥の鳴き声を聞くだけでどの鳥か分かるほどになっていた。


 村から町へと続く道のりは退屈で長い。だが人生経験豊富なハンクの話は尽きることがない。以前に聞いた話もあったが、結末だけが微妙に違い、どこから作り話なのか分からないとジェシーとメイスに交互に突っ込まれていた。


 突然、不自然な魔力が幾重もの木々を抜け、メイスの神経を刺激した。まるで感電したかのように、彼女は背筋を伸ばす。


「向こう……なんだか変なものがある。」


 眉をひそめ、杖で右前方を指し示しながら、感じ取った異変を仲間に伝える。それが気のせいだとは思わないが、深入りは勧めなかった。


 だが、遠回りしてでも冒険を選ぶ票が勝った。白とハンクはハイタッチして喜びながら、メイスに心配するなと笑いかけ、ジェシーの弓の腕を持ち上げる。中立票だったジェシーは肩をすくめ、メイスを説得する側に回った。


 迷宮の入口を見つけた四人の士気は自然と高まる。異様な魔力がここから発せられていることも忘れていた。道中で立ちはだかった大蜘蛛や幽霊などの下級魔物は容易く倒され、唯一手間取ったのは結晶で構成されたガーゴイルだけだった。ジェシーの矢は効かなかったが、メイスの強力な魔法の一撃の前では無力だった。


「普通のワインこそ最高の楽しみだ!」


「せっかくだ、この季節に出回る麦酒を飲むべきだろ!」


 巨大な蝙蝠を倒したことで気分を良くしたジェシーは、迷宮最深部の宝を想像しながら、ハンクと手に入れた財宝でどんな酒を買うか言い合う。


「だ、だめだよ、油断しちゃ。」


 地面に転がる凶悪な魔物の死骸を見て、メイスは慌てて警戒を促す。あの魔力がどこから来ているのか、どんな危険が潜んでいるのか分からないのだから。


「今のところ、何も感じないのか?」


 先頭を進むシロが気楽に尋ねる。最も危険を気にしていない様子だった。


「うん。でも、それも変なの。少しでも反応があるならまだしも、今はまったく魔力を感じない……」


 やや調子に乗っていたハンクは、話を聞くや否や豪快に盾を振り、顎を上げて宣言する。どんな危険でも自分が受け止める、心配はいらないと。多少調子に乗ってはいるが、それでも頼もしかった。


 歩き続け、分かれ道に出るたびじゃんけんで進む方向を決めていた一行は、やがて通路を十分近く進んだところで、前方からかすかな物音を聞き取った。即座に戦闘態勢を取り、慎重に歩みを進める。


「たぶんこの先……あの奇妙な魔力の発生源がある。」


 念のため、メイスは光の魔法を二つに分けた。一つは自分たちの周囲を照らし、もう一つは前方へと伸ばして未知の空間を先に照らす。そして光が通路の奥の広間に差し込んだ瞬間、反響していた微かな音はぴたりと止んだ。


 大盾を構えたハンクは手振りで合図し、重い鎧に身を包んだまま勇気を振り絞って一歩前に出る。死のような静寂に耐え、息を詰めながら、一歩ずつ前へ進んでいく。


 全身の神経は張り詰めた弦のように緊張し、こめかみに浮かんだ汗がゆっくりと伝う。ハンクの後ろに立つシロの耳には心臓の鼓動だけが響き、無意識に唾を飲み込み、剣の柄を強く握り直して、いつでも応戦できるよう備えた。


 その瞬間、角から光の中へ飛び込んできた一匹の大蜘蛛が均衡を破る。前脚を振り上げて素早く一行へ迫り、全員の冷静さを一瞬で吹き飛ばした。同時に、長剣、矢、巨斧、魔力砲が次々と大蜘蛛へ放たれる。瞬きする間もなく、大蜘蛛は灰すら残さず消えた。


 荒い息をつく一同は警戒を解かない。だが体勢を立て直す間もなく、闇の中から号泣が響いた。驚いたメイスは肩をすくめ、半拍遅れて光を向ける。そこには武器も持たぬ少年が、恐怖に満ちた顔で涙を浮かべ、地面にうずくまって震えていた。


 細い手足と砂にまみれた髪から、少年がここにしばらく閉じ込められていたことがうかがえる。その途方に暮れた様子は胸を締めつけるものだった。同時に、メイスとジェシーの胸に疑念も浮かぶ。状態を確かめたいが、軽率に動くこともできない。


「大丈夫か! 俺は……」


「待て! 魔族の変身かもしれない! 気をつけろ。」


 ジェシーはすぐさま飛び出しかけたシロを引き止め、心を鬼にして弓を構え、少年に向ける。身分やここにいる理由を問いかけた。


「……」


 だが少年の泣き声は途切れ途切れで、何を言っているのか聞き取れない。


「……もう一度聞く。どうしてここにいる?」


「来ないで!」


 少年は顔を上げて叫び、絶望をあらわにする。だが本当に一行を驚かせたのは、その叫びとともに噴き出した強烈な魔力だった。先ほどメイスが感知したものと完全に一致するそれは、瞬時に勇者たちの理性を呑み込み、全身に悪寒が走る。


 耳をつんざく轟音が脳裏で鳴り響き、頭を押さえたシロは剣を握ることすらままならない。歯を食いしばり、視線を少年に向けたまま、かすれた声で必死に落ち着かせようとする。


「何か来る!」


 数秒後、迷宮全体が少年の慟哭に呼応するかのように微かに震える。魔力波を防ぐ魔法を展開していたメイスは、荒れ狂う大波のような魔力がこちらへ押し寄せてくるのを感じ取り、急いで警告を発すると同時に、部屋の出口へ魔力砲を放った。


 砲撃の光に照らされた先に現れたのは、数えきれぬほどの大蜘蛛が牙をむき、こちらへ襲いかかってくる光景が広がっていた。

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