↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/40

第29話:ただのソウルなんですよね?

 午休が終わり、社員たちはそれぞれの部署ごとに別々の会議室へ移動し、通信装置を起動して上層部のスピーチを聞いた。進行はこれまで通りで、特に大きな変化はない。会長、社長、四天王、そしてその他の重要人物が順番に今年度の現状を報告していく。途中、何度も肘でキムを小突き、時折閉じかけるまぶたを止めなければならなかった。


「よし! 会議もようやく終了! 何かあれば言って、なければ拍手で決まり!」


 二時間近くに及ぶ報告がようやく終わり、通信装置を切った後、ステイシー部長は伸びをして、肩に垂れた銀白色のポニーテールを振ると気楽に言った。


 全体会議の後も早退は認められないが、残り時間を各部門長の裁量で使うのはこれも昔からの習慣だ。遊ぶことが大好きな営業部が仕事に使うわけもなく、全員が拍手を打ち、さっそくおやつパーティーが始まった。


 皆の顔には気楽そうな笑顔が浮かび、この前の案件が順調に進んでいることもあって大いに盛り上がる。キムは再び注目の的となり、両手にお菓子の袋を掲げると、炎魔法で中身を弾けさせ、派手なポテトチップスの雨を降らせた。


 こういう場があまり得意ではない俺は、壁にもたれて皆の談笑を眺め、時おり隣のチャックと二言三言交わす。それからトイレに行くふりをしてこっそり抜け出し、階段の踊り場へ向かった。


 会議の内容自体は相変わらず大した内容でもなく、特に気に留めることもない。今いちばん悩んでいるのは、やはりスパイ任務の行方だった。


 久しぶりに手すりにもたれ、遠くの建物の屋上を眺める。言葉にしづらい懐かしさが込み上げ、ぐちゃぐちゃした思考から目を逸らさせてくれる。もし同じことをチャックに任せたら、もっと気楽な調子で骨ネタのジョークでも飛ばして済ませるのだろう。


「先輩、何を見ているんですか?」


「うわああ! キム? ジェーンさんとお互いに食べさせ合ってたんじゃないのか?」


 背後から突然現れたキムに驚き、情けない声を上げてしまった。


「先輩のキャンディーじゃないと、ちっとも甘くないですから。」


 彼女は俺の真似をして手すりにもたれ、器用にキャンディーを口へ放り込む。笑顔が少し甘くなる。


「どうして外に出てきたんですか? ステイシー部長に絡まれるのが嫌だったとか?」


「いや、ただ、風に当たりたかっただけだ。」


 頬を突く指を目で追うと、キムが頬を膨らませてこちらを見ている。子どもっぽい口調で抗議した。


「先輩はいつも、何かあっても全部自分の中にしまい込んで、何も話してくれません。私、悲しくなりますよ。」


 その言葉に一瞬言葉に詰まる。まるで夜更かしを見つかった子どものように、心臓が一拍抜けた気がした。ぎこちない反応に満足したのか、彼女はまた笑みを浮かべ、翼で俺の背を軽くつつき、続きを促す。


「悪い……正直、自分でも何を考えているのかよく分からないんだ。」


 頬をかきながら気まずそうに言う。空を見上げ、会議はもう終わり、今はステイシー部長が皆を自由にさせている時間だと改めて思い出し、ようやく大きく息を吐いた。そして諦めて肩をすくめる。


「今だけは……先輩じゃなくて、ただのソウルとして話してもいいか?」


 キムは変な質問だと言わんばかりに歯を見せて笑い、変な表情で続きを促す。かえって口を閉ざしたくなり、唇を固く結んでどちらが先に折れるか試してみた。結局、遠くから聞こえてきた数声の鳥の鳴き声に背中を押されるように、俺は表面から順に今の気持ちを語り始めた。


「ラロ部長の言う通りだ。勇者のそばにスパイを送るなんて、間違っていた。俺はずっとまともに任務を遂行していない。ガス様に報告したのも取るに足らない雑事ばかりで、最後にはパーティーを追い出された。」


 苦笑を浮かべ、視線を地平線よりもさらに遠くへ向ける。


「もっと悪いのは……今でも、あいつらのことがどうしても放っておけないことだ。」


 キムはそれを聞くと、目を見開いたまま何も言わず、静かに俺の続きを待った。


「立場上は敵同士だ。感情なんて持つべきじゃない。でも、あいつらが本気で接してくるたびに……自分がスパイだって意識していないと、正気を保てなくなる。いちばん怖いのは、この危険な関係がいつまで続くのか分からないこと、正体がばれた後にどう向き合えばいいのかってことだ。だからさ……もし任務が本当に上から中止を命じられたなら、そのほうがまだ幸運かもしれない。」


