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第16話:結婚してくれ

「キム! もっと高く飛べ、目を閉じろ! 絶対に開けるな!」


 俺は巨大なカロンラットの突進を素早くかわしながら、キムに向かって大声で指示を出した。小さなカロンラットですら顔を青くしていたのだ、この大きさのラット王を見たら気絶しかねない。


「せ、先輩……大丈夫ですか?」


 一瞬気を取られたせいで、カロンラット王の尻尾に足を取られて転び、危うく鋭い牙で腕を噛み切られそうになった。すぐに立ち上がり、魔法を展開して弱点を探り、そこへ魔力弾を数発撃ち込んだ。


 どこからそんな栄養を得たのか、突然変異したカロンラットの巨大な体は見かけだけではない。弱点を狙っても、分厚く頑丈な毛皮がダメージを最小限まで抑えてしまう。ほとんど無傷のラット王は空気を嗅ぎ、吐き出す鼻息はまるで俺の無駄な抵抗を嘲笑っているかのようだ。尻尾を振りながら、次の一手を待っている。


 逃げるという選択肢もあるが、これほど巨大なカロンラットは滅多に見られるものではない。実力がどうであれ、これを倒せば世間に強烈な印象を残せる。名声を上げるには十分だ。今はキムに頼って簡単に倒すわけにもいかないし、仕方ない。少し手間をかけて片付けるしかない。


 俺が異次元ポケットに手を伸ばした瞬間、賢いラット王は魔力の流れを感じ取ったのか、地面を蹴って一直線に突っ込んできた。あまりに単調な動きだ、紙一重で難なく回避する。だがそれはフェイントだった。死角から振り抜かれた尻尾が空気を裂き、俺の太ももを強打する。体勢を崩したその瞬間、ラット王の牙はすでに喉元を狙っていた。


 とっさに異次元ポケットから引き抜いた短剣が命を救った。上顎を突き刺され、ラット王は痛みに後退し、さらに耳障りな悲鳴を上げる。


 続いてラット王は爪を地面に突き立てた。すると土塊が一瞬で細かな砂へと崩れ、足場が崩れ、俺はその中に閉じ込められた。まさかこんな低級生物が魔法まで使うとは思わなかった。確かに驚いたが、攻撃手段自体は普通のラットと大差ない。迎撃の準備を整えた俺は短剣を弱点へ向け、飛びかかってくる瞬間を待った。


 わざと転んだふりをして体を左へ傾ける。ラット王は案の定、その偽の隙を逃さず突進してきた。牙をむき、俺を引き裂こうとする。この好機を逃す手はない。俺は短剣に魔力を込め、体を回転させて斬りかかろうとした。


「ひぃぃぃやああああああ!」


 その瞬間、空から悲鳴が降ってきた。次の瞬間には森が火の海に変わり、ラット王までもが巨大な火球と化して砂の上に倒れ、苦しみながらもがいた末、あっという間に黒焦げの死体になった。


「キム! 目を開けるなって言っただろ!」


「ネズミが足に乗ってきたんですぅぅぅ!」


 暴走したキムは顔をくしゃくしゃにして、まるで俺の声が聞こえていないかのように森へ火球を撃ち続ける。油断すれば、俺まで黒炭にされかねない。


 炎を避けながら、空で泣き叫ぶキムを止めるなんてまさに絵空事だった。思い切って彼女へ向けて撃った魔力弾も、届く前に高温で蒸発してしまう。まるでこの世の地獄のような燃え盛る火の海は次第に外へ広がり、収拾がつかなくなっていく。


「キム! スパイにとって一番大事なのは……!」


 飛べない俺には大声で呼びかける以外どうすることもできない。だが何を言っても彼女を落ち着かせることはできなかった。切羽詰まった俺は火場の外まで走り、木に登って、できるだけキムとの距離を縮めてさらに何度も叫ぶしかなかった。


「キム! 落ち着け!」


 無駄。


「カロンラットはもう全部片付いた、もう大丈夫だ!」


 やっぱり無駄。


「おい! 本当に怒るぞ!」


 そう言ってもやはり効果はない。


 どうにもならない俺は眉をひそめ、暴走して泣き叫ぶキムにどうすれば自分の存在に気づかせられるのか必死に考える。何か一言でも、でたらめでもいい、彼女をすぐに我に返らせる言葉はないのか。


 ……とりあえず……試してみるか。直感のように頭に浮かんだ一言に少し抵抗はあったが、森の火事はすでに黒煙を上げている。これ以上遅れれば余計な騒ぎを招きかねない。もう自分の気持ちを気にしている場合ではなかった。


 この手が効いてほしい気持ちと、まったく効かないでほしい気持ち。その矛盾した心境になっているのは、おそらくこれは自分に大きな面倒を招く、本心ではない一言になるからだろう。俺はそうため息をつき、それから大きく息を吸い込み、周囲の空気を肺いっぱいに吸い込んで、大声で叫んだ。


「キム! 俺と結婚してくれ!」


 その瞬間、沸き立っていた空気はぴたりと動きを止めた。乱れて羽ばたいていた翼は次第にリズムを取り戻し、振り返った少女の瞳には驚きと喜びがきらめく。森を燃やしていた炎はすべて彼女の手元へと戻り、空中で次々と華やかな花火のように弾けた。


「先輩! 喜んで!」


 彼女は音爆が起きるほどの速さで飛んできて、俺をぎゅっと抱きしめる。上下も左右も分からない高空で俺を連れて舞い、爆発と花火の残り火の中を駆け回りながら楽しそうに笑った。


「キム! キム! 話を聞いてくれ!」またしても、いくら叫んでも、大笑いしているキムの耳には入っていない。ただ俺を抱きしめたまま、思いきり縦横無尽に飛び回るだけだった。


 これ、どうやって説明すればいいんだ……。俺は焼け焦げて炭になったあのラット王を思い出し、この燃え盛る熱烈な愛の炎の中で思わず身震いした。

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