表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新世界は楽園なのか?  作者: 小野寺
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/92

82:同時選挙のウワサ

 新世界歴元年 5月24日

 日本帝国 東京市 千代田区

 進歩党 本部



 世界が未だに混乱し続ける中――日本政治の中心である永田町もまた別の意味で混乱し始めていた。

 発端は、数日前に発売された週刊誌の記事だ。その記事は、官邸内部を情報元としつつ安川総理が夏に参議院の任期満了にあわせて衆議院も解散させて、衆参同時選挙を実施する腹づもりだと書かれていた。

 記事にはすでに、連立を組んでいる民政党の大沼代表や改進党の橋川代表などにも話し合いが行われており両者からも合意が得られているとも書かれていた。数日後には大手新聞である極東新聞も同様の記事を掲載しており、永田町は一気に選挙ムードになっていた。

 その中で、各党は現段階での情勢調査を行ったのだが――その結果が野党にとって衝撃的なものになっていた。


「これは……本当なのか?」


 青ざめた顔で職員に尋ねるのは進歩党代表の枝橋。

 同じものを見ている幹部たちの顔色も総じて悪い。彼らが見ているのは進歩党が独自に行なった情勢調査によるものだ。仮に、衆参同時選挙が今実施された場合どれだけの議席を得ることができるのか――これは、進歩党以外にも保守党など多くの政党で行っているもので。選挙においてどの選挙区を党の重点区にするか見極めるために行われるものだった。


「……まさか、ここまで減らすとはな」


 衆議院の小選挙区は全部で570あるのだが、優勢とされている選挙区は20。残りの選挙区はすべて劣勢かやや劣勢となっていた。比例に関しても前回確保した比例票から大幅に減らす可能性があると情勢調査には書かれている。このままいけば、野党第一党の座を自由党に明け渡すことは確実だろう。

 参議院に関しても状況は厳しい。複数人区に関しては1議席確保できるところは幾つかあるが一人区に関してはほぼ全滅。比例に関しても3年前から更に減らす可能性が高いとされていた。

 参議院選で苦戦するというのは、昨年の段階でわかっていた。安川政権に関するスキャンダルは何度か週刊誌に取り上げられたが、それだけで政権に打撃を与えるようなものではなかったし、それ以上のスキャンダルが進歩党内にあったからだ。結果的に、進歩党の支持率だけが下がってその後に行われた地方選挙でも散々たる結果に終わった。

 それでも、執行部の責任問題にはならなかったのは誰もこれから先の責任をとりたくなかったから――というのが大きいだろう。


 そして、進歩党から離れたリベラル層の受け皿になっているのが自由党と緑の党だった。

 ただ、それでも保守党を中心とした与党連合が強かった。もちろん、これは現時点での調査結果であり選挙が実施されれば調査通りの結果になるわけではない。だが、テコ入れしなければならない選挙区が多すぎるのは執行部としては頭が痛い話だった。優勢となっている選挙区は20しかなく、接戦区の数が多いのだ。


「なんとか、衆議院の解散を阻止することはできないか?」

「そうだな。こんな緊迫した状況に解散総選挙など実施するのはおかしいと訴えれば、メディアものってくれるのでは……」

「だが、参議院はどうする?別に日本そのもので戦争が起きているわけではないんだぞ」


 選挙を延期させてなんとか延命を図ろうとする幹部たちに内田は呆れ顔で突っ込む。

 衆議院の任期はまだあるが、参議院に関しては任期満了だ。憲法では任期満了したら50日以内に公示しなければならないと定められている。もちろん、災害や戦争などといった有事の際には任期を特別延長できる例外は規定されている。世界融合そのものが「大規模災害」に当たる可能性はある。実際様々なところで融合による悪影響は出ている。なので、その部分を突けば選挙の実施を遅らせることは一応可能であるし、与党側も応じる可能性は高い。

 だが、すでに融合から4か月以上たっており、選挙が予定されている夏はすでに半年だ。

 各国との貿易は再開し、通信網に関しても回復しつつある。食料やエネルギーなどの問題も貿易が再開されたことで危機はすでに脱しており「平時」に近い状態に戻っている。たしかに、あちこちで戦争は起きているし日本も樺太が攻撃を受けたりしたが、攻め込んできたマリス連邦とはすでに講和条約を結んでいてこれ以上の戦闘に発展する可能性は低く、中央アメリカやヨーロッパも日本は軍を派遣はしているが、近くにあるわけではない。



