第51話 ―― 紋章の修復と、若い石工たち
翌朝。
城の奥の廊下には、昨日より少しだけ人が増えていた。
石を運ぶ若い職人たちの声が、古い城の中に響いている。
「この壁、かなり古いな」
「崩れてないだけマシだろ」
「でも石の質は良いぞ」
若い石工の一人が、壁を叩きながら感心したように言った。
フェリは少し離れた場所からその様子を眺めている。
隣にはリリとレオン、ミリアス。
そしてルナが腕を組んで、壁をじっと見ていた。
昨日見つかった――あの紋章。
壁の石をどかしたことで、薄く光る古い魔導紋様が姿を現した場所だ。
ただし今は、その光はかなり弱くなっている。
「やっぱり壊れてるね」
ルナがぽつりと言った。
フェリが首を傾げる。
「壊れてるって?」
「紋章の線が途中で切れてるの」
ルナは壁の石を指差した。
石の隙間に刻まれた細い線が、途中で途切れている。
「石がずれて、紋章が崩れてる」
ミリアスが頷いた。
「城が長く放置されていた影響でしょう」
レオンが腕を組む。
「直せるのか?」
ルナは少し考えてから答えた。
「紋章自体は直せる」
それから、後ろを振り返った。
そこでは若い石工たちが作業をしている。
「でも石は私じゃ直せない」
フェリは少し笑った。
「じゃあ、頼んでみよっか」
呼ばれたのは、昨日から働いている若い石工の一人だった。
短い髪の、まだ二十歳前後の青年だ。
「呼びました?」
フェリは壁を指差す。
「この石、少し直せる?」
青年は近づいて壁を見た。
しばらく黙って観察する。
それから言った。
「……ああ、なるほど」
指で石を軽く叩く。
「これ、石が沈んでるだけですね」
「沈んでる?」
「はい。下の支えが崩れてる」
彼は腰の道具袋から小さな鉄棒を取り出した。
石の隙間に差し込む。
ぐっと押すと――
石がわずかに動いた。
「ほら」
「おお……」
フェリが少し感心した声を出す。
青年は少し照れたように笑った。
「石は正直なんです」
それから仲間に声をかけた。
「おーい、こっち来てくれ!」
すぐに数人の石工が集まる。
男女混じった若い職人たちだ。
「どうした?」
「石がずれてる。ここ持ち上げるぞ」
「了解」
彼らは慣れた手つきで石を少しだけ浮かせ、下に新しい石片を入れた。
石が元の位置に戻る。
カン、と軽い音が響いた。
その瞬間。
壁の紋章が、ふっと光った。
「……あ」
フェリが思わず声を漏らす。
さっきよりもはっきりと、紋章が淡く輝いている。
ルナが目を丸くした。
「つながった」
石工の青年が首を傾げる。
「つながった?」
ルナは慌てて誤魔化した。
「え、えっと、模様がね!」
青年は特に気にした様子もなく笑った。
「古い建物って、こういう変な模様多いですよね」
「だよね」
フェリも頷く。
レオンは腕を組んだまま、紋章を見ていた。
「……なるほど」
ミリアスも小さく呟く。
「城の構造と連動しているのかもしれません」
その言葉に、フェリは紋章を見上げた。
城の壁の奥へと、細い線が続いている。
まるで――
城全体へ広がっているかのように。
ルナもそれに気づいたらしい。
小さく呟いた。
「……これ、一つじゃない」
フェリが聞き返す。
「え?」
ルナは城の奥の廊下を指差した。
「たぶん、この城」
少し笑う。
「こういう紋章、まだいっぱいある」
フェリは少しだけ目を丸くした。
そして、くすっと笑う。
「じゃあ」
廊下の奥を見ながら言った。
「まだまだ直すところ、ありそうだね」
石を叩く音が、再び城の中に響き始めた。
古い城は、少しずつ――
ゆっくりと息を吹き返し始めていた。




