第30話:恋に悩む人なのね
ステイシー部長に引きずられてお菓子パーティーへ戻されたあと、俺は久しぶりに会う同僚たちといくつか言葉を交わした。この一年で人事に大きな変動はなかったが、可笑しいのは、別の会社に潜伏していたもう一人のスパイ、マリーさんがあまりに有能だったため相手側に幹部へと引き上げられ、その流れで魔王株式会社がその会社を買収してしまったことだ。彼女一人で信じられないほどの利益をもたらしたのだから、今年のボーナスがどれほど厚いかは想像に難くない。本当に羨ましいものだ。
隅の席でチャックと牛乳を飲みながら雑談しているうちに、あっという間に俺の退勤時間になった。そもそもチャックは勤務時間中ですらサボって居眠りしているのだから、どれだけ嘆こうと無償で残業に付き合う気はない。
「先輩! 退勤時間ですよ、何か予定ありますか?」
突然後ろから飛び出してきたキムが、手を高く挙げてにこにこと尋ねてくる。横でチャックが不満げに舌打ちする音がかすかに聞こえ、空に向かって手を振り、早く行けと合図してきた。どうやらキムの様子を見て何か誤解したらしい……。
「特に大事な用はない。明日の朝一で出発だし、夕飯を早めに済ませたら寝るつもりだ。」
「えー? せっかく戻ってきたのに、夜遊びしないんですか?」
頬に指を当てて瞬きを繰り返し甘えてくるキムに、書類仕事に追われていたチャックの苛立ちはさらに増し、立ち上がって俺たちをオフィスの外へ追い出した。
会社の正門を出たあと、俺はキムと明日の集合時間と場所を確認し、彼女の誘いを断った。
「うぅ……いつかは世界中に私たちの関係を知らせるんですから、先輩は照れ屋すぎますよ。」
不満げに頬を膨らませ、夕焼けに染まった雲へ向かってため息を吐いたあと、彼女は翼をはためかせて宙へ舞い上がり、笑顔で言った。
「まあいいです。私も久しぶりに家に帰ります。先輩、また明日。寂しくなったらいつでも通信装置で連絡してくださいね……あ、寝る前に一回は私のこと思い出してくださいよ! 約束ですからね。」
キムが去って間もなく、通信装置に何通かメッセージが届いた。そのうち四通は彼女の甘い言葉だ……。ここで一時的にブロックでもすれば、きっとそのまま飛んで戻ってきて俺を困らせるだろう。適当にいくつか返してごまかすのがいいか。
どう返すか迷っていると、今度はガス様から直接着信が入った。驚いて装置を落としそうになり、慌てて襟元を整えて通話ボタンを押す。
「ガス様、お疲れ様です。ソウルです。ご用件でしょうか?」
反射的に背筋を伸ばして問いかける。すでに退勤後だが、仕事の癖は抜けない。
「緊張するな。ただ一緒に飯でもと思ってな、ついでに少し話もあるだけだ。キムはいないのか?」
ガス様は手を振りながら気楽に言う。魔族四天王の肩書きを外せば、どこにでもいるおじさんにしか見えない。だが「少し話もある」という後半の一言が妙に引っかかり、落ち着けなかった。
「はい、ちょうど家に戻りました。では、時間と場所は?」
「一時間後、ビルゥ居酒屋で。腹が減っていたら先に何か頼んでいても構わん。以上だ。魔王株式会社万歳。」
簡潔な指示を出すのがガス様の流儀だ。時間と場所を一方的に決めると、こちらの返事を待たずに通話を切る。
招待ではなく通知。退勤後も上司に呼び出されることには慣れているから不満はない。それにおそらくガス様が勘定を持ってくれるだろう。そう考えればむしろ得だ。
徐々にスノーマ山の稜線へ沈んでいく夕陽を見上げ、無意識にため息をつく。さっきの理屈で自分を納得させ、余計な心配は後回しにして、とりあえず、あとで何の串焼きを頼むか考えるか。
◎
「すみません、倉庫のほうで急な対応が入ってしまいました。少し遅れますので、先に少し何か食べて待っていてください。」
予定より十分早く居酒屋に到着した俺は、ガス様からのメッセージを受け取って思わず肩を落とした。一方では四天王の煩雑な業務量に同情しつつ、もうしばらく待つことになることに対しても無奈さを覚える。
先に注文して構わないとは言われているものの、どうしても気が引けてその通りにはできなかった。入店してからはとりあえずお茶だけ頼み、壁のメニューをぼんやり眺めながら、時折楽しげに談笑している客たちへ視線を向けて時間を潰していた。
「こんにちは。まだ何を食べるか決めているところですか? ここの焼き豆はなかなかですよ。看板のスパークリング酒も試してみるといいです。」
