第21話:それが「先輩」なんです
「先輩は普段、休みの日って何をしてるんですか?」
どうやら俺が「スパイに本当の休みはない」と言うのを見越していたらしく、キムはすぐに範囲をもっと昔へと絞り、まだスパイになる前の頃を思い出すよう促してきた。
「花や草を育てたり、鉢植えの世話をしたりかな。」
キムに言われてようやく、自分に園芸の趣味があったことを思い出した。もっとも、忘れていたということは、それほど熱中していたわけでもないのだろう。どうやら俺は本当に退屈な人間らしい。
流動市に足を止めた俺たちは、並ぶ屋台を気ままに見て回っていた。ブディン共和国の各市町を代表する品々が並び、精巧な腕輪から丈夫な革靴まで、さまざまな品が目に入った。
「すごいですね。私は何を育ててもダメなんです。子どものころ、銀魚を何匹も死なせちゃって、そのたびに泣いてました。」
キムは棚に掛かった服を指でなぞりながら、当たり前みたいに自嘲気味に言う。
「俺だって大して研究したわけじゃない。花屋で肥料や水やりの仕方を聞いて、一番育てやすい種類を選んだだけだ。それに、小魚を死なせた経験なんて、誰にでもあるだろ。」
「そうかもしれません。でも私、得意なことがあまりないんです。だから、こういう小さな失敗を大きく感じちゃって。自分にもっと頑張れって言い聞かせないと、すぐ落ち込みそうになるんですよ。」
そう言って背筋を伸ばし、自信ありげに胸を軽く叩く。その無邪気な表情を見ると、落ち込んでいる姿など想像しにくかった。
やがてキムは、前方の屋台が設置した遊び場に目を奪われ、ぴょんぴょん跳ねながら駆けていく。色とりどりの遊びを興味津々で見つめ、楽しそうな声を上げていた。
きらきらした瞳が目の中でくるくると動き、どれにするか迷い続けていたが、先に声をかけてきたダーツの屋台に引き寄せられ、そこから遊び始めることになった。
店主からルールの説明を聞いたあと、じゃんけんに勝った俺が先に投げることになった。魚の骨で作られたダーツは作りが良く、手に馴染む感触も悪くない。
だが、素手で投げるのとパチンコを使うのでは思った以上に差があり、初投げの結果はあまり良くなかった。少し気まずい。
「そういえば、キムは何か趣味とかあるのか?」
ダーツは雑談に向いた遊びだ。さっき魚の話をしていたのを思い出し、キムが投げる前に声をかけた。とはいえ、もう話題は少し前のことなので、今さら聞くのも少し唐突だったかもしれない。
「え? 私ですか……へへ、特別な趣味ってないかもしれません。昔、暇なときは空を飛んで外をふらふらして、景色を眺めてただけです。」
ダーツの先を顎に当て、首を傾げて記憶を探るキムだったが、結局俺と同じく、これといった趣味は思いつかないらしい。思わず二人で笑ってしまった。
「えいっ!」
最初の一投は力が弱く、ダーツは的に届く前に地面へ落ちた。信じられないという顔で舌を出し、もう一度投げる。
二投目は弧を描いて的まで届いたものの、中心からは大きく外れ、もう少しでまた外すところだった。
「お嬢さん、もっと力を入れて投げても大丈夫ですよ。まっすぐ飛ばすようにすると、狙ったところに近づきます。」
様子を見ていた店主が助言し、手を振ってもう一度挑戦するよう促す。
「分かりました。中心に当たったら先輩が私と結婚する。中心に当たったら結婚。結婚!」
最後の一本を握りしめたキムは、ダーツに念を込めるようにぶつぶつと妙な呪文を唱えながら、一歩後ろへ下がった。
続いてキムは大きく肩をひねり、腕を限界まで後ろへ引くと、そのまま腰の力で体を連動させ、鞭のように腕を振り抜いた。ダーツは信じられない速さで投げ出され、風圧で屋台の横の風船がばたばたと揺れるほどだった。
ヒュッという音とともに、破壊力を帯びたダーツは的の中心を貫き、丸い穴を残した。そしてダーツ本体は後ろの石壁に突き刺さり、ほとんど砕け散っていた。
「やった! 結婚しますよ!」
両手を高く掲げて歓声を上げるキムは、俺と店主の顔に浮かんだ驚きの表情などまるで気づいていない。まだ第一ラウンドが終わったばかりだというのに、もう最終勝利を祝っている。