「今の日本は『平時』に戻りつつある。そんな中で『有事』を理由に延期を求めても与党が頷くわけがないし、そもそも世論からなんと思われると思う?『負けるのがわかっているから時間伸ばしだ』と思われたら延期しても結果は変わらないだろう」

「な、ならばこのまま選挙を戦えというのか!?幹事長の選挙区は安泰だからそんなこと言えるのだろうな。だが、間違いなくここで選挙なんてしてみろ。多くの同胞の恨みを買うことになるだけだ!」


 国会議員落ちればただの人――かつて、保守党の重鎮と呼ばれていた人物が語ったとされる言葉で現在でも永田町では広く使われている。だからこそ、地元選挙区の動きというのはどの政治家も気にするのだ。

 内田に噛みついた幹部は次の選挙では「劣勢」という評価がつけられており、解散を是が非でも避けたいと考えるのは仕方がないだろう。だが、現実的に考えて仮に解散が行われるのならば防ぎようがない。なにせ、解散権を持っているのは内閣総理大臣なのだから。そして、おそらく自分が総理大臣ならば、確実に衆参同時選挙にうってでる。


(しかし、総理に一体どんな心境の変化があったのだろうな。歴代総理の中でも特に安川総理は慎重派なイメージがあったのだが)


 前任の岸辺ならば思い切ったことをこれまで何度もしてきた。

 だが、安川のイメージは岸辺に比べると慎重であり衆参同時選挙という博打をうつのは低いというのが野党での共通認識だった。いくら、政権支持率が高いと言っても選挙は無党派層の動き次第で一気に結果が変わってしまう。任期満了まではいかないまでも、あと1年くらいは衆議院の解散は様子を見ると内田は思っていた。


(離反者は……かなり増えるだろうな。誰も泥舟に乗り続けたくはないだろうからな)


 今でも、地方では進歩党からではなく自由党から出馬を模索する候補者が続出している。それだけ、進歩党という看板は彼らにとって都合が悪いのだろう。だが、それは身から出た錆ともいえる。かつては保守党に対抗できる政党として期待されていた進歩党。だが、結局は内部対立によって公約を一切実現することができずに世論の失望を勝った。

 その結果が、保守党・民政党による二大保守政党の連立であり、更にそこに改進党が加わり保守勢力は実質的に一枚岩になった。では、リベラル勢力はどうかといえば未だにまとまる気配がない。むしろ分裂している有様だ。自由党はなるべくリベラル色を表に出さず「中道政党」として地道に支持を集めている。一方で、進歩党はどんどん急進的になっていく。これでは、特定の支持層は拾えても全体を拾うことが出来ない。

 保守党への失望から無党派層を拾えることはある。だが、それを「固定票」にすることが今の進歩党にはできなかった。


(保守党に並び立つ。革新勢力の結集――その考え自体は間違いではなかったはずなんだがな)


 他国――主にヨーロッパは中道右派政党と中道左派政党による二大政党制が続いていた。近年は、既存の二大政党の政策に反発を覚えた世論が新興の民族主義政党や、急進左派政党を支持する動きがあるが今でも基本的にヨーロッパは保革の二大政党が交互に政権を担う体制が続いている。

 では、日本はといえば。日本は逆に昔から右派政党と中道右派政党が交互に政権を担当する「保守二大政党制」が100年以上にわたって続いていた。もちろん、労働組合などを支持基盤とする革新政党は存在したが政権を狙える党にまではなることができなかった。そもそも、政権をとるつもりがなかったともいえる。なにせ、候補者を過半数擁立することはしなかったのだ。

 進歩党が誕生した時。メディアは「これで異常な状態から脱した」とか「これで、世界に並べた」というような表現を使っていた。まあ、結局はその進歩党自身が有権者の信頼に応えることができなかったのであるが。


「各支部に、衆議院解散の可能性を考えて選挙準備をせよ――と通達を出すしか。我々としてやれることはない。正式に解散が決まったのならばまだ動けるが、あくまで週刊誌と大手紙とはいえ新聞1社だけだ。総理が明言されているわけではない。だが、衆参同時選挙が起きると覚悟して地元での活動をするようにすべての議員と候補者には徹底させなければならない」


