夏の陽炎
夢を追う為に、田舎を離れ都会へと旅立った青年は、久しぶりに実家へと帰省し懐かしき我が家を楽しむ。
だが、彼の過ごしてきた半年と、実家の家族が過ごしてきた半年は違い、彼はその大きさを受け止める事になるのだった。
・性癖『日焼けの跡』
・お題『汗』
俺には年の離れた弟がいる。
「兄ちゃーん! 兄ちゃん!!」
酷く嬉しそうな顔をして、家の奥から駆けて来た弟は、夏だからか山ばかりで海のない田舎だというのに、ノースリーブの形を僅かに白く残しながら肌を健康的な小麦色に日焼けさせており、朗らかに笑う顔もこんがり小麦色にしていた。
何とも健康的な姿であるが、ザ・都会人の俺としては活発と書いて字のごとく、勢いよく飛び込んできた弟を受け止めるには少々力が足りなかった。
玄関先で、ノースリーブのシャツに半ズボンを履いた小学生男子に押し倒され、情けなく天を仰ぐ事になる。
ズダーン!
と良い音がして倒れた俺は、目をチカチカとさせながらギラギラと降り注ぐ日の光を直接受ける事になる。
日光を避けようと買って来た帽子は俺の頭を隠す事は止め、コロコロと地面を転がっていた。
「あらー。大丈夫? カケル」
「兄ちゃん!? 兄ちゃん! 大丈夫!?」
「っ、ぁー。あぁ。大丈夫だよ。俺は生きてるから」
よっこいしょ。
なんて言いながら手を地面に付けて、俺に飛びついて心配そうな顔をしているユウヤを抱きかかえながら上半身を起こした。
久しぶりに見た母さんは、心配そうな声を掛けつつも、あまり心配をしていない様な顔で俺達を見やって短く息を吐く。
「カケルも相変わらず健康やねぇ。良かったよ」
「人間。そうそう簡単に変わるもんじゃないからな」
俺は起こした上半身をそのままに、抱き着いているユウヤを左手で支えて、そのまま家の中に入った。
家の中は薄暗く、奥から吹いて来た風が先ほどまで熱に焼かれていた体を冷やしてくれる。
そして、半年前まで毎日嗅いでいた匂いは、俺の鼻孔をくすぐって……久しぶりだというのに、実家に帰って来たという感覚を俺に呼び起こしていた。
懐かしき我が家への帰還である。
「しっかし、随分と背が大きくなったねぇ。カケル」
「俺は出て行く前と何も変わらんよ。母さん」
「そうかい? 年を取ると、そういうのも分からなくなるんよ」
「そうなんだ。まぁ、お疲れさん?」
「アンタ。また適当な事言って……そういう所は変わらんねぇ」
「まだ半年くらいしか経ってないんだから、そんなに早く人は変わらんじゃろ」
「そう言うて、こっちじゃあ半年も過ぎたんよ。それだけ過ぎたら、世界も変わるっちゅうのは当然じゃろ」
「まぁ、そらそうか」
俺は母さんの言葉に納得を示しながら、抱き上げているユウヤを床に下ろそうとした。
が、ユウヤは俺のシャツをギュッと握っており、離れる気は見せない。
「もう家の中だぞ。ユウヤ。そろそろ離れようや」
「ヤダ」
「いや、ヤダってお前」
「兄ちゃん。都会に行って変わってもうた! 前は一緒に居ても、嫌がらなかったとに!」
「そうだったか? 俺はよく覚えてないが」
「変わった!」
ユウヤは頑なに俺の言葉を否定して、ギュッと俺にしがみつきながら目を閉じてしまった。
強く閉じられた瞼からは、絶対にここから離れないという意思を感じる。
「お昼ご飯まで時間もあるけ。ユウヤの相手でもしててけろ」
「相手をしててくれって……俺は、別に良いけどさ」
「ホントか!?」
ユウヤは俺の言葉にパッと笑顔を向けて、俺から飛び降りた。
そして、キラキラと輝く様な目で俺を見てから、俺の言葉を待つように左右に揺れる。
その度に、ユウヤの黒髪が……後ろで束ねられた一本のポニーテールが、犬の尻尾の様に喜びを示していた。
何も変わらない。
「お前は、何も変わらんなぁ。ユウヤ」
「そうか? けど、身長は7センチも伸びたぞ」
「おーおー。そりゃ成長期だな。めでたいことだ」
俺はユウヤの頭を撫でながら家の奥へと向かい、ついでに土産として持ってきた一台のゲーム機をリュックの中から取り出す。
それは、大学に進学してから始めた塾のバイトで溜まった貯金を使い、ユウヤに土産として買って来たものである。
