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新世界歴元年 6月1日
アメリカ合衆国 フロリダ州 マイアミ
フロリダ半島の南端部にある大都市・マイアミ。
フロリダを代表する工業都市にして港湾都市だ。人口は約50万人で州内でも二番目に多い人口を抱え、周辺都市を含めた都市圏人口は600万人に達する。人口の6割は中南米出身者であり、とりわけキューバ系住民の比率は高く、その多くはキューバ革命後に国外脱出したキューバ人たちだ。
南フロリダにあることから、年中を通じて温暖な気候であるため、冬場にはニューヨークなどから寒さを凌ぐために移住してくる者たちも多い。
中央アメリカで戦闘中ではあるが、多くのアメリカ国民にとってそれは「遠い地」の出来事であった。80年以上わたって冷戦でさえ、結局キューバ危機以外は両国が正面からぶつかる危機もなく、そしてそのキューバ危機も半世紀以上前の出来事なので多くの国民がその時の状況を知らなかった。戦場といえば中東やアフリカとアメリカから遠く離れた地であり、中南米で起きているのは武装勢力と政府軍による非正規戦がメインであり、アメリカ国民の関心はむしろ中南米から大量に流入してくる移住者や薬物などであった。
今回の、中米戦争でもメディアが盛んに取り上げてているので中米が軍事侵攻を受けていることは知っているし、胸も痛めてはいたがやはり多くの国民は他人事のように感じており、アメリカが攻撃を受けるなどと考えもしていなかった。
この日のマイアミのダウンタウンは、普段と大きなかわりはなかった。
休日であるため、人通りは平日に比べれば少ないものの世界融合直後の騒乱状態に比べればだいぶ町中は落ち着いていた。
――ドゴオオオン!
ダウンタウンにそびえる高層ビルの1棟に何かが突っ込み、大きな爆発音が周囲に響き渡る。
「な、なんだ!?」
「テロかっ!?」
突然の事態に外に出ていた市民たちは一斉に立ち止まる。その間にもダウンタウンにある幾つもの高層ビルから爆発が起こり、それによって飛び散ったガラスは瓦礫などが下の道路に落ちてきた。人々は大急ぎでその場から離れ、すぐに警察や消防へ通報した。
この時の通報内容はいずれも「飛行機がビルに突っ込んだ!」だとか「国内の不法移民たちが武装蜂起してきた!」といった内容で。通報を受けた警察や消防などは大規模なテロがマイアミに起きたのだと当初は考えたほどだ。
アメリカ人にとって自国が攻撃を受けるというのは、敵国のミサイルが落ちてくるのではなくテロリストによる自爆テロのイメージが強いのだ。実際に、警察や消防に通報されたものはいずれも20年以上前にアメリカ国内で実際に起きたテロ事件によるものだからだ。
この、爆発が巡航ミサイルでものだとわかるのはそれから数時間後のことであった。
―――――――
マイアミにミサイルが着弾したのと同じ頃。カリブ海上空を無数の大型機の編隊が北上していた。
ベルカ中部の空軍基地から離陸した、ベルカ空軍の戦略爆撃機部隊だ。目標は、フロリダ半島にあるメイポート海軍基地と、弾道ミサイルの目標地点だったニューヨーク。途中から二手に分かれてそれぞれの攻撃目標を目指していく。
この時点で、兵士たちの士気は旺盛だった。
「アメリカだからなんだか知らんが、我がベルカ空軍の爆撃航空団の敵ではない!」
豪快に笑うのは、ニューヨークへ向かう予定の第347爆撃飛行隊長のハンス・フォン・エッカート中佐だ。自分の部隊が敵首都の空爆(実際は首都ではない)任務という大役を任されたことに、熱心な総統信者であったエッカートは作戦当初から機嫌がすこぶるよかった。
「し、しかし……北部空軍は戦力を大幅に減らしています。敵は相当な技量を持っているのでは?」
副操縦士である中尉が恐る恐るといった感じで反論すると、エッカートはジロリと中尉を睨んで鼻を鳴らした。