 色々と紛糾したものの、結局できることは「解散されるかもしれないから準備してね」と候補者や各支部に伝える以外になかった。




 日本帝国 東京市 千代田区

 保守党本部



 衆参同時選挙の可能性が高いという報道は、野党だけではなく与党にも衝撃を与えていた。

 与党内で、安川が衆参同時選挙を検討していることを把握していたのは幹事長の大林や、選挙対策委員長の小野寺五郎などごく一部に限られていた。同じ、幹部でも週刊誌報道で初めて安川が同時選挙のことを考えていることを知った者もいるほどだった。

 そして、保守党で行った情勢調査の結果は彼らにとっても衝撃的なものになっていた。


「これは勝ちすぎだな」

「ええ、いくらなんでも勝ちすぎですね……」


 大林のつぶやきに同意するのは政調会長の古泉遥斗。

 彼は、安川と同年代で選挙区も同じ神奈川県ということで祖父の代からプライベートでも親交がある友人だった。メディアへの露出度に関しては安川よりも古泉が圧倒的に多く、メディアがいう「若手のホープ」というのは安川ではなく古泉を指す言葉だった。

 当人も、自分がメディアから注目を集めているのは理解しているようで、まるで党の広告塔のような振る舞いをしていたことも数年前にはあった。前政権の岸辺政権時代には30代後半という若さで国防大臣に抜擢されたため、岸辺退任後の総裁選でも安川ではなく古泉が出馬すると誰しも思っていたほどだ。だが、実際は総裁選に出馬したのは古泉ではなく安川で、古泉は安川の推薦人に名を連ねるなど彼の選挙活動を全面的に支える立場にたった。

 それもあってなのか、安川体制では幹事長についで重要なポストともいわれる党の政策・法案を取りまとめる責任者である「政務調査会長」のポストについてこれまで以上に積極的にメディアへの対応も行って、保守党が進めていく政策などの説明役を担っていた。


 大林たちが見ているのは保守党が独自に行なった情勢調査の報告書だ。

 進歩党とは対象的に衆議院では半分を超える選挙区で優勢。接戦区となっている選挙区でも数ポイント以上リードしている選挙区が多く、劣勢とされている選挙区は20から30くらいしかなかった。参議院でも同様で一人区は民政党の候補者が立っているところ以外ではほぼ全勝。2人の候補者を擁立する予定の一部の複数人区でも2議席を確保できる可能性が高いという結果だった。

 ただ、比例に関しては前回と同等かそれ以下であり比例の投票先に関してはいくらか分散しているというのが今回の情勢調査でわかった。

 衆参ともに過半数以上を確保できるという結果は、与党である保守党にとってみれば朗報ではある。だが、これはあくまで情勢調査であり実際に選挙期間中に行われたものではない。あくまで、今の時点で同時選挙が実施した場合に有権者がどのような投票行動をとるのかという予測によるものでありこの通りに選挙が進むわけではないのだが――それでも「勝ちすぎている」というのが大林たち党執行部の感想だった。

 


「党内に楽観論が出ないように引き締めなければな……」


 頭が痛いとばかりに大林はため息を吐く。

 なぜ、幹部たちが「大勝」という調査結果に渋い顔をしているのか。

 それは、党内に一種の油断が生まれるのを警戒しているからだ。同時に、優勢が伝えられると有権者の投票心理が大きく変わる。つまりは、優勢を伝えられている候補にわざわざ入れる必要がないと考える有権者が一定数出てくるのだ。保革の固定票は実はほぼ拮抗しており、選挙の結果を占うのは4割近い無党派層の動きだと言われている。無党派層を大きく得られたら、当選に近づくのだ。

 過去に「優勢」報道を受けながら、選挙区で敗北した候補は多くいる。

 だから、自分たちにとって有利な報道は各党の執行部にとってはあまり喜ばしいことではなかった。



「てっきり、大林さんが安川に解散を勧めたのかと思っていたんですが。この様子だと違うみたいですね」


 頭を抱えている大林を見て古泉はあてが外れたとばかりの表情で言う。

 