「ほれ。ユウヤ。土産」
「土産―? あ! あぁ!? これ! これ!! スケッチ2じゃなか! 買ったんか!?」
「おう。お前の奴だ。好きに遊べ」
「ホントか!? 兄ちゃんは神様じゃ!!」
ユウヤは酷く嬉しそうな声を上げながら、廊下をドタドタと走って奥の部屋へと向かう。
先ほどまでの執着はどうしたのか、ユウヤはすっかりゲームに夢中となっている様だった。
俺はそんなユウヤの後を追って、板張りの廊下を進み、最奥にあるかつて俺とユウヤの部屋だった場所へと向かった。
久しぶりに俺の領域へ足を踏み入れると……そこはあまりにも懐かしい俺の陣地だった。
昔買ってもらった学習机は窓際に俺が出て行った時と同じ様に置いてあるし、すぐ隣にある本棚にもかつて俺が読んでいた本が所狭しと並んでいる。
苦労して手に入れた洋書などが置かれていて、俺が医学部へと入学する前にどれだけ苦労したかがうかがえる様であった。
「この辺りは、昔のままなんだな」
「おー。兄ちゃんがいつ帰ってきても良いようにな!」
「そうかそうか。お前は可愛い奴だな! ユウヤ!」
ガシガシと先ほどよりも強めにユウヤの頭を撫でて笑う。
昔はバカみたいに勉強ばかりをしていたのだが、そんな中でもユウヤの相手は欠かさず行っていたから、これは恩返しの様な物だろうか。
「は、恥ずかしいけ! あんまり、頭撫でなくてえぇ!」
「なんだ、思春期か? お前も変わるもんだな」
「……当たり前じゃろ」
どこか消え入りそうな声で呟くユウヤに、懐かしさと可愛さを感じて俺は手を離してから買って来たスケッチ2の箱を開き、一生懸命に設定をしようとしているユウヤを見やる。
始めて遊ぶゲームというのは楽しい物なのだろう。
大人となってしまった俺には忘れてしまった感覚だが、ユウヤには今が一番楽しい時期なのだと思う。
「んー。んー?」
「どうした。ユウヤ」
感慨深く、懐かしい物を感じていた俺であったが、ユウヤが何かを悩みながら操作を考えていた為、俺はユウヤの背中からユウヤが持っているスケッチ2の画面を見る様に身を乗り出した。
ちょうどユウヤを後ろから抱きしめている様であり、少しズレたシャツの隙間から見える日焼け跡が、どこか妖艶な物に感じる。
ユウヤが緊張しているのか、唾を飲み込んでいる様な音が聞こえ、たらりと頬を流れ落ちた汗が、微かな匂いを……。
「だー! もう! 兄ちゃん! 離れてや!」
「っ! お、おう! スマン」
「兄ちゃんが近くに居ると緊張するけ! 遠くで離れててや!」
「悪かったよ。ユウヤ。あれなら俺は部屋を出てるけど」
「それも駄目や! 兄ちゃんは、そこに居て、俺を見ててや!」
「そ、そうか?」
俺はユウヤが一生懸命にゲームの設定をする姿を見ながら、どこか懐かしい気持ちでふっと視線を送る。
開かれた部屋の窓から心地よい風が吹いてきて、俺は目を閉じながら壁に寄り掛かった。
懐かしい。
ここに居ると、久しぶりに帰ってきた様な心地だ。
こういう空気の中で俺はずっと日々を過ごしていた様な気がする。
「……ちゃん! 兄ちゃん!」
「ん? おぉ。ユウヤ。どうした?」
「どうしたじゃないよ。兄ちゃん疲れてるの?」
「いや? 別に疲れてはいないが」
「なら、一緒に遊ぼうよ。な、兄ちゃん」
「分かった分かった」
傍に来ると怒る癖に、離れていたら子犬みたいに怒るんだなと思いながらユウヤの隣に行って、ゲーム機をいじくっているユウヤを見やる。
ユウヤは俺が目を閉じていると怒る癖に、俺が隣に居れば良いのか。特に俺の行動に文句は無いようだった。
なら、まぁ、俺もノンビリとしているかと本棚から昔好きだった本を取り出して読む。
「兄ちゃん」
「んー? どしたー?」
「一緒に遊ぼうよ」
「遊んでるだろ。何かあれば言ってくれ」
「ぶー!」
ユウヤは酷く不満そうな声を出していたが、流石に何もしないままユウヤと付き合っているのも退屈だ。
本くらいは読ませてくれよと思いながら、体を壁際に持っていって、外から差し込む日の光で本を読みながら、懐かしい気持ちに浸っていた。
のだが。
「……てい!」
「っ、おぉ」
俺はあぐらをかいて座っていたが、俺の上にユウヤが座ってゲームのボタンを操る。