「ふんっ!それは、北部の連中が弱かっただけに過ぎない。今の我々には精鋭1個戦闘飛行隊が護衛についているのだぞ。問題はない」
せっかくいい気分なのに水を差すな、とばかりにもう一度を睨むと中尉は「し、失礼しました」と顔を前に戻した。
エッカートという男は、大変に気難しいことが部隊内でも知られていた。特に自分の意見に真っ向から反対されるというのをとことん嫌っていた。なので、副操縦士の指摘以降、エッカートの機嫌はみるみる悪化し、機内の空気も不穏なものになっていた。
ただ、副操縦士にも副操縦士なりの言い分があった。北部航空軍はエッカートが言うように練度が低い部隊ではない。むしろ、ベルカ空軍の中でも精鋭部隊の一つだと評価されていたほどだ。そんな北部航空軍が一方的にやられた。それを「弱かった」の一言で片付けるエッカートに副操縦士は強い不満をもったほどだ。
それでも、ここで更に反論したところでエッカートは意見を変えることはない。
それを知っているので、副操縦士は沈黙を選んだのであった。
同じ頃。カリブ海を北上する船団があった。
第3艦隊が壊滅して以来、初めて積極的に行動を起こしたベルカ海軍の主力――第2艦隊である。
空母「エーレン」を旗艦とした、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻、フリゲート艦3隻からなるこの艦隊は、主にベルカ東部を管轄している艦隊であり、同国の精鋭艦隊の一つだった。中央アメリカ侵攻時は主にカリブ海の島嶼部への上陸支援などを行うなどしていたが、太平洋方面で積極的な攻勢に出ていた第3艦隊に比べればこれまで積極的な動きは殆どしていなかった。
おかげで、陸軍や空軍からは「引きこもり」などと猛烈に批判されることになるのだが、指揮官のクラウス中将は海軍の中でも特に慎重な性格の指揮官として知られており、今回の派遣も終始乗り気ではなかった。
中将が懸念しているのはアメリカ海軍の存在だ。
カリブ海でもアメリカ海軍の動きは徐々に活発化していることは潜水艦などによる情報収集で判明している。第3艦隊を壊滅させたと言われている巨大空母の姿は確認されていないが、軽空母などは多数確認されており、なにより巡洋艦や駆逐艦の数はベルカ海軍が考える以上の数が確認されていた。
「――敵艦隊と出会わなければいいんだがな」
敵艦隊と遭遇すれば第3艦隊と同じ末路をたどることになる、とクラウス中将は半ば確信していた。
しかし、参謀たちの考えはそれとは別だった。
「長官は考えすぎです。今回は精鋭の潜水艦軍団がいるのですから」
そう言って胸を張る参謀だが、別にこれは彼一人だけが現実を見ていないというわけではなかった。それだけの自信を持つに至るだけの理由があったのだ。
実は、ベルカ海軍は前世界では世界屈指の潜水艦戦力を有する海軍として知られていた。
ベリカは大型艦艇ではなく潜水艦を整備することで予算を抑えながら海軍強国に対抗していたのだ。現在でもベルカ海軍の主力は潜水艦であり、潜水艦だけで100隻近くを有していた。中には、巡航ミサイルや弾道ミサイルを搭載した潜水艦も保有しており、アメリカのマイアミを攻撃したのは巡航ミサイル搭載潜水艦によるものだった。
そして、第2艦隊には3隻の潜水艦が随伴していた。
いずれも、最新鋭艦であり長射程の対艦ミサイルや長魚雷を装備し、静粛性が極めて高い原子力潜水艦が、先行して事前偵察を実施していた。参謀が「問題ない」と胸をはるのも当然といえるだろう。万全な体制を整えているのだから、不覚をとることはないと。
だが、相手の対潜水艦警戒網がどれくらいなのかは一切考えていなかった。世界最強の潜水艦部隊が敗れるわけがない――そんな慢心ともいえる自信が彼らにはあった。
もっとも、彼らはこの時点でアメリカ軍の戦力をまだ過小評価していたともいえる。
別に、アメリカは大艦隊をぶつける必要が一切なく、実際に幾つかの方向で艦隊殲滅に向けた動きがすでに始まっていたからだ。
