第61話 ―― 灯りの戻る廊下と、ざわめき始める城
地下の魔力炉が動き出したその夜。
城の上階では、まだ誰もその変化に気づいていなかった。
翌朝。
石工の青年トーマは、いつものように城の廊下を歩いていた。
手には工具袋。
今日は二階の壁のひびを補修する仕事の予定だった。
「朝から寒いなあ……」
古い城は冷える。
石壁ばかりで、風も通る。
職人たちは皆、厚着で作業していた。
そのときだった。
ふっ。
廊下の奥で、何かが光った。
「……ん?」
トーマは立ち止まった。
壁の上。
古い金属の器具が並んでいる。
ずっと前からそこにあったものだ。
だが今まで、一度も使われているのを見たことがない。
それが――
ぽう、と淡く光っていた。
「……え?」
思わず近づく。
魔導灯だった。
古い城の照明装置。
壊れていると思われていたそれが、今は柔らかい光を放っている。
「おい!」
トーマが大声を上げた。
「誰か来てくれ!」
近くで作業していた大工たちが顔を出す。
「どうした?」
「見てくれよこれ!」
大工の一人が目を丸くする。
「……灯り?」
「昨日までついてなかったよな?」
職人たちがざわざわと集まり始める。
一方そのころ。
城の中庭では、ミリアスが朝の確認をしていた。
「資材の搬入は予定通りです」
横でセレナが書類を見ながら頷く。
「食料の補充も問題ないわね」
そのとき。
城の入口から、職人が慌てて走ってきた。
「た、大変です!」
ミリアスが振り向く。
「何かありましたか?」
「城の中で――」
息を切らしながら言う。
「灯りがつきました!」
セレナが眉を上げた。
「灯り?」
数分後。
フェリたちは二階の廊下に立っていた。
リリ。
レオン。
ルナ。
ミリアス。
そして数人の職人。
廊下の壁に並ぶ魔導灯が、淡く光っている。
フェリがぽかんとする。
「……ほんとだ」
ルナが目を輝かせた。
「動いてる!」
職人たちは半信半疑だった。
「昨日まで壊れてたはずなんだ」
「触ってないぞ俺たち」
ミリアスが静かに言う。
「おそらく」
「昨夜の魔力炉の影響でしょう」
フェリが腕を組む。
「地下のやつ?」
ルナが元気よく頷いた。
「うん!」
「城の回路に魔力流れ始めた!」
レオンが廊下の奥を見る。
「全部か?」
ルナは首を振る。
「まだちょっと」
「でも」
壁を軽く叩く。
「城、起きてきてる」
その頃。
城の外。
ミレナ・ヴァレストは、建設中の宿の前に立っていた。
木材が運ばれ、大工たちが忙しく働いている。
仮設の建物も増え始めていた。
ミレナは周囲を見渡す。
荷馬車。
職人。
商人。
確実に人が増えている。
「順調ですね」
横で帳簿を持った従業員が言う。
「宿の第一棟は、三日後に使えそうです」
ミレナが頷いた。
そのとき。城の方を見る。
朝日が石壁を照らしている。
そして。
城の窓の一部が、かすかに光っていた。
「……?」
ミレナは目を細めた。
昨日までは、ただの廃城だった。
だが今日は違う。
城に灯りがある。
ミレナは小さく呟いた。
「動き始めましたね」
誰に言うでもなく。ただ確信していた。
この場所は――
ただの修復現場では終わらない。
町になる。
それも、かなり大きな町に。
城の中。
フェリは廊下の灯りを見上げていた。
「なんかさ」
ぽつりと言う。
「ほんとに城っぽくなってきたね」
ルナが笑う。
「まだ序の口!」
フェリが振り向く。
「え?」
ルナは指を立てた。
「魔力炉、仮想核だから」
「まだ力ちょっと」
そしてニヤッとする。
「でも」
「本物の核あったら」
天井を指差す。
「この城、全部動く」
レオンが低く言った。
「つまり」
「核を見つける必要がある」
ミリアスが頷く。
「そうなりますね」
フェリは廊下の灯りをもう一度見た。
小さな光。
だが確かに変化は始まっている。
「じゃあ」
フェリは言った。
「この城、ちゃんと起こさないとね」
静かだった魔王城は――
今、少しずつ息を吹き返し始めていた。