流石に寄り掛かってはこないが、それでもユウヤとは酷く密着しており、熱いくらいだ。
「ユウヤ?」
「……」
「聞こえてるんだろー? ユウヤ」
「……聞こえてないもん」
どこかいじけた様な声を出すユウヤに、仕方のない奴だなと俺はため息を吐いて、そのままの状態で壁に寄り掛かって本の続きを読んだ。
ユウヤは俺の上に座りながらゲームにご執心で、俺は外からの光で本を読む。
それなりに広い8畳間の部屋は、かつて俺がこの地に居た時と同じ様にそれぞれの時間を近くで過ごしていた。
右手で本を持ちながら指でページをめくるが、左手が手持無沙汰となった為、ユウヤの前においてユウヤを抱き寄せる。
体を通して感じるユウヤの熱が熱いくらいで、ドクドクと感じる心臓の音が、どこか強く俺の体に響いていた。
「……兄ちゃん」
「んー?」
「都会は、楽しい?」
「まぁ、それなりかな」
「そっか」
ユウヤはどこへ向かうのか分からない質問を俺に投げて、先ほどよりも深く俺にもたれかかる。
まるで親子の動物の様だが、俺とユウヤにとっては酷く自然な姿だった。
だから、ユウヤを湯たんぽの様にして抱き寄せるのも、いつもの事である。
かつては。という言葉が頭に付くワケだが。
「大学って、楽しい?」
「まぁ、それなりかな」
「……うー」
「ユウヤ?」
「さっきから! そればっかりや!!」
ユウヤは俺の左腕を弾き飛ばして、俺の方に向き直った。
そして、ジッと俺を見つめながら純粋な瞳で、適当な俺を糾弾する。
「兄ちゃんは! 都会で一人暮らししてるんやろ! なら、なんか、なんかあるんじゃないん!?」
「何か、と言われてもな。特には何もねぇよ。心霊スポットとかも行かんし。朝まで飲み会するのも、たまにしかやらん」
「うぅー!」
何が気に入らないのか、ユウヤは唸り声をあげていたが、不意にポケットに入れていたスマホが揺れ始めた。
バイブレーションの振動が長く、メールやメッセージではなく、着信である事が分かる。
だから、ユウヤの口を左手で押さえて、いつもの仕草で電話に出ながら話し始めた。
「あー? もしもし?」
『あ、先生ですか? 申し訳ございません。休暇中に』
「良いよ良いよ。別になんかしてたワケじゃないからさ」
『それは良かったです』
不意に電話をかけて来たアルバイト先で勉強を教えている少女、佐々木夢美ちゃんからの電話に、俺は普段よりもイチトーン高く声を出しながら応対する。
「それで、どうしたの?」
『実はですね』
「うん」
『用事は無いんです』
「そ、そうなの?」
『はい。ただ、先生の話を聞きたくて』
どこかうっとりとした様な声を聴きながら、話が長くなりそうだなと思って、口を塞いでいたユウヤに「部屋の外へ行くよ」と合図をしたのだが、ユウヤは動かない。
仕方ないかと「ユウヤに動いてくれるか?」とジェスチャーで示すが、ユウヤは動かない。
それどころか、俺の手を振り払って、正面から抱き着いて来た。
思春期の子供というのはよく分からんな。と思いながらユウヤの背を撫でつつ、ユウヤと壁に挟まれたまま通話を続けた。
「ご両親は仕事中?」
『はい。家には私一人で……夏休みの宿題も朝終わってしまったので、先生とお話したいなと思ったんです』
「そうなんだ」
『そうなんです! それで、ですね? 先生。実は、近所で花火大会が行われる事になりまして』
「あー。そう言えば前に聞いたなぁ。熊田川の花火大会だっけ」
『そうです! 先生は博識ですね!』
「まぁ、この程度は普通だよ」
『ふふ。先生はご謙遜が上手いですね』
「あー、ハハ」
『それで、その花火大会なんですけど、実はお父様が近くのビルでバーベキューをしよう。という事になりまして。是非先生もお呼びしましょうと提案しましたら、お父様もお母様もよい考えだと!』
「そうなんだね。それは是非ともお邪魔したいけど……」
俺は夢美ちゃんの言葉に、どうやって断ろうかなと考えながら傷つかない言葉を模索していると、不意に抱き着いていたユウヤがガバッと起き上がって俺のスマホを奪い、大きな声でスマホに向けて叫んでいた。
