第26話:そうなのか?
たった一日の楽しい休暇が終わると、やはり最優先はガス様に勇者隊の動向を報告することだった。幸い、ガス様に連絡する前に、昨日シロと偶然会った件は決して口にしないようキムに念を押しておいた。でなければ事態はさらに複雑になるだけだ。
「魔法塔か、分かった。あとで書面にまとめて提出しろ。来週は会社に戻って全体会議に出るのを忘れるな。何かあればそのときに言え。」
今日はいつもよりガス様の機嫌がいい。聞けば、長らく停滞していた貿易契約に進展があったらしく、営業部全体が胸をなで下ろしているという。
「ガスちゃん! 最近の私のスパイ報告、どうですか?」
通信を切る前に、キムが背後からひょいと現れ、相変わらず雑談のような口調でガス様に話しかけた。冷や汗ものだ。
「上達している。副社長も喜んでいる。引き続きその調子で。」
簡単な称賛だけでキムはしばらく上機嫌になる。もっとも、あの報告書が俺の度重なる修正と差し戻しの末に提出されたものだと、ガス様も分かっているはずだが、あえて触れないでいるだけだ。
ルーイン市を発つ前に、俺とキムはまずギルドで見落とした報道がないか確認し、そのあと食料と水を買い足してから、この大都市に正式に別れを告げ、会社へ戻る準備をした。来週の全体会議に間に合わせるためだ。
城門を出るまでに、キムは数えきれないほどの通行人に手を振って別れを告げ、門番の顔にまで名残惜しさが浮かんでいた。ルーイン市に滞在したわずか一週間で、いったいどれほどの人と知り合ったのか想像もつかない。
「先輩!」
足早に追いついたキムは、今日も元気いっぱいで、俺の前に先回りして後ろ向きに歩きながら、にこにこと体を揺らした。
「どうした? いったん会社に戻って全体会議に出るって分かってるだろ?」
「分かってます。ただ……」
琥珀色の瞳が一度ぐるりと回って地面に落ち、俺の隣に並び直したキムの口元に少し気まずそうな色が浮かぶ。
「『勤務時間中は恋愛禁止、ちゃんと忍耐すること』って先輩が言いましたよね。私、ずっと守ってます。でも……これくらいなら、やりすぎじゃないですよね?」
そわそわした小指がこっそり俺の指に絡む。錯覚だと分かっていても、その熱が今にも指先を溶かしそうで、思わず息をのんだ。唇を強く噛むキムを見つめたまま、呆然としてしまう。
待て待て待て待て! せっかく仕事で横に置いた記憶がまた押し寄せてきた。俺は首を振って冷静さを取り戻し、これからの業務内容を心の中で一通り唱えてから、そっとキムの指を外し、慎重に口を開いた。
「キム。どれだけ大事な取引先でも、適切なタイミングで要求を断ることは必要だ。なぜか分かるか?」
「え? どうして急にそんな話を?」
すぐに手を引っ込めたキムは肩をすくめ、頬にはまだやりすぎた名残が残っている。
「最初はたいしたことのない要求に見えても、あとで必ず雪だるま式に大きくなる。気づいたときには、小さな妥協の積み重ねが自分を追い詰める原因になっているんだ。」
「なるほど……それで、どうして急にそんな話なんですか?」
「立派な社会人としての一線は守らないといけない。簡単に譲歩しない。だから、指を絡めるだけでも駄目だ。」
俺は率直に言った。自分がゆで蛙の理屈をよく分かっているからこそ、ひびが入った瞬間にきっちり塞いでおかなければ、取り返しのつかない裂け目になる。
「あっ! 分かりました!」
キムは眉を上げて、ぱっとひらめいたように言い、続けて顎に手を当て、頭の角を軽くとんとんと叩き、足元の石を蹴飛ばすなど意味の分からない仕草を一通りしてから、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべ、目を細めてこちらを見た。
相手をすれば同じ話題で延々と回り続けるだけだと分かっている俺は、その表情を無視し、地図を広げて会社へ戻る最適な経路を確認しつつ、勇者たちの所在もチェックした。
もっとも、仕事がキムに邪魔される瞬間は必ず訪れる。彼女は翼で俺の肩を何度もつついて注意を引き、いろんな妙な声色で呼び始める。俺はようやく地図を下ろし、話を聞くよう促した。
「先輩をお手本にして、境界線は絶対に守るって自分に言い聞かせます。でも……先輩の言い方って、自分が少しずつハマっていくって分かってるから、最初から拒絶してるみたいに聞こえますよ? そうなんですか?」
「立派な社会人になりたいなら仕事に集中するべきだ。来週の全体会議で何をするか分かっているか?」
キムは悪魔族特有の笑みを浮かべたが、すでに仕事モードに入っている俺にはまったく効かない。何気なく投げた質問一つであっさり本性に戻り、そのまま適当な返事をしたせいで、悪い癖を直せと俺に叱られた。
毎年デニの木が実をつける時期になると、会社は全社員を集めて大規模な会議を開く。表向きはそうだが、実際は上層部が今年の進展や計画を報告し、いくつか激励の言葉を挟むだけのことが多い。終われば各部門長がそれぞれ持ち帰り、オフィスで引き続き協議する。
「他の部署は知りませんけど、ステイシー部長は毎年こっそり手を抜いて、二分で進行を終わらせて、会社のお菓子と飲み物を全部引っ張り出して雑談パーティーにしちゃうんです。」
草原を抜けたあと、俺とキムは下り坂を進み、峡谷へと入った。考えてみれば、キムにここまで説明する必要はないのかもしれない。彼女は聞き慣れない単語に緊張するような性格ではないのだから。
「え? ただ報告を聞くだけですか? つまらなそうですね。そんなこと、みんなにメッセージを送ればいいのに。全員を集めるなんて面倒じゃないですか?」
キムの思考は、俺に影響されたのか、少し会社員らしくなってきた――と思った矢先、「パパにこの伝統をやめてもらおうかな」とぶつぶつ言い出した。やはり根はわがままなお嬢様のままだ。
「昔の俺は、堂々とさぼれて給料ももらえるこの日を大事にしてた。でもキムは入社手続きを終えた初日以来、一度も会社に来ていない。この間はずっと俺が付き添っていた。お前の評価は間接的に俺の査定にも影響する。なかなかの重圧だ……。」
谷間の砂が風に巻き上げられ、服にまとわりつく。払ってもなかなか落ちなくて、気が滅入る。
「先輩、安心してください! ステイシー部長とジェーンちゃんには最高の印象を残してあります。それに私は小さい頃からみんなに好かれてきましたし、今すぐ先輩に連れて帰られてご両親に会っても問題ありませんよ!」
「これを忘れたわけじゃないだろうな?」
俺は異次元ポケットから黒炎竜の頭を取り出し、込み上げる胃の不快感を押さえつつ、あの大失態がそう簡単に済む話ではないと示した。
「あ……でも、心から謝ればいいんですよ。ママがいろいろやらかしたときも、いつもそう言ってました。パパはそれで何度も許してくれましたよ。」
キムは明らかに俺と目を合わせるのを避け、自分の無茶な性格が誰譲りかを無意識に示していた。次の瞬間にはもう罪悪感を完全に手放し、いつもの調子でくるくる回りながら笑っている。
会社の上層部までこんな性格だったら、頭が痛いなんてもんじゃない……。魔王株式会社がここまで順調に回っているのは、キムの父親が裏で黙々と後始末をしているからではないのか。俺はそっと黒炎竜の頭を異次元ポケットに戻し、これ以上は考えないことにした。




