第63話 ―― 開かずの塔と、残された記録
水路が動き出してから数日。
魔王城の中では、小さな変化が続いていた。
灯りがつく廊下。
水の使える厨房。
そして――
「……ここ、まだ入ってないんだよね」
フェリは城の中庭から見上げていた。
城の一角にそびえる、高い石の塔。
他の建物よりも古く見える部分だ。
リリが静かに言う。
「扉が固く閉ざされていた場所ですね」
レオンも腕を組んで見上げた。
「昨日、職人が扉の前まで行ったらしい」
「だが」
視線をフェリに向ける。
「開かなかった」
フェリが首を傾げる。
「壊れてる?」
そのとき。
後ろから元気な声がした。
「違う!」
ルナだった。
帽子を押さえながら走ってくる。
「壊れてない!」
フェリが振り向く。
「ルナ?」
ルナは塔を指差した。
「魔導封印!」
ミリアスが眉を上げる。
「封印ですか」
ルナはうんうん頷く。
「昨日見た!」
「扉に回路ある!」
フェリが苦笑する。
「また回路?」
ルナは真剣だった。
「うん」
「かなり古い」
そして小さく言う。
「たぶん」
「この城の最初の設備」
数分後。
フェリたちは塔の入口に立っていた。
分厚い石の扉。
苔むした壁。
そして扉の表面には、かすかに紋様が刻まれている。
ルナが近づく。
「これ」
指でなぞる。
「魔導認証」
トーマが後ろから覗き込む。
「また魔導か……」
ルナは振り向いた。
「でも今までと違う」
フェリが聞く。
「どう違うの?」
ルナは少し迷ってから言った。
「これ」
フェリを指差す。
「フェリちゃん用」
フェリが固まる。
「え?」
レオンが低く言う。
「どういう意味だ」
ルナは肩をすくめた。
「たぶん」
「城の主用」
その言葉に、全員が黙った。
フェリは扉を見た。
古い石。
長い年月、誰にも開けられなかった場所。
「……触っていいの?」
ルナが頷く。
「たぶん」
「それで開く」
フェリはゆっくり手を伸ばした。
冷たい石の扉。
そっと触れる。
その瞬間。
淡い光が、扉の紋様を走った。
ぱあっと、魔導回路が浮かび上がる。
「うわっ」
トーマが驚く。
「光った!」
低い音が響く。
ごごご……。
石の扉が、ゆっくりと動いた。
長い間閉ざされていた塔が、わずかに口を開ける。
中は暗かった。
だが、奥に螺旋階段が続いているのが見える。
ルナが目を輝かせる。
「やっぱり!」
フェリは少し緊張していた。
「……登る?」
レオンが頷く。
「俺も行く」
リリも静かに続く。
「私も」
塔の中は静かだった。
長い螺旋階段。
古い石壁。
だが途中で、ぽう、と灯りがつく。
魔導灯だった。
フェリが驚く。
「ここも動いてる」
ルナが得意そうに言う。
「城の回路つながってるから!」
しばらく登ると――
小さな部屋にたどり着いた。
塔の最上階。
丸い部屋。
中央に古い机。
そして――
本棚。
ミリアスが静かに言う。
「……書庫」
ルナが目を丸くした。
「古代書物かも!」
フェリは机に近づいた。
その上には、一冊の古い本が置かれている。
埃はほとんど積もっていない。
まるで、誰かが置いたばかりのようだった。
フェリはそっと開く。
最初のページ。
そこには、古い文字が書かれていた。
――もしこの記録を読む者がいるなら。
フェリは思わず息を止めた。
ページをめくる。
――この城は、まだ終わっていない。
――魔王の城は、滅びてはいない。
――もし次の主が現れたなら。
――この城を、目覚めさせてほしい。
フェリは小さく呟いた。
「……これ」
ルナが横から覗く。
「読める?」
フェリはゆっくり頷いた。
「たぶん」
そして次の行を読む。
――魔力炉は仮のもの。
――本来の核は、城のさらに深部にある。
レオンが低く言う。
「やはり核があるか」
フェリは最後の一文を読んだ。
――城は主を待っている。
部屋の中は、しばらく静かだった。
フェリは本を閉じる。
窓の外を見る。
城の外では、職人たちが働いている。
城下町になり始めた土地。
そしてこの城。
まだ知らない仕組み。
まだ眠っている設備。
フェリは小さく笑った。
「……やること増えたね」
ルナが元気よく言った。
「うん!」
レオンも静かに頷く。
「ならば探すだけだ」
ミリアスが言う。
「この城の核を」
こうして――
魔王城の奥に眠る、本当の力を探すことになった。




