第46話 ―― 整い始めた現場と、芽吹く違和感
魔王城の朝は、以前よりも明らかに音が増えていた。
石を打つ乾いた音。
木材を削る軽快な響き。
そして、若い職人たちの遠慮のない笑い声。
フェリは高台からその様子を静かに見下ろしていた。
「……ずいぶん、賑やかになりましたね」
隣に立つレオンが、わずかに口元を緩める。
「黒薔薇商会経由が三割、あとは口コミと紹介だ。予想より早い」
現在、城の修復に入っている職人は四十七名。
その大半が二十代前後の若い石工と大工たちだった。
そして――
「年配の職人は、やはり来ませんか」
フェリの問いに、レオンは即座に頷いた。
「立地で勘づいている者が多い。無理もない」
魔王城近辺。
この土地に長く生きてきた職人ほど、ここが何であったかを知っている。
だから来ない。
逆に言えば――
「若い者ほど、先入観がない」
「……はい」
フェリは小さく息を吐いた。
これは想定通り。
むしろ、今はこの流れが最も望ましい。
経験豊富な老練者は、いずれ必要になる。
だが今は、城の空気を染める段階だ。
「まずは、ここを“普通の仕事場”に変えましょう」
フェリの声は、穏やかだったが。
レオンの目が、わずかに細くなる。
「普通、か」
「ええ。怖がられない場所に」
その言葉の直後だった。
下の作業場から、ぱっと明るい声が上がる。
「おーい! 昼飯もう来てるぞ!」
若い大工の一人が、手を振って仲間を呼んでいる。
運び込まれているのは、城近辺の貸し宿から届いた温かい食事だ。
黒パンと干し肉だけだった以前とは違い、今は簡素ながらも温かい煮込みが付く。
「……飯が出る現場なんて初めて見た」
「しかも部屋付きだぞ? やばくね?」
「やばいのはお前の語彙だ」
笑い声が広がる。
フェリは、その光景をしばらく黙って見つめていた。
恐怖は、もうほとんど無い。
あるのは――
戸惑いと、期待と、少しの高揚。
「順調すぎて、逆に不安になりますね」
フェリがぽつりと漏らすと、レオンは低く答えた。
「崩れる時は、こういう時だ」
「ええ」
視線を、城壁の修復箇所へ移す。
まだ修復は始まったばかり。
王の間と寝室以外は、ほとんど手つかずだ。
人手も、資材も、まだ足りない。
だが、確実に、流れは変わり始めている。
その時。
「……ん?」
レオンが、わずかに眉を動かした。
フェリも気配に気づき、視線を下へ向ける。
石材の山の近くで、若い石工の一人が首を傾げていた。
「どうした?」
仲間に声をかけられ、彼は少し言い淀む。
「いや……なんか、この壁――」
一瞬。フェリの指先が、ぴくりと動いた。
若い石工は、修復途中の城壁に触れながら言う。
「……妙に、保存状態よくないか?」
空気が、ほんのわずかに張り詰めた。
だが次の瞬間。
「お前なぁ、古い城なんてこんなもんだろ」
「そういうもんか?」
「そういうもんだ」
仲間に笑い飛ばされ、石工も肩をすくめた。
「ま、いいか」
再び作業音が戻る。
フェリは――
静かに、息を吐いた。
「……鋭い子がいますね」
「若いが、目は悪くない」
レオンの声は低い。
だが、その口元は――ほんのわずかに楽しげだった。
フェリは、城をもう一度見上げる。
(急ぎすぎないこと)
(でも、止まりすぎないこと)
人は集まり始めた。
現場は動き始めた。
ここから先は――この流れを、どこまで自然に広げられるか。
フェリは静かに踵を返した。
「……次の手を、打ちましょうか」
――魔王城の再生は、まだ始まったばかりだった。




