第49話 ―― 修復の現場と、交わる視線
翌朝の魔王城は、思った以上に賑やかだった。
石を削る音。
資材を運ぶ掛け声。
あちこちで若い職人たちの声が響いている。
「そっち持ち上げるぞー!」
「待て待て、まだ固定してない!」
「誰か石灰持ってきてくれ!」
フェリは王の間の外に出て、その光景を見上げた。
「……なんか、ちょっと安心するね」
隣でリリが微笑む。
「はい。城らしくなってきました」
少し離れた位置ではレオンが腕を組み、職人たちの動きを観察している。
ミリアスは資材の搬入経路を確認していた。
そしてその後ろに、黒い外套の女性が静かに立っている。
カティア・ヴェルグレイ。
彼女は目の前の光景を、黙って見ていた。
「……意外ですね」
ぽつりと呟く。
フェリが振り向く。
「そう?」
「はい」
カティアは少しだけ目を細めた。
「城の修復、と聞いていたので」
視線が作業現場へ向く。
「もっと重苦しい雰囲気かと思っていました」
若い石工の一人が笑いながら石を運んでいる。
その横ではオークのガルドが、大きな資材を軽々と持ち上げていた。
「おい、そっちは任せろ!」
「助かります!」
人間と魔物が、普通に声を掛け合っている。
カティアの視線がわずかに動いた。
「……なるほど」
フェリは少しだけ肩をすくめる。
「だって、城を直すだけだし」
「戦争ではありませんからね」
カティアが静かに言う。
そのときだった。
「すみませーん!」
遠くから若い石工が駆けてくる。
「ちょっと見てもらえますか!」
フェリが首を傾げる。
「どうしたの?」
「奥の通路の壁なんですけど……変な模様が出てきて」
レオンが眉をひそめた。
「模様?」
「はい、石を外したら急に……光って」
フェリとリリは顔を見合わせた。
「……行ってみよっか」
レオンとミリアスも後ろに続く。
カティアも少し間を置いて歩き出した。
案内されたのは、城の奥に続く古い通路だった。
壁はひび割れ、天井の石もところどころ崩れている。
その途中で石工が立ち止まる。
「ここです」
指差した先。
石壁の一部に、薄く光る紋様が浮かんでいた。
フェリが目を瞬く。
「……なにこれ」
若い石工が頭を掻く。
「自分たちもよく分からなくて……」
指で壁を示す。
「この辺の石を外したら、急に光り出したんです」
レオンが一歩前に出る。
じっと紋様を見つめた。
「……古い魔法機構だな」
ミリアスも近づく。
「防衛系統か、もしくは城内設備の一部でしょう」
フェリは壁を見上げた。
「え、こんなのまだ残ってるの?」
「古い城ですから」
ミリアスは淡々と答える。
「むしろ残っていて当然です」
そのときだった。
後ろでカティアが静かに言う。
「……興味深い」
全員の視線が彼女へ向く。
カティアは光る紋様を見ていた。
紫の瞳がわずかに細くなる。
「これは、かなり古い魔導機構ですね」
「分かるの?」
フェリが聞く。
カティアは頷いた。
「覇王城にも、似たようなものがいくつか残っています」
一拍置き、続ける。
「ただし――」
視線がフェリへ向く。
「ここまで保存されている例は、珍しい」
石工たちは少し離れて様子を見ている。
レオンが低く言う。
「不用意に触るな」
「はい!」
石工たちは慌てて頷いた。
フェリも苦笑する。
「うん、それはさすがに怖い」
廊下に静かな空気が流れる。
光る紋様は、ゆっくりと脈打っていた。
カティアはその光を見つめながら、静かに呟く。
「……なるほど」
フェリが首を傾げる。
「なにが?」
カティアは少しだけ微笑んだ。
「いえ」
視線を城の奥へ向ける。
「この城は、思っていた以上に面白そうです」
フェリは少しだけ首を傾げたまま、壁の紋様を見上げる。
魔王城には、まだ直す場所が山ほどある。
――そしてどうやら
この城の中には、まだ知らないものも多く残っているらしかった。




