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新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第2章

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 新世界歴元年 6月3日

 日本帝国 東京市 千代田区

 総理官邸 執務室



『親愛なる合衆国民の皆さん。本日は我が国にとって不運な1日となりました――複数方面から行われた我が合衆国に対して行われた卑劣な攻撃は、残念ながらすべてを阻止することはできませんでしたが、その多くを事前に防ぐことに成功しました。攻撃を受けたマイアミに関してもすぐに復旧に向けた動きが始まっています。そして何より、我が合衆国へ卑劣な攻撃を仕掛けてきた相手には当然ながら報復攻撃を実施しています。もちろん、この報復だけですべてが終わるとは考えていません。幸いなことに中央アメリカ解放に向けて日本をはじめ多くの国が協力を申し出てくれています。そこで、私は各国軍と共に一大反攻作戦を中央アメリカで実施する指示を出しました――』



 総理執務室に設けられたテレビでは、アメリカのルーベンス大統領の記者会見の様子が映し出されていた。終始厳しい表情で語るルーベンス大統領。普段はどちらかといえば柔和な表情を浮かべることが多い彼にしては珍しいといえるが、それだけアメリカで現在起きていることは深刻だということだろう。そして、日本も他人事ではない。


「それで、実際の参加規模は?」


 テレビから目を離した安川は執務室に森田国防大臣と共にきていた和田統合参謀総長に尋ねる。

 4月に日本を出発した陸軍の主力部隊の装備はすでにアメリカに到着している。兵士たちも装備よりも早い段階でロサンゼルス近郊のアメリカ陸軍の駐屯地で待機していた。そもそも、今回ベルカがアメリカに攻撃を仕掛けてこなくても今月中にアメリカは日本などの連合軍部隊と共にベルカに対して大規模な反攻作戦を中央アメリカで実施する予定だったのだ。しかし、今回のアメリカ本土への攻撃でその計画が全体的に早まり、さらに作戦の規模が拡大されることになった。


「陸軍3個師団。空軍2個戦闘飛行隊が、今回の大規模反攻作戦――『パライソ作戦』に参加予定です」


 参加するのは熊本の第6機動師団と北海道の第2機甲師団。及び、秋津島の第30歩兵師団の3個師団。

 いずれも、陸軍屈指の精鋭部隊の一つであり海外での戦闘経験も豊富だ。更に近衛師団から1個機動歩兵連隊が第6機動師団に派遣されているので戦力はさらに増強されている。第2空挺旅団とヘリボーン部隊である第13機動師団はアメリカ陸軍の空挺部隊と共に各地にあるベルカ軍部隊を急襲していく予定だ。

 そして、それらの地上部隊を支援するために帝国空軍は築城の第15戦闘航空団と三沢の第2戦闘航空団からそれぞれF-15GJを装備した2個飛行隊が作戦に参加し、更にアメリカ側には83式戦闘攻撃機の2個飛行隊も待機していた。

 部隊の規模でいえば中華連邦軍や朝鮮連邦軍に比べれば少ないが「質」というレベルでは各国軍の中でも際立った戦力が日本から今回の軍事作戦に参加することになる。

 ちなみに、今回日本が中央アメリカに送り込んだのは「外征」に特化した部隊だ。

 それ以外に陸軍は追加で1個軍団をアメリカに派遣することが決まっており現在各地で準備を進めていた。早くても6月中旬にはアメリカに向けて出発する予定であった。

 最初は渋っていても一度参戦を決めれば、あとは持てる戦力を最大限に投入する――それが日本帝国という国だった。だからこそ、日本の戦力をあてにしているアメリカなどは「日本をその気にさせる」ことが重要だった。幸いながら、今回は当初から日本政府が派遣に前向きだったので交渉全般を担当していたアメリカ国務省や国防総省の担当者は安堵していたようだが。



「――しかし、米本土が攻撃を受けるとは。アメリカ政府も想定外でしょうね」


 アメリカが建国して以来。本土が外国軍による攻撃に晒されたことは一度もない。

 第一次世界大戦も、太平洋戦争もそして第二次世界大戦も主要な戦場はアメリカ本土から遠く離れた場所であり、いずれもアメリカ本土が直接攻撃されることはなかった。太平洋戦争に関しては日本が西海岸に対して爆撃や艦砲射撃などを検討していたが、これによって戦争が長期化する危険性があったこと。その計画が検討されている中で、戦争推進派であった大統領が急死したことで穏健派の副大統領が昇格し、更にイギリスなどの仲介によって一気に講和条約がまとまったことから実際に日本がアメリカ西海岸を攻撃することはなかった。

 そして、第二次世界大戦中はドイツが東海岸に大規模な空爆を計画していたが、こちらも実現されることはなかった。


 そして、第二次世界大戦後から現在まで続く東西冷戦ではそもそも核兵器を有しているアメリカ本土を攻撃なんてしようものなら、核でもって反撃され「終末戦争」になるのはわかりきっているためソ連でさえアメリカ本土にちょっかいをかけることはなかったのだ。