幸いここは大都市で、ギルドには変わった性格の冒険者も多い。こういう事態にも店主はすっかり慣れているらしく、損害さえ弁償すればそれ以上は咎めないと言った。
とはいえ……こんなことになってしまっては、さすがにここでダーツを続けるわけにもいかない。俺は急いで弁償し、キムを連れてその場を離れた。
「店主さんがもっと力を入れていいって言うから、つい加減を間違えちゃいました。ごめんなさい……」
泣きそうな顔をしたキムは俺の腕に絡みつく。口では謝っているが、行動は相変わらず俺にくっついたままで、むしろちゃっかり俺に甘えている。本当に反省しているのか疑わしい。
「キム、境界線の加減が苦手なんじゃないか?」
俺は少し体を外側へずらし、彼女の頭がずっと擦り寄ってこないようにする。
「そうなんですよ。私、昔から大ざっぱすぎて、行く先々でクビになって。最後は引きこもりになっちゃいました。」
何気ないツッコミのつもりだったのに、いつの間にか古傷を掘り返す大会みたいになってしまった。一瞬、話題を重くしてしまったかと思ったが、横目で見るとキムはこっそり喜んでいるようで、その心配はすぐ消えた。
キムのことをちゃんと知りたい、理解したいと言い出したのは俺だ。だが実際に話題を考えようとすると、つい一度立ち止まり、その質問が口にしていいものかどうかを考えてしまう。
たぶん理由は簡単だ。長い間、人と私的に付き合うことがなかったせいで、遠慮と無遠慮の境目がうまく掴めなくなっているのだろう。
そう考えると、「境界線の加減が苦手」という点では、俺のほうがキムよりよほど不器用かもしれない。
「キム、いくつか聞いてもいいか? 答えにくかったら無理しなくていい。」
恥ずかしくても、黙っているよりは正直に聞くほうがいい。キムが鼻歌を歌っている合間に声を挟み、先に休符を打つ。
「どうしたんですか? 先輩、遠慮なく聞いてください。」
「うん、ちょっと聞きにくいんだけど……本当に俺の報告書、全部読んだのか?」
「はい! あの報告書、すごく感動しました。だから先輩のこと好きになったんです!」
両手で頬を包んだキムの顔は赤く染まり、口元の笑みを隠しきれない。相変わらず、愛の告白をまるで日課みたいに口にする。
心の疑問をいきなり投げるのはやはり恥ずかしく、俺は遠回りにいくつか取り留めのない話題を振った。
そして市場を抜けた頃になってようやく、頬をかきながら乾いた喉で、その言いにくい言葉を口にする。
「どうして報告書を読んだだけで……人を好きになれるんだ?」
自分を卑下したいわけではなく、ただ理解できないのだ。
日記と変わらないような報告書に心を打たれ、書いた本人にも会ったことがなく、その人物がどんな人間かも知らないまま、何の躊躇もなく追いかけてきて、好意を向け続けてくる理由が分からない。
俺の疑問を聞いたキムは足を止め、琥珀色の瞳に太陽の光を映して、まっすぐ俺の目を見つめた。そしてからっと笑い、周囲の通行人も気にせず翼をはばたかせ、明らかに不自然なくらい大きな一歩で俺の前へ跳び出す。
そして、論理とは程遠い一言で答えた。
「だって、あれはただの報告じゃないです。私にとっては、それが『先輩』なんです。」
意味はよく分からない。
だが、深く追及する必要もない気がした。俺はただ小さく笑い、肩をすくめて、つまらない質問だったと示す。
「もしかして先輩、自分が私に釣り合わないんじゃないかって心配してます? ふふ、もし先輩が思ってたほど良い人じゃなかったら、とっくに逃げてますよ。私、経験豊富な引きこもりですから。」
「その経験は積まないほうがいいだろ。」
俺は目を細めて突っ込む。新人を怖がらせて逃げられても困るからな。
「そうだ、先輩。行きたい場所があるんですけど、一緒に行ってくれますか?」
キムは両手を広げ、俺の周りをくるくる回りながら、満面の笑みで言う。断れる雰囲気ではない。
「いいけど、どこに行くんだ?」
「ふふ、行けば分かります。とりあえず街の外まで行きましょう。」
意味ありげに笑った彼女は、また俺の手をつかみ、走り出した。
どうやら休日の外出は、街の中を歩くだけでは少し物足りないらしい。