「兄ちゃんは帰らん! 花火なんか行かんモン!」
『きゃっ』
「ちょ、おまえ……!」
「花火なんか、花火だって、こっちにだってあるもん! クマダガワだか、スミダガワだか知らんけど! こっちの方が凄いもん!」
『えっ、どなた?』
「じゃあね!」
ユウヤはスマホの通話を切って、俺に突き出した。
なんてこった。
なんてこったである。
俺はすっかり切れてしまったスマホを見て、どう言い訳しようかと考えながら、グスグスと泣いているユウヤを見て、ため息を吐いた。
かなり暴走気味に行動していたユウヤであるが、現在泣きはらしているのはユウヤである。
どうすれば良いんだよ。という様な状況であるが、ひとまず夢美ちゃんには後で言い訳をするとして、今は目の前のユウヤである。
小麦色に染まった細い腕で、流れ落ちる涙を拭って泣いている。
大声を上げながら泣いているワケではないが、まるで独りぼっちの様にユウヤは泣いていた。
「よしよし。怖いモンなんか、無いからなー。幽霊よりも兄ちゃんの方が強いし。近所の悪ガキよりも兄ちゃんの方が強いんだぞ」
「うぅ、うぁぁあああ、兄ちゃん……! 兄ちゃん!」
「おーおー。泣け泣け。泣いてスッキリする事もあるからなー」
ユウヤを軽く抱き寄せると、俺にしがみついて、ワァワァと泣き始めた。
それは久しぶりに見るぐずった姿であり、たった半年であるというのに、随分と遠い景色の様に見えたのであった。
それから。
ユウヤは数十分泣き続け、やがて泣きつかれて眠ってしまった。
スヤスヤと寝息を立てながら眠っている様は子供の様で。
「……にい、ちゃん」
言葉を漏らすさまは、年よりも子供じみて見える。
まぁ、まだまだ小学生なのだから、眠っている姿もそれらしいと言えばそれらしい。
まだまだ夏であるが、まるで子供の様に体を小さくしているユウヤを畳の上に寝かせて、お腹が冷えない様に薄い毛布なんかを上に被せた。
人形でも抱いている様な姿で寝ているユウヤは女の子の様でもあるが、山を駆け回る様な子供で、起きている時と寝ている時は大違いである。
「さて」
俺はユウヤが寝ている所を起こさない様に気を付けながら部屋を出て、台所へと向かった。
「母さん」
「なんか用かい?」
「いや、なんか手伝おうかと思って」
「良いよ。別に。アンタ一人増えた程度で手間なんか増えやしないんだから」
「それなら良いけどな」
「それよりも、聞こえたよ」
「……何が?」
「ユウヤだよ。まーた泣いてお前を困らせてたのかい?」
「あぁ、その事か」
俺は昼食の準備をしながら俺の方を見て忠告してきた母さんに、穏やかな気持ちで話しかけた。
「あれは、まぁ、ちょっとうるさかったかもしれないけど、気のせいだよ」
「ふぅん」
「母さんが気にする様な事は何もないさ」
「そう。なら良いけどね」
「あぁ」
「お前が考えている以上に、半年は長かったんだよ」
「……うん」
「私らは覚悟してたけど、ユウヤは、分かってなかったんじゃないのかい? 半年の長さとか、都会の遠さとかさ」
「そうかもな」
母さんの話を聞きながら、俺は柱に寄り掛かって、ここを出て行った冬の日を思い出す。
これから大学へ向かうからと早めに家を借りて、都会は遠いからと荷物を先に送ってバッグ一つでここを出て行った。
いよいよここを出るっていう日。
父さんと母さんは、酷く心配そうな顔をして俺を見ていて。
『ここから通っても良いんだよ?』
『独り暮らしも大変だろう』
なんて、俺を心配する様な事を言っていた。
けれどこの家から通うには都会は遠すぎて、毎日新幹線で通う生活は現実的じゃないし、電車賃だって相当にかかる。
だから、一人暮らしをする方が得なのだと、両親には何度も伝えていた。
家を出て、近くの駅まで送ってくれた両親に礼を言って、厚めのマフラーで口元を隠しながら、コートのポケットに手を入れて。
俺は強がるように言葉を連ねた。
『たった六年だよ。医者になるには八年かかるけど、あっという間さ』
『お前が考えている以上に、八年は長いぞ』
『分かってる。けれど、医者になれば、この村にも病院が出来るだろ? 父さんも母さんも、いつまでも健康じゃないんだ。こんなさびれた村で、医者になろうとするバカが一人くらいは居ても良いんじゃねぇかな』