アメリカ海軍はカリブ海に空母機動艦隊は置いていなかったが、かわりに巡洋艦や駆逐艦などの水上艦部隊と潜水艦部隊を配置していた。航空戦力に関しては別に空母に頼らなくてもアメリカ本土から直接戦闘機や攻撃機を飛ばせば済むからだ。一応、メイポートには空母が1隻母港としていたが、この時は定期整備のためノーフォークにいっていた。
ベルカ艦隊の存在をアメリカで一番最初に気づいたのは、潜水艦だった。
大西洋艦隊潜水艦部隊に所属していたガトー級原子力潜水艦「ブルーギル」がフランス領セント・マーチン島の東方沖を北上するベルカ艦隊を発見し、すぐさま司令部に報告した。ちょうど、このときはニューヨークに接近していた弾道ミサイルを撃墜していたが、マイアミに巡航ミサイルが着弾したときで司令部は混乱状態にあった時だ。報告を受けた司令部の面々は、この艦隊がマイアミを攻撃したのではないか?と勘違いしたほどだ。実際に、マイアミを攻撃したのは巡航ミサイル搭載の潜水艦であったのだが、この段階では巡航ミサイルが何から発射されたのかアメリカ側は把握していなかった。
ともかく、報告を受けた大西洋艦隊司令部は付近にいる艦艇や潜水艦をベルカ艦隊撃破に向かわせることにした。付近にはフリゲート艦(タコマ級フリゲート「キーウェスト」「エバレット」)が2隻。潜水艦(ガトー級「スコーピオン」「スヌーク」)が2隻いて、ただちにこの4隻は移動を開始した。
タコマ級フリゲートは2010年から既存の「ペリー級ミサイルフリゲート」を更新するために配備されたミサイルフリゲート艦で満載排水量5000トンほどの中型汎用戦闘艦だ。主砲は57mm速射砲。32セルのVLSを装備し、対空ミサイルの発展型シースパロー(ESSM)と、対潜ミサイルのアスロックを装備し。さらに、対艦巡航ミサイルであるNSM用の4連装発射ランチャーを4基装備していた。当初はイージスシステムの搭載も検討されたが、結局費用の部分で見送られイージス・システムを簡易化した汎用戦闘システムが搭載されている。
海外への輸出も積極的に行われており、日本の最上型のライバルともいえる。実際にインドやブラジルにポルトガル、フィリピン、ギリシャなどに輸出が行われていた。
大西洋艦隊司令部は「ブルーギル」に対しては友軍艦が到着するまでは偵察に専念するように伝えていた。ベルカ海軍の対潜水艦能力は未だに不明な部分が多く、単独で攻撃をすれば手痛い反撃を受ける可能性があったからだ。ブルーギル艦長もそのことはよく理解していたので、適度に距離をとりながらベルカ艦隊の動きを監視し続けていた。
ちなみにこの時、現場に向かっていた2隻の潜水艦が偶然発見した国籍不明の潜水艦を魚雷でもって撃沈している。この、国籍不明の潜水艦こそベルカ艦隊が全幅の信頼を寄せていた潜水艦部隊の一角をなしている最新鋭の潜水艦だった。
これによって、ベルカ艦隊は重要な「目」を早々に失ったことになるのだが、彼らがそのことに気づくのには相応の時間を要することになる。
それから2時間後。「スコーピオン」と「スヌーク」が「ブルーギル」に合流した。
更に、2隻のタコマ級もレーザーで艦隊を探知できるところまで進出していた。5隻のフリゲートと潜水艦が集合したのを確認した大西洋艦隊司令部は「敵艦隊撃滅」を各艦に指示した。空母も戦艦も巡洋艦もいないが、十分に機動艦隊を壊滅させるだけの力をこれら5隻の水上艦と潜水艦たちは持っていたからだ。
最初に、仕掛けたのは2隻のタコマ級フリゲート艦であった。
タコマ級にはノルウェー製の対艦ミサイル「NSM」の4連装発射ランチャーが4基設置されていた。
1隻で16発。2隻ならば32発の対艦ミサイルを敵艦隊にお見舞いすることが出来、そして今回のアメリカは実際にそれをベルカ艦隊相手に行ったのだ。
