第62話 ―― 動き出す水路と、城の目覚め
魔導灯が灯り始めた翌日。
城の中では、また別の変化が起きていた。
「……あれ?」
石工の青年トーマは、工具袋を肩にかけたまま足を止めた。
城の一階。
古い石の廊下。
その端に、小さな水溜まりができていた。
「昨日こんなのあったっけ?」
しゃがみこんで触ってみる。
冷たい。
本物の水だ。
「おい、誰か水こぼしたのか?」
近くで作業していた大工が顔を出す。
「いや、俺じゃないぞ」
そのとき。
廊下の壁の下――
細い石の溝から、ちょろちょろと水が流れてきているのが見えた。
「……え?」
トーマは目を丸くする。
「水、出てるぞ」
数分後。
フェリたちは、城の厨房に集まっていた。
大きな石造りの部屋。
古い竈と調理台が並んでいる。
だが長い間使われていなかった場所だ。
その部屋の奥で――
石の蛇口から、水が流れていた。
とくとくと。
静かな音を立てて。
フェリが呟く。
「……水出てる」
ルナが大はしゃぎだった。
「やっぱり!」
蛇口の下に手を差し出す。
「冷たい!」
リリも少し驚いた顔をしていた。
「水路が動いたのでしょうか」
ミリアスが床を見て言う。
「城の地下に水路があるのは確認しています」
「ですが今までは完全に止まっていました」
レオンが腕を組む。
「魔力炉の影響か」
ルナが元気よく頷く。
「うん!」
「城の設備、少しずつ起きてる!」
厨房の入口では、職人たちがざわざわしていた。
「ほんとに水出てるぞ」
「昨日まで空だったよな?」
「この城どうなってんだ」
トーマが興味津々で中を覗く。
「すげえな……」
そのときルナが振り向いた。
「石工くん!」
「トーマ!」
急に呼ばれてびくっとする。
「え、俺?」
ルナはにこにこしていた。
「手伝って!」
「この床、たぶん回路ある!」
トーマが目を瞬く。
「回路?」
ルナは床を指差す。
石の隙間に、うっすらと線が刻まれている。
「水路制御の魔導回路!」
トーマは顔を近づけた。
「……ただの石にしか見えない」
ルナが胸を張る。
「だから古代魔導!」
フェリが苦笑する。
「説明になってないよそれ」
ルナは床にしゃがみこんだ。
帽子がずれている。
「ここ欠けてる」
「だから水ちょっと弱い」
トーマが驚く。
「そんなの分かるのか?」
「うん」
ルナはあっさり言う。
「おじいちゃんに教わった」
そしてトーマを見る。
「石削るの得意?」
「そりゃ石工だからな」
「じゃあここ」
ルナが指で印をつける。
「少し削って」
トーマは少し迷った。
「……城壊して怒られない?」
フェリが笑った。
「大丈夫」
「たぶんルナの方がこの城詳しいから」
トーマは肩をすくめた。
「じゃあやるか」
工具を取り出す。
慎重に、石を少し削る。
かつん。
小さな音。
その瞬間。
とく、とく、とく。
水の流れる音が強くなった。
「おお!?」
職人たちが驚く。
蛇口から出る水の量が、はっきり増えていた。
トーマが目を丸くする。
「ほんとに変わったぞ!」
ルナは満足そうだった。
「ほらね」
フェリが笑う。
「ルナすごい」
ルナは照れたように帽子を押さえる。
「まあね」
レオンが厨房を見渡した。
「水が使えるなら」
「この部屋も使えるな」
ミリアスが頷く。
「食事の準備が城内で可能になります」
フェリが少し考える。
「今までは外の仮設だったもんね」
ルナが指を立てた。
「まだあるよ!」
フェリが振り向く。
「まだ?」
ルナはにやっと笑う。
「この城」
「水路」
「灯り」
「結界」
指を折って数える。
「ぜんぶつながってる」
そして言う。
「だから」
「核見つけたら」
天井を見上げる。
「もっと動く」
フェリはしばらく厨房を見回していた。
古い竈。
流れる水。
灯りのある廊下。
昨日まで廃墟だった場所。
それが、少しずつ変わっている。
「なんかさ」
ぽつりと言う。
「この城」
リリが静かに微笑む。
「はい」
フェリは笑った。
「ほんとに起きてきてるね」
そしてその頃。城のさらに奥。
まだ誰も入ったことのない塔の最上階で――
かすかに。古い魔導陣が、淡く光り始めていた。