「分かりますよ。近づきたいのに、怖くて近づけない気持ち。」


 キムはちらりとこちらを見て、俺の手の上に自分の手を重ね、やわらかく続けた。


「本気だからこそ後のことが心配で、板挟みになるんですよね? 無意識に情が移ってしまったのは、先輩がちゃんと仕事と向き合っていた証です。悩んでも逃げずに向き合おうとするところ、それが先輩のすごいところなんですよ。」


「それって、社会人なら当たり前の態度だろ。褒められるようなことじゃない。」


「それなら、シロたちにも責任を取ってください。勇者のパーティーに戻るんです。」


 キムは俺の手を引いて正面に向き合わせ、かすかな笑みで背中を押す。


「スパイじゃなくて、『ソウル』として。」


「勇者は魔王を倒すために動いてる。会社を潰すってことだぞ? もしかしたら、俺たち路頭に迷うかもしれない。」


 屈託のない表情に、重苦しさが霧散してしまい、思わず吹き出す。問題の要点を小声で口にし、キムがどう返すのか見てみたくなった。


「会社はそんな簡単に潰れませんよ。それに、シロがそんなことをすると思いますか?」


 キムはくるりと瞳を動かし、ためらわずに答える。規則を破るのが得意なのを忘れていた。言葉を失った俺は肩をすくめ、どうか本当に彼女の言う通りであってほしいと思った。


 悩みをいったん脇に置き、俺たちはとりとめのない話を始める。狭い階段で風に当たりながら、意味のない時間を共有するだけで心が軽くなる。さっきまで問題に押しつぶされそうだった自分が、滑稽に思えた。たった数言と、いくつかの笑顔で、こんなにも立ち直れるなんて。


「先輩、私いま、とても嬉しいんです。どうしてだと思いますか?」


 胸のわだかまりがほどけた頃、キムが唐突に尋ねた。雲の切れ間から差し込む光が、彼女の瞳に反射している。


「……どうしてだ?」


 重ねた手が長いこと離れていないと気づく。指先は絡まり、握られていて、まともに答える余裕がない。


「先輩が、こうして悩みを打ち明けてくれたからです。」


 その笑みは、何度見ても飽きない。キムは小首を傾げて俺の目をじっと見つめ、口元の弧をゆっくりと消した。空気が張りつめる。


 落ち着きのない翼が俺の腰を抱き寄せ、距離を詰める。鼓動が感じられるほど近くなり、揺れる琥珀色の瞳から目を逸らせなくなる。


「さっき言ってましたよね。いまは、ただのソウルなんですよね?」


 頬に浮かんだ赤みは、笑みでごまかされている。重なった掌は炎に焼かれるように熱く、視線を逸らしても、近づいてくる唇に引き戻される。


 鼻先にかかる吐息に体が痺れ、頭の中が真っ白になった俺は、思考を手放して、目を閉じた。ああ、本当に自分で言った通りだ。最初に亀裂を塞がなければ、破れは少しずつ広がって、取り返しのつかないところまで進んでしまう。


「あ! 見つけた! 二人でこっそりイチャイチャしてる!」


 未知の感触が届くより早く、ステイシー部長の叫び声が割って入り、俺とキムは引き離された。まるでおやつを盗み食いして見つかった子どものように目を見開き、息を切らしながら、何も言えずに固まる。


「もう! いいところだったのに! 部長ひどいです!」


 顔を真っ赤にしたキムはステイシー部長の前に飛び、力のない拳で肩を軽く叩いて抗議する。後ろにいたジェーンまで巻き添えだ。


 穴があったら入りたい気分だったが、内心では、最も乱暴なやり方で亀裂を塞いでくれたステイシー部長に感謝していた。深呼吸を何度かして乱れた服を整え、騒いでいる三人の前に歩み寄り、キムを呼ぶ。


「キム。目標は変わらない。勇者のパーティーに戻る。そこには重要な目的がある。」


 三人が仕事の顔に戻るのを待ってから、真剣に告げる。


「俺たちは、立派な会社人になる。」


「え?」


 キムは口を小さく開けて固まり、すぐに両手で頬を押さえて体を揺らす。


「きゃーっ、先輩そういう無自覚なのずるいです! できればそのまま白いドレスを着る夢も叶えてほしいです!」


「ぶ、部長……この二人、私たちの前でいちゃついてますよ。」


「ひどいですね。ジェーンちゃんも若いうちにいい男を見つけなさいよ。毎回キムちゃん見ていると呪いたくなりますよ?」


「部長、変なこと言って他の社員に影響与えないでください。私はオフィスに戻ります。」


 このままここにいたら、またからかわれる。耐えきれなくなった俺は階段を飛び出した。背後から聞こえてきたのは、キムたち三人の変な声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。