第13話:私は部下のことをちゃんと気にかけてるのよ
「ソーウールくーん! うちの可愛い子分がお世話になったみたいねぇ。今夜は一人一樽よ!」
ステイシー部長の赤い瞳は、俺の記憶よりもさらに鮮やかな赤だった。まるで俺を大嫌いな接待の席へ引きずり込み、無理やり酒樽を抱えさせるかのようだ。
「先輩、この方は……?」
「営業部の部長、ステイシーさんだ。普段はガス様が直接俺たちに指示を出すことが多いが、名目上は彼女が俺たちの本当の上司だ。まあ……とにかく、気をつけろ。」
久しぶりに胃がきりきりとねじれ始めた。
両腕で抱えなければ持ち上げられないほどの酒樽を見下ろしながら、こんな量を一晩で飲み干せる人間などいるはずがないと確信する。どうやって酒を回避するか、必死に計算を始めた。
「ジェーンちゃんが無事でよかったわ。あなたは会社で一番若い新人なんだから、うちの部署の平均年齢はあなたが下げてくれてるのよ。絶対に倒れちゃだめだからね。」
ステイシー部長はジェーンの負傷などお構いなしに、乱暴に抱きついた。涙声になりながら言う。
「うっ……うぅ……うぅぅ……」
「部長、そんなふうにジェーンさんを胸に押し付けて抱きしめたら、本当に窒息して倒れますよ。」
「え? 嫉妬してるの?」
「していません……。それより、こんな辺境までわざわざ来た理由は何ですか? 明日も普通に出勤ですよね?」
「はぁ……助かった。うぅぅ、よかった……おじいちゃんに川を渡るなって言われてて……」
どうにか解放されたジェーンは顔面蒼白で、朝よりもひどいダメージを受けたように見えた。
「仕方ないわね。さあ、部長が久しぶりのハグでソウルくんを癒してあげましょう。」
「せ、せ、先輩! だめですだめです! 私とだってまだ手も繋いだことないのに!」
ステイシー部長が部屋に乱入してから、まだ二分も経っていない。
それなのに場はすでにこの有様だ。あちこちから飛び交う騒がしい声に、俺は自分の交感神経が完全に過熱して停止しそうなのを感じた。理性が飛ぶのも時間の問題だ。
「全員、少し静かにしてもらえますか?」
俺は両手を広げて三人の口々の声を止める。何度か深呼吸し、珍しく訪れた静寂を確認してから酒樽を床に置き、ステイシー部長の来訪の目的を尋ねた。
「ジェーンちゃんに休暇申請書を持ってきたのよ。書類も印鑑も全部済ませてあるから、ジェーンちゃんがサインするだけで二日休めるわ。」
「普通は本人があなたのところに行って承認をもらうものじゃないですか? 部長がこんな遠くまで来た本当の目的は何です?」
俺は目を細めて反論する。この狐めが、そんな簡単な理由でオフィスを離れ、こんな辺境の村まで来るはずがないと最初からわかっていた。
「これは私が許可した公傷休暇よ。もちろん有給。」
「くそ、羨ましすぎる。」
ステイシー部長は得意げに書類をジェーンさんに差し出し、サインさせた。
こんな優遇っぷりを見せつけられ、俺はうらやましくてたまらなくなる。今朝、勇者パーティーにボコボコにされたのが自分だったらよかったとすら思った。
「そうだ、ステイシー部長。紹介しておきます。こちらは先日入社したばかりのキムです。今は俺の下で研修中で、スパイの仕事を学んでいます。」
背後でキムの小さなすすり泣きが聞こえて、そういえばまだ彼女をステイシー部長に紹介していなかったことを思い出した。
だが視線をキムへ向けた瞬間、彼女の顔に奇妙な表情が浮かんでいることに気づいた。
「キム?」
俺は少し不思議に思い、軽く合図して挨拶するよう促した。
「ステイシー部長、こんにちは。キムです。」
キムの腰のあたりの翼は、不自然な角度で折りたたまれている。それに態度もどこかよそよそしく、どういうことなのかよくわからない。
「はいはい、よろしくね。」
