第55話 ―― 宿の基礎と、小さな光
魔王城の外は、朝から忙しかった。
昨日決まったばかりの宿の建設が、すでに本格的に始まっている。
杭を打つ音。
石を運ぶ声。
荷車が往復する音。
作業の中心に立っているのは、ミレナ・ヴァレストだった。
「そこの石材は北側です」
「宿は三棟。最初は作業員用の簡易宿を優先してください」
「井戸の位置はここ。水場は無駄に動かさない方がいいです」
彼女の指示は迷いがない。
職人たちもすぐに動く。
「了解!」
「基礎掘るぞ!」
「柱準備!」
フェリは城の外壁の上から、その様子を見ていた。
「……すごいね」
隣でリリが頷く。
「行動が早いですね」
昨日許可したばかりなのに、もう建設が始まっている。
ミリアスが少し感心したように言った。
「都市商人ですから」
「土地を見ると、すぐ動きます」
そこへ、セレナが歩いてきた。
「どう? 悪くないでしょ」
フェリは笑う。
「うん。頼もしい」
セレナは外を眺めながら言う。
「宿ができれば、人はもっと集まる」
「職人だけじゃなくてね」
フェリが首を傾げる。
「他にも来るの?」
「商人、料理人、荷運び、雑貨屋」
セレナは指を折った。
「町になるなら、必要な連中よ」
フェリは少し驚いた顔になる。
「そこまで?」
セレナは肩をすくめた。
「もう始まってるわよ」
外では、すでに露店のような小さな店を出そうとしている者もいた。
まだ布を張っただけの簡易なものだが、それでも人は集まる。
「……本当に町になりそう」
フェリが呟いたときだった。
「フェリちゃん!」
聞き慣れた声が響いた。
ルナが城の門から走ってくる。
帽子が大きく揺れている。
「ちょっと来て!」
フェリは苦笑する。
「また何か見つけた?」
「うん!」
ルナは大きく頷いた。
「昨日の回路!」
◇
城の奥の廊下。
昨日ルナが見つけた古代魔導回路の前に、数人が集まっていた。
若い石工の青年もいる。
「ここです」
彼が床を指さす。
石の隙間に、細い線が刻まれている。
ルナはしゃがみ込んで、それをじっと見た。
「やっぱりここ」
指で線をなぞる。
「結界回路の分岐」
ミリアスが腕を組んだ。
「昨日は動かなかったな」
ルナは頷く。
「魔力足りなかった」
フェリが苦笑する。
「この城、魔力炉空っぽだしね」
リリが静かに言った。
「ですが、昨日は反応しました」
「はい」
ルナは少し嬉しそうだった。
「だから試したい」
レオンが聞く。
「何をだ」
ルナは小さな袋を取り出した。
中から、小さな石をいくつか出す。
「魔石?」
フェリが言う。
「うん」
ルナは頷く。
「弱いけど、魔力ある」
ミリアスが眉を上げる。
「回路の補助か」
「そう!」
ルナは笑う。
「おじいちゃんがよくやってた」
石工の青年が不安そうに聞く。
「……爆発とかしませんよね?」
ルナは少し考えた。
「たぶん」
「たぶん!?」
フェリが吹き出す。
「大丈夫だよ」
ルナは床の溝に魔石をはめ込んだ。
一つ。
二つ。
三つ。
「これで……」
彼女は床に手を置いた。
「回路、つながる」
しばらく沈黙。
何も起きない。
石工の青年が小声で言う。
「やっぱり……」
その瞬間。
細い光が、石の線を流れた。
ぱあっと、淡い光が床を走る。
「!」
フェリが目を見開く。
光は廊下の壁へ広がり――
すぐに消えた。
静寂が戻る。
ルナがゆっくり顔を上げた。
「……動いた」
ミリアスが低く言う。
「確かに」
レオンも頷く。
「城が反応した」
石工の青年は呆然としていた。
「本当に……魔導回路だった」
ルナは立ち上がり、帽子を押さえる。
「うん」
少し誇らしげに言う。
「まだいっぱいある」
フェリが聞いた。
「どれくらい?」
ルナは城の奥を見た。
「わかんない」
それから笑う。
「でも、この城」
「全部つながってる」
フェリはその言葉を聞いて、城の奥を見た。
崩れた壁。
暗い廊下。
眠ったままの部屋。
もし本当に――
この城の魔導がまだ生きているのだとしたら。
フェリは小さく笑った。
「……面白くなってきた」
城の外では宿の建設が進み。
城の中では古代魔導が目を覚まし始めている。
――魔王城は、少しずつ。
確実に、変わり始めていた。