 唯一の例外といえば、アメリカ主要都市で起きた大規模なテロ事件だろうか。

 数千人の犠牲者を出したテロ事件はまたたく間にアメリカ世論を沸騰させ、そのテロを実行したであろう武装組織の拠点だと考えられていたアフガニスタンやイラクに対しての大規模な攻撃に繋がった。それを見た多くの国は「アメリカをブチギレさせたら何が起きるかわからない」と思ったのは無理もないだろう。ソ連や北中国も、自分たちまで消える終末戦争なんてのはしたくないのだ。


 だが、この世界は地球を含めて複数の世界が融合した世界。

 アメリカを攻撃したら何が起きるかわからない――などと、異世界の国が知っているわけがない。なのでベルカからすれば「自分たちの邪魔をしてきた国に現実を見せてやろう」とでも考えたのだろう。それを考えればベルカもまた気の毒だ。自分たちが刃を向けた相手は地球最大規模の軍事大国であり、ひどく神経質な国だったことに。


(……もし、アメリカが核で報復なんてしていたら事態は余計ややこしいことになっていたでしょうね)


 アメリカに向けて発射された弾道ミサイルは通常弾頭だったと言われている。もし、核弾頭が搭載されていれば、アメリカの報復はもう1段階上がっていただろう。それこそ、地球では起こらなかった終末戦争を前提にしたような報復が。

 だが、その危機が完全に去ったわけではない。追い詰められたベルカ連邦がその禁断の兵器を使う可能性はまだゼロではないのだから。




 ベルカ連邦 西部

 ブルーメルク州 ブルーメルク海軍基地




 ベルカ連邦西部の海沿いにあるブルーメルク州には、ベルカ海軍最大規模の海軍基地があった。

 この海軍基地を拠点にしていた第3艦隊は戦争序盤でアメリカ艦隊と戦いに敗北し壊滅したが、それでも潜水艦やフリゲート艦などが多数所属しており、引き続き同国西部における有力な海軍拠点であるのは変わらなかった。


「そういや、第2艦隊の連中の作戦成功したのかねぇ」

「成功したんじゃないか?第3艦隊は敵の不意打ちで負けたらしいが、二度も同じ手はくらわないだろうからな」

「そうだよな。しかし、アメリカって国は本当に卑怯だな。真正面からぶつかればいいのに」

「それだと、俺達に勝てるわけがないだろう?小国なりの戦い方ってやつなんだろう」

「なるほどな」


 そう言って笑い合うベルカ海軍の水兵たち。

 前線から遠く離れていることや、ベルカ軍上層部が情報統制をかけていることもあって前線から遠く離れた場所にいる兵士や、一般国民たちはアメリカをそのへんの小国だと考えている者が大半だった。第3艦隊が壊滅したことはさすがに水兵たちは知っているが、それも「アメリカによる卑劣な奇襲攻撃によって不意をつかれた」という風に説明を受けており、彼らもそれを信じていた。


「しかし、陸軍も空軍の連中もいつまで予算のことでグチグチ言ってんだろうな」

「まったくだ。大陸外進出のために海軍増強は急務というのは総統閣下の判断なんだろ?それを真っ向から否定するなんて総統閣下のお考えを否定するものだ。そのうち、総統閣下のお怒りにふれるんじゃないか?」

「まあ、そのほうがいいかもしれんな。あいつら、常に自分たちのほうが格上なんだと威張り散らしていたからな」


 水兵たちの話は次に自分たちを何かと見下してくる陸軍や空軍の兵士たちへの不満へとかわる。

 近くには陸軍や空軍の基地もあり、3軍の兵士たちは町中でよく火花を散らしていた。その中で一番格下扱いされているのが海軍だった。規模が3軍の中で最も小さく、これまで主だった戦争ではほとんど目立った活躍をしてこなかった海軍は他の2軍からは「用済みがいく場所」とまでいわれ見下されていた。

 現在の総統になってから急速に海軍予算が拡充されたことで、陸軍と空軍の海軍に対しての当たりの強さはより増した。だが、今度は総統という後ろ盾があるので海軍の将兵たちは強気でいられた。なにせ海軍の増強は総統閣下直々の命令だ。いくら、陸軍や空軍だって総統には逆らえない。

 だが、肝心の新型空母を編成した第3艦隊は敵の奇襲を受ける形で壊滅した。

 おかげで、また陸軍と空軍の連中から嫌味を言われ続けているのだ。愚痴の一つや二つもこぼしたくなるのは仕方がないだろう。


「そろそろ、仕事にもど――」


 仕事に戻るか、と同僚に声をかけようとした時「ドゴォォォン」という爆発音が周囲に響き渡った。しかも、それは一つではない複数個所から聞こえるのだ。それから遅れて数十秒後に大音量のサイレンが基地中に鳴り響いた。