32発のミサイルはほぼ一斉に発射された。高性能の炸薬を搭載しているこのミサイルは一発で駆逐艦くらいならば容易に鎮めるだけの威力を持つ。大型の空母でも当たりどころが悪ければ二発程度で行動不能にできる。そんな、ミサイルを贅沢にも30発以上使う飽和攻撃は実にアメリカらしい思いっきりのよさともいえる。
ともかく、2隻のフリゲートから放たれた音速の矢はまっすぐとベルカ艦隊に向かっていった。
「た、多数の高速飛翔体確認。み、ミサイルです!」
30発を超えるミサイルが「エーレン」のレーダーに映し出された瞬間、レーダー員は悲鳴のような声をあげた。突如としてレーダー上に無数の物体が映し出されものすごい速度で自分たちに接近してくるのだ。いくら、経験を積んでいたとしてもパニックになるな、というのが無理な話だろう。
そして、彼らが対応しなければいけないのは「ミサイル」だけではなかった。
艦隊の外側にいたフリゲート艦の周囲に突如として水柱が出現したのだ。それは、ただの水柱ではない数十キロ離れた場所で発射された誘導長魚雷によって生じたものだった。一発で大型巡洋艦すら行動不能になる程度の炸薬が搭載された魚雷の直撃を受けたフリゲート艦はあっという間に破壊され沈没した。
「『アレンズベルク』轟沈!ぎ、魚雷によるものですっ!」
「す、すぐに潜水艦を探し出せっ!奴らめ……小癪なマネをっ!」
このような事態を彼らはそもそも想定していなかった。
果たして、それでマリスなどの海軍強国にどう立ち向かうつもりだったのだろうか。まあ、ベルカは陸軍を主体とした大陸国家だ。これまで大陸の外へ外征したことはほとんど無い。それだけ、大陸内での勢力拡大に忙しかったともいえる。
静粛性に非常に優れたガトー級をベルカ艦隊が発見することは最後まで出来なかった。
この部分でもアメリカとベルカの間にはかなり大きな差があったのである。
「敵対艦ミサイル。ミサイルの射程に入りました。『ウルベイン』『タイベック』より対空ミサイルがそれぞれ発射!」
随伴の防空駆逐艦から艦対空ミサイルがそれぞれ発射されたが、イージス艦などと異なりベルカ艦隊の防空駆逐艦は同時に対処できる対空標的の数はかなり限定されており、このような飽和攻撃に対処できる力はなかった。では、その後の対策をどうするのか?それは、昔ながらの方法をとるしかない。そう、弾幕をはることだ。
だが、それが飽和攻撃に対応できないことは第3艦隊がすでに証明済みであった。
なので、第2艦隊がたどる運命はほぼ決していた。艦対空ミサイルで幾つかのミサイルを撃墜することはできたし、弾幕でもって更に幾つかのミサイルを撃墜できた、その度に各艦の乗員たちは歓声を上げるが、彼らが喜べたのはそれまでだ。殆どのミサイルは撃墜されず事前に設定されたそれぞれの目標となった軍艦へ殺到した。
「俺等の分け前を残してくれよ」
と、近くで監視していた潜水艦のクルーがボヤくほどに戦闘は一方的な蹂躙で終わった。
ベルカ第2艦隊の中核といえた空母「エーレン」は沈没こそ避けられたがそれでも甚大に被害を受け艦載機を発艦させることはできなかったため作戦中止。それ以外の護衛の駆逐艦やフリゲートは大半がミサイルの飽和攻撃でもって轟沈あるいは大破となった。
アメリカ軍としての心残りとすれば、不発が多く空母を完全に沈めることが出来なかったことだろう。潜水艦による追加攻撃も当初は検討されたようだが、相手に十分な打撃を与えたということでこれ以上の攻撃の継続は行われなかった――というよりも、同じ頃、空でも大きな戦いが起きていたので司令部がそれどころではなかったというのが一番の理由だが。
ともかくとして、アメリカ本土攻撃を狙ったベルカ第2艦隊は壊滅した。
以後、ベルカ海軍は水上艦を積極的に動かすことを終戦まですることはなかった。これ以上の主力艦を喪失することを恐れたのだ。そのかわりに潜水艦による活動をより活発化させ、カリブ海ではアメリカ海軍や日本海軍の潜水艦ハンターと熾烈な戦いを繰り広げていくことになる。




