第45話 ―― 魔王の帰還と、働きやすい現場
内政パート その2
朝靄の残る街道を、三つの影が進んでいた。
フェリ、リリ、レオン。
先行組は予定通り、徒歩で魔王城へ向かっている。
「……思ったより、順調だね」
フェリがぽつりと口にする。
レオンは周囲を警戒したまま答えた。
「尾行はない。少なくとも今は」
リリも静かに頷く。
「はい。監視系の魔力反応も確認できません」
フェリは小さく息を吐いた。
「よかった」
だが、足は止めない。
歩く。
あくまで自然に。
やがて――
森の切れ目の向こうに、巨大な城影が姿を現した。
半壊の外壁。
だが、それでもなお威圧感の残る古城。
フェリの赤い瞳が、わずかに細まる。
「……うん。ちゃんと残ってる」
その声音は、いつもよりほんの少しだけ低かった。
レオンが横目で見る。
「感慨に浸るのは後だ。中の様子を確認する」
「はーい」
軽く返しながらも、フェリの視線は一瞬だけ城全体をなぞった。
城門をくぐると、すぐに作業音が耳に入ってきた。
ガン、ガン、ガン。
思っていたより――人の気配が多い。
「……増えてる」
フェリが素直に口に出す。
視界の先。王の間へ続く中庭では、
若い大工や石工たちが忙しなく動いていた。
男女混成。
数は、明らかに数十規模。
彼らはまだ、フェリたちの正体に気づいていない。
「資材こっち回して!」
「梁、もう一本いける!」
現場の空気は、想像以上に前向きだった。
リリが小さく微笑む。
「良い雰囲気ですね、フェリちゃん」
レオンは低く分析する。
「統制は甘いが……士気は高い」
そのとき。
若い女性の職人が、資材を抱えたままフェリたちに気づいた。
「あれ? 見ない顔……新しく入った人?」
ごく自然な反応だった。
フェリは一瞬だけ目を瞬かせ――
次の瞬間には、いつもの柔らかい笑み。
「うん、そんな感じ。今日からちょっと様子見に」
魔王の気配は、きれいに沈めている。
女性職人は、あっさり頷いた。
「そっか! なら受付あっちだよ。
あと足場気をつけてね、結構ガタついてるから」
気さくな忠告。
フェリは素直に頭を下げた。
「ありがとう」
そのやり取りを、レオンが無言で見ている。
リリの口元も、わずかに緩んでいた。
――警戒されていない。
これは、かなり大きい。
少し進んだところで、ミリアスがこちらに気づいた。
一瞬だけ目を見開き――
すぐに平静へ戻す。
「……お早い到着で」
声は、あくまで事務的。
フェリも自然に合わせる。
「様子、見に来たよ」
ミリアスは小さく頷いた。
「現状、第一段階は順調です」
そのとき、近くの作業員たちの会話が耳に入る。
「ここ、飯うまくない?」
「わかる。宿も普通に寝れるし」
「前の現場、床で雑魚寝だったぞ俺」
「日当もちゃんと出てるしな……」
フェリの耳が、ぴくりと動いた。
リリが小声で囁く。
「……評判、上々のようです」
フェリは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「それは、よかった」
声は小さい。
だが――赤い瞳の奥に、確かな手応えが灯る。
この城は、もう“死んだ場所”ではない。
ゆっくりと。だが確実に。
人が集まり、音が戻り、営みが根を張り始めている。
――そして
フェリはまだ気づいていなかった。
この“働きやすい現場”という評判が、
想定よりもずっと早く、外の世界へ広がり始めていることに。