 基地のあちこちに無数の巡航ミサイル――トマホークが降り注ぐ。

 その数は、アメリカ海軍の水上戦闘艦の搭載量を軽く凌駕するものだ。しかし、アメリカ海軍は数隻の100発以上のトマホークを搭載出来る潜水艦を運用していた。

「フロリダ級巡航ミサイル原子力潜水艦」だ。

 元々は、核弾頭を搭載している弾道ミサイルを搭載する戦略原潜だったが、ソ連との間の核軍縮協定によって一部の弾道ミサイルを削減する必要があり、そのプラットフォームである戦略原潜が過剰になった。まだ、就役からそこまで時間が経っていない潜水艦を廃止させるのはもったいないということでアメリカ海軍は、6隻の戦略原潜を100発以上のトマホークを搭載する「巡航ミサイル原潜」に改造したのだ。

 多数のトマホークを搭載出来るフロリダ級はアメリカ軍が行った多くの軍事作戦に参加し、洋上の艦隊などと共に地上目標への攻撃に使われており、海軍としても「使い勝手のいいミサイルプラットフォーム」として評価しており、新型の攻撃型原潜の一部を多数の巡航ミサイルが搭載できるように改良したほどだ。

 色々と目立つ、水上艦隊よりも海中に潜伏できる潜水艦のほうが動きやすい。がちがちに対潜警戒網を固めている国は世界的に見ても少数であるし、特に近年は情報を徹底的に封鎖したうえでの極秘作戦がメインだ。



 今回、ブルーメルクに攻撃を行ったのは太平洋に配備されていた2隻のフロリダ級だ。

 ベルカによるアメリカ本土攻撃への報復としてアメリカは複数の軍事拠点と政府施設に対してトマホークによる報復攻撃を実施していた。いずれも、潜水艦から発射されたものであり、首都であるアンベルクでも国防省などの施設が破壊されていた。

 もともと、ベルカ本土に対しては数度にわたってトマホークなどを用いて攻撃を行っていたが、その規模はベルカ本土の地理が正確にわからないこともあり事前偵察で把握していた軍事施設や兵站施設に限られていた。しかし、一ヶ月ほど前に打ち上げられた偵察衛星によってある程度の地形や、軍事施設の位置が判明したため、今回のような大規模な報復攻撃が可能となった。




 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス



「これで、国民の溜飲が多少とはいえ下がるといいんだがな」


 ルーベンスはホワイトハウスで攻撃の様子を見守っていた。ベルカ上空には高高度無人偵察機などが常時飛行しており。現在も、軍が弾着確認で使っている高感度カメラを搭載した無人機の映像がホワイトハウスで流れていた。ベルカ軍基地と思われる施設はあちこちから煙や炎が立ち上っており、港に停泊していた軍艦などにも多少なりとも被害を与えているのが映像からもわかる。

 この映像は、後にメディアにも公開される予定だ。

 アメリカ本土が攻撃されたことにより、アメリカ世論はかなり動揺している。

 前大統領を主体とした新興右派勢力は「徹底的に報復すべき」という意見をだし、多くの支持を集めている中で、生半可な反撃では世論の理解を得ることはできない。そこで、ベルカ軍の主要基地や首都の政府機関を重点的に攻撃することでベルカ中枢に少なくない打撃を与えながら、世論に対して「連邦政府と軍は本気でこの事態に対応しようとしている」というメッセージにすることにしたのだ。

 同時に、中央アメリカでも大きな動きがあった。


「連合軍行動を開始しました」

「……わかった」


 別のところと連絡をとっていた統合参謀議長の言葉にルーベンスは重々しく頷く。

 報復攻撃とほぼ同じ時間に始まったのは、アメリカ軍を主体とする約10カ国が参加した連合軍による中央アメリカ解放作戦――「パライソ作戦」だ。これまで、戦力の都合で防戦一方だった地球側による初めての大規模な反攻作戦であり、アメリカは6月中にホンジュラスやエルサルバドルを解放することを目標にしていた。主力になるのは当然ながらアメリカ軍である。本土駐屯の常備部隊の大半と州軍の半数以上――そして予備役の3割ほどを動員し、中国大陸から撤収してきた部隊もまた休息もほどほどに前線へ投入されていた。

 その他、メキシコ、カナダ、日本、イギリス、中華連邦、朝鮮連邦、シンガポール、オーストラリア、中央アメリカ連合などから構成されており、7月までにはインドネシアやベトナム、ニュージーランドなど更に6カ国の部隊が連合軍に加わる予定だ。中米連合やイギリス以外はAPTO加盟国が軍を派遣していた。

 その数は、地上部隊だけで約30万人。空や海をあわせれば50万人近い兵士たちがこれから中央アメリカ解放のために戦っていくことになる。


(あとの私が出来ることは、祈るだけだな)


 やれることはやった。あとは、前線の兵士たちの奮闘を心のなかで祈るルーベンスであった。

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