ベッドの縁に座っていたステイシー部長は立ち上がった。背の高い彼女はキムより頭一つ分ほど高い。後頭部で束ねた銀白色のハイポニーテールが気ままに揺れ、その印象どおりの颯爽とした雰囲気だった。
「お聞きしてもいいですか? ステイシー部長と先輩は、どういう関係なんですか?」
キムは顔を上げて部長と目を合わせ、少し不満そうに頬を膨らませながら尋ねた。
「おい、キム。そんな聞き方――」
「まあ、古い知り合いってところかな。」
ステイシー部長は無害そうな笑顔を作って答えた。同時に目でキムを上から下までじろじろ観察し、何やら変な声でぶつぶつ呟いたあと、こう言った。
「ソウルくんは、昔私の部下だったのよ。」
「えっ?」
キムは一歩後ずさり、両手で口元を覆いながら驚いて言った。
「じゃあ……元カノってことですか?」
「上司と部下の関係の認識が致命的にずれてるぞ!」
「ははははは! なるほどなるほど。ソウル、この新人めちゃくちゃ面白いじゃない!」
「先輩! これは私の一大危機なんです! 適当に何か言って安心させてください! できれば結婚に関係ある話題で!」
俺とステイシー部長の視線を遮るように立ちふさがり、涙目で訴えるキム。その様子は、まるで親にお菓子をねだる五歳児のようだった。
これが、俺がさっさと逃げようとした理由だ。
昔からステイシー部長は、とにかく騒ぎを面白がる性格で、会社で揉め事や噂話が起これば真っ先に現場に現れて見物する。時には自分から火に油を注ぐことさえある。
「何が危機なんだ……。俺は誰とでも普通の同僚関係だ。」
俺は視線を部屋の中で唯一まともそうな人物――ジェーンさんに向け、助けを求めた。しかし彼女も同じように驚いた表情をしている。
見込み違いだった。こんなに早くキムと仲良くなった時点で気づくべきだった。同じタイプの人間だったのだ……。
「せっかく新人が入ったんだから、歓迎会って名目で飲み会やれるでしょ?」
ステイシー部長は床に置かれた二つの大樽を忘れていなかった。口元のよだれを拭きながら、豪快でわがままに言う。もちろん、俺の意思などまったく考慮されていない。
「部長、それはまずいですよ。ジェーンさんは怪我してますし、キムは新人です。驚いて逃げますよ。」
「え? そうなの? せっかく二樽も持ってきたのに。それに……ソウル、君って酒が飲める女が好きじゃなかった?」
「そんなことは――」
「ちなみに言っとくけど、この二樽くらいなら私一人でも飲みきれるわよ。」
彼女はこっそりキムにウインクし、挑発的に言った。
「あああ! 私飲みます!」
キムは一歩前に出て、俺の制止も聞かず挑戦を受けてしまった。スパイの心得などどこへやら、あっさり相手の掌の上で転がされている。
「よし決まり! じゃあジェーンちゃんは休んでて。私たち三人は外で飲みながら歓迎会ね!」
さすがに常識があれば、ジェーンさんの部屋で酒盛りをするわけにはいかない。
しかし俺がどれだけキムを説得しても、彼女は胸を張って当然のような顔をしている。オーク樽を担ぎ上げ、さっさと外へ出て行った。まるで外に出る順番すら勝負の一部だと言わんばかりだ。
「部長の目的……まさかキムを煽るためじゃないですよね?」
ステイシー部長の後ろを歩きながら、俺は恐る恐る尋ねた。
「ははは! まさか!」
肩に垂れたポニーテールを払いながら、彼女は豪快に笑った。
「私は部下のことをちゃんと気にかけてるのよ。昔の部下も、新人もね!」
先に外へ出て月明かりの下に立ったキムが、翼を羽ばたかせながら手を振っている。俺たちに早く来いと叫び、ひそひそ話すなと催促してくる。それを見て部長はまた大笑いした。
頼むからキム、少しは礼儀正しくしてくれ。そうじゃないと、俺がちゃんとしつけてないみたいに思われるだろ。