「そんな相談受けたこと無いし、岸辺さんも多分受けてないぞ」

「では、安川自身の判断ですか……慎重派の安川にしては珍しいですね」

「まったくだ。確かに一部ではこの機会に同時選挙をするべきだ――という意見はあったんだがな。だが、今後のスケジュールを考えると。タイミングは今年の夏くらいしかないかもしれないな」


 衆議院の任期はあと2年ほど残っているが、多くの総理は残り任期が1年きるかどうかのタイミングで衆議院を解散させていた。仮に任期が1年きったタイミングというのは来年の秋頃に解散が行われるのではというのがこれまでの永田町での選挙タイミングだった。ちょうど、参議院選挙が終わって1年以上経っている頃だ。

 衆参同時選挙というのは過去に5回行われている。いずれも、周囲が予想していないタイミングでの解散である。基本的に、同時選挙はそれだけ現場の仕事量が増えることもあってあまり喜ばれることではない。そして、仮に敗北した場合は衆議院・参議院ともに多数派を失うというリスクもあるので参院選のタイミングで衆議院を解散するという判断を下せる総理は案外少なかった。

 まさか、歴代総裁の中でもかなり慎重派とみられていた安川がこれほど思い切った判断を下すとは安川の後見人的立場である大林ですら想定していなかったことであった。


「今の不安定な世界情勢だと、今後更に悪くなる可能性もあるってことですか」

「中米やヨーロッパの戦争はそう簡単に終わるとは思えないし、さらなる兵力をウチは送り込むことになる。戦争が長引けば長引くほど選挙をやるには不利だ。だが、夏なら……まだある程度の余裕がある」


 選挙をするにも「タイミング」というものがある。

 参議院は、選挙をする時期がある程度決まっているのだが衆議院の場合は総理大臣自らで選挙をする「タイミング」を見極めることができる。この見極めが失敗すると、選挙に負けて下野することになるので、基本的に歴代総理は新政権が発足したタイミングで衆議院解散のカードを切ることがほとんどだった。

 実際、安川も2年前に同じことをしている。岸辺長期政権が終わり安川政権になってすぐに安川は衆議院を解散させた。その結果はほぼ前の議席を維持することに成功し、新政権はひとまず国民に信任されたという体裁は整う。


 もう一つ、大規模な改革などを行う場合に議会の多数派を得るために解散を行うケースもある。

 今回、仮に解散される場合はこのケースに当てはまるだろう。ただ、大規模な改革を安川政権が実施するためというよりは、世界全体が「世界融合」という変革を迎えてしまった――といったほうが正確かもしれないが「融合後の政府対応の是非をとる」といった名目をつければ、解散理由にはなる。

 まあ、野党は反発するかもしれないが解散理由などその時の政権次第で決まるのだ。

 何度か「解散権を制限すべき」という議論が国会内で起きたが、結局一切意見がまとまらずに時間の経過とともに有耶無耶になるという事が何度も起きて、今では殆どその議論がされることもなかった。

 確かに場合によっては、選挙をしてから1年で再度解散――ということもやろうとすればできるし、実際にやった総理も過去にはいた。結果は散々たるものだったが、一定の制限を加える必要はあるともいえるし、総理が変わるたびに「国民の信を問う」なんてことをするなら、それこそ首相を公選制にすればいいという意見も出てくるわけで――まあ、話がまとまるわけがなかった。


 すべての新総理が新政権発足時解散を選択するわけでもないのだ。特に、国会が与党で多数だった場合はわざわざ議席を減らすリスクは誰しもしたくはないのだ。


 なので、今回はタイミングとすればちょうどいいともいえる。

 融合から半年近くたってすでに当初の混乱は落ち着いている。樺太などの紛争もすでに講和条約が結ばれており、それ以外の周辺国とは仲良くやれている。戦争は確かにあちこちで起きているが、日本に直接的な影響を与えるものではない。

 更に世界融合によって国民の政治への関心も実は高まっていた。そのうえで、この夏には参議院選挙が行われる――ここに衆議院を重ねることで更に国民の政治への関心を高めることは可能だろう。それに、今は与党にとって逆風が吹いているわけでもない。だからこそ、安川は決断したのだろう。


 それが吉と出るか凶と出るかはこの時点では誰にもわからない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