ぼんやりしていると、見知らぬ子どもが突然目の前に座り、こちらの戸惑いを無視して店員に注文し、さらには勝手に大ジョッキのスパークリング酒まで頼んでしまった。
「えっと……あなたは?」
灰青色の姫カットの少女に戸惑いながら問いかける。同時に相手を観察すると、両頬には左右対称に青い鱗が生えており、そのせいで輪郭がいくらか小さく見え、かなり幼い印象を与えていた。
「私はリム。」
少女は腕を組み、高い童声で堂々と名乗る。突然話しかけてきたことを不自然だとは思っていない様子だ。
「うん、それ以外は? どうしてこの席に来て、勝手に注文までしているんですか?」
「え? もしかしてお酒飲まないの?」
リムは小首を傾げ、終始要点を理解していないまま、個人の空間に踏み込むことを当然のように受け止め、肩をすくめて「じゃあ自分で飲むけど」とでも言いたげな態度を見せた。
「いえ……すみません、今ちょうど人を待っていまして。この席はまだ空いていないんです。ご両親は?」
まともに会話できる相手ではなさそうだと感じ、数秒黙ってから言葉を選び、丁寧に立ち去るよう促した。
「ねえ……私を子ども扱いしてない? こう見えても成人よ。それに、あなたが待っている人はまだ来ていないんでしょう? 少し一緒に食べて愚痴を言うくらい、別にいいじゃない。」
吊り上がった目が鋭く光り、表情が一瞬で沈む。運ばれてきたスパークリング酒を一気に飲み、続けて焼き串を俺の手に押しつけ、無理やり付き合わせる。
「でも……」
「そんなに細かいこと言わないで。型にはまった人は嫌いなの。ほら、食べて。」
妙な人物に絡まれてしまった……。仕方なくリムから串を受け取り、少し高慢な得意顔を眺めながら、少しわがままをさせておき、あとでガス様に詫びようと決めた。
「仕事で何か不満とか、我慢できないことはある?」
リムは牙を見せ、串から肉を引きはがし、スパークリング酒を一口。豪快な食べ方なのに、どこか品がある。
「愚痴を言いたいのはリムさんのほうでは? どうして先に俺に聞くんですか?」
「私のことはちょっと話しにくいの。それに、追い込まれないと口に出せない性格だから。だからあなたが話したら、同じ質問を私にもして。」
ここまで理屈っぽく自分の性格を説明する人間は初めてで、思わず口元が引きつる。リムの不満げな視線が飛んできた。
「俺の仕事はほとんど機密事項で、外部の人にはあまり話せません。不満は……まあ色々ありますが、どれも取るに足らないことばかりです。強いて言えば、最近新人の面倒を見るようになって、仕事と自分の両立が難しくなってきたくらいです。」
「へえ? 面白そうね。どんな新人?」
「会社の上層部のご令嬢です。常識が少し足りなくて、指導は大変です。でも学ぶ意欲は高いし、頭もそれなりに回る。それに素直で、関係自体は悪くありません。ただ、時間が経つにつれて、少しずつ彼女に影響されている自分に気づいて……以前のように仕事に集中できなくなってきました。」
「ふーん。じゃあ、その新人のせいってこと?」
「まさか。完全に俺自身の問題です。」
首を横に振ると、リムの細長い瞳が好奇心で満ちているのに気づき、言葉に詰まる。
「曖昧すぎて、全然わからないわ。」
「簡単に言えば……怖いんだと思う。変数が増えたことで、これから何が起こるのか見えなくなった。自分が自分でなくなっていくようで、本当にこれでいいのかと何度も自問してしまう。……たぶん、俺が臆病なだけでしょう。」
どうして見知らぬ相手にこんな話をしているのか、自分でもわからない。急に耳が熱くなり、今すぐすべて撤回したくなる。
「なるほど。不安なんだ。」
リムは目を閉じて頷き、身を乗り出すと、すべてを見抜いたような視線で俺を射抜き、小さな声で言った。
「ソウルも、恋に悩む人なのね。」
「え?」
「遅れてすまない……あっ!」
意識が空白になった数秒後、ようやくガス様が到着する。だがその反応は、目を見開き、信じられないものを見るようにこちらを見つめ、どもりながら言った。
「ど、どど……どうして?」
「ガス様、こちらはリムさんです。申し訳ありません、彼女が……」
「やあ、ガス。座って。少し混ざっても構わないでしょう?」
リムは隣の椅子を引き、気楽そうに言う。そのとき、気づいた。絡んできたのは、見た目が幼い変わり者ではなく、ただの見た目が幼い変な女性ではなく、厄介な大物だった。
「は、はい。では失礼します、リム副社長。」




