第42話 ―― 帰還の足音と、集い始める手
2本目
街道に残る戦闘の気配が、ゆっくりと遠ざかっていく。
フェリたちは歩みを再開していた。
転移は使わない。
あえて、足で帰る。
その選択に、エルドリックは何も言わなかったが
――背中に向けられていた視線は、最後まで途切れなかった。
「……やっぱり、見送るだけでしたね」
ルナが小さく呟く。
「様子見だろうな」
レオンの声は低い。
リリはフェリの少し後ろを歩きながら、
静かに周囲を警戒している。
「フェリちゃん、お疲れではありませんか?」
「大丈夫。まだ歩けるよ」
そう答えてから、フェリは一度だけ後ろを振り返った。
追手の気配はない。
けれど。
「……急ごうか」
今度は、はっきり口に出す。
レオンが短く頷いた。
一行は、わずかに歩調を上げた。
目指すのは、まず屋敷。
そして――その先。
まだ多くに明かしていない、本当の拠点へ。
その頃。
魔王城では、乾いた石の音が規則的に響いていた。
ガン、ガン、と。
広い王の間には、あまりにも人数が少ない。
「……柱の歪み、ここで止めます」
ガルムの低い声と共に、石材がぴたりとはまる。
だが、その動きはどうしても追いつかない。
セレナは腕を組み、静かに周囲を見渡した。
「……やっぱり、手が足りないわね」
誰も否定しない。
現在、修復に当たっているのは五名のみ。
王の間と王の寝室――
最優先箇所に絞って、ようやく形を整えている段階だ。
ミリアスが淡々と告げる。
「現状戦力のままでは、外周修復完了まで推定六ヶ月以上」
空気が、少しだけ重くなる。
狼頭のシルヴィアが鼻を鳴らした。
「敵が来る方が早そうだな」
冗談ではない現実だった。
しばしの沈黙。
やがてセレナが、小さく息を吐く。
「……仕方ないわね」
ぱちん、と扇を閉じた。
全員の視線が集まる。
セレナの唇が、わずかに上がった。
「人手が足りないなら――集めればいいだけの話よ」
ミリアスの眉がわずかに動く。
「当ては?」
「あるわ。というより、もう撒いてある」
その一言に、空気が微かに変わった。
セレナはさらりと言う。
「黒薔薇商会の裏ルートで、
“好条件の復興案件”として人を流し始めてる」
ガルムの手が、ほんの一瞬止まった。
狼頭のシルヴィアも目を細める。
「……いつの間に」
「フェリが帝国に目を付けられた時点で、最悪は想定済みよ」
さらりと言い切る。
さすがにミリアスが小さく息を吐いた。
「用意が良すぎますね」
セレナは肩をすくめる。
「ブラックな現場に嫌気が差してる職人なんて、世の中に山ほどいるの」
扇の先で、
半壊した王の間を示す。
「ここは“高待遇・安全圏・実力評価”。来ない理由がないわ」
静かな確信。
そして――
狼頭のシルヴィアの耳が、ぴくりと動いた。
「……来るぞ」
全員の視線が、崩れかけた大扉へ向く。
重い音。
ぎ……と、軋みながら扉がわずかに開いた。
外から、恐る恐る覗き込む影が一つ。
まだ若い石工風の男だった。
「あ、あの……黒薔薇商会の紹介で……復興の仕事があるって……」
王の間の空気が、静かに変わる。
セレナの口元が、ゆっくりと弧を描いた。
「――ええ。歓迎するわ」
魔王城に、最初の“自発的な手”が踏み入った瞬間だった。
そしてその流れは、
まだ始まったばかりに過ぎない。