『……カケル』
『未来は分からねぇけど。きっとこの選択が良い結果を導くと俺は思う』
『……そうだよ!』
駅まで来たというのに、心配そうな両親に代わり、モコモコの厚着をしながら見送りの為に着ていたユウヤは声を上げて、その声に俺たちは反応した。
ユウヤの目線に合わせて、視線を下に落とす。
『ちょっと遠くに行くだけだろ! すぐに帰ってくるんだから、良いじゃん!』
『そうは言うけどな。ユウヤ。六年は長いぞ』
『すぐだよ! 六年じゃあ、俺、まだ高校生になったばっかりだもん! それに、夏になったら帰ってくるんだろ?』
『あぁ。約束するよ』
俺は明らかに強がっていると思われるユウヤに微笑んで、いつもの様に頭を撫でた。
撫でる時に外した手袋は酷く冷たい空気に晒されていて。
ユウヤの頭は普段よりも冷たく冷えている様に思えた。
けれど、普段は嫌がるユウヤも、大人しく撫でられていて。
手のひらに感じるユウヤの体温が酷く心地よかった事を覚えている。
「半年は、長かった……か」
俺は母さんの言葉を繰り返しながら、かつての事を思い出し天を仰いだ。
半年前まではずっと一緒に居たのに、今では遠い空の下だ。
俺はあっという間の半年であったが、母さんたちはそう思わなかったのだろう。
そこに、遠い現実を感じてしまう。
「わかればえぇんよ。わかれば。長いからと言って、お前が何かする必要はないんやから」
「オンライン通話とかもあるけど」
「ここいらにネットワークなんて通ってる訳が無いやろ。お前が気にすることやない」
「……わかった」
「おぉ。私も色々言ったけどな。村中で有名なんやよ。カケルは医者になる為に都会へ行った! ってな。女の子もキャーキャーやで」
「そうかい」
「あんまり興味無さそうやねぇ」
「恋愛とかにハマる様な年でも無いもんで」
俺は色恋沙汰の話を吹っかけて来た母さんに適当な言葉を返しながら、先ほど通話を切ってしまった夢美ちゃんからの返答にスマホを開く。
急いで……というワケでは無いが、それなりに早く送った返答は夢美ちゃんからの納得を得て、静かに終わりへと向かう。
どの道、夏休みの半分はここに居る以上、都会で行われる花火大会に行く事など出来ないのだ。
だから、彼女が納得してくれた事は嬉しかった。
『残念です』
『申し訳ない』
『いえいえ。先ほどお電話に出られたのも、弟様という事ですし。先生は間違いなくご実家へ戻られる電車に乗ったと報告を聞きましたし。どうかゆっくりとお過ごしください』
『悪いね。また家庭教師の時はよろしく』
『はい!』
夢美ちゃんとの会話を終わらせて、俺はメッセージアプリを閉じながらスマホをポケットにしまった。
色々と波乱はあったが、終わったらしくて平和になった……。
「兄ちゃん!!」
「うぉっ!」
と思っていたのだが、不意にドタドタと走る小さな影が、俺の背中に飛び移って、叫ぶ。
俺は後ろから飛び込んできたユウヤに倒され、板張りの床にうつ伏せで倒れてしまった。
「兄ちゃん! どこに行ったかと思った!」
「俺はここに居る。居るから降りろ」
「いややー!」
まるで子泣き爺の様に俺の背中にしがみついたユウヤは俺に抱き着いたまま叫んでおり、俺はユウヤが落ちない様に左手で支えながら起き上がる。
そして、穏やかな顔をしながら笑っている母さんを見やった。
「何笑ってんだよ」
「いや? 親子みたいだなと思ってな」
「バカ言ってんなよ」
俺は小さな声で母さんに反論しながら、どこかに腰を下ろすかとしていたのだが。
不意に後ろから大きな声が聞こえる。
「花火大会や! 花火大会やろ!」
「はぁ?」
「花火大会か。それも良いかもな」
「いや、母さん?」
「カケルが帰ってくるってんで、花火を大量に買ってんよ。ユウヤに付き合ってやり」
「……仕方ねぇなぁ。ほれ、ユウヤ。花火大会の準備するか!」
「おー! やろうやろう!」
俺はユウヤを落とさない様に注意しながら、花火が保管されているという場所へと向かった。
母さんの昼ご飯に、大量の花火。
夏が来た。という様な感じがした。





