77:島嶼奪還作戦1
新世界歴元年 5月6日
カリブ海
ベルカは、カリブ海に浮かぶ島々にも軍を進め、その幾つかを占領していた。
パナマやコスタリカといった大陸部の国々と違い住民の多くを避難する暇もなくベルカに占領された町で日々生活している。カリブ海にある島の多くはイギリスを始めとしたヨーロッパ諸国の植民地かあるいはそこから独立した小国ばかりだ。フランスは自国の植民地に軍を駐屯させているが、それ以外はあっても非常に小規模なもので国防面はほぼアメリカに依存していた。
そのため、ベルカに近い島の大半はほぼ無抵抗で占領されることになった。戦闘がほぼ発生しなかったため住民たちの被害は殆ど出なかったが、それでも異界の軍人たちに監視されながら生活しなければならず住民たちのストレスはすでに極限状態にまで達していた。
各国の政府はアメリカに対して軍事的支援を要請。アメリカは海兵隊を派遣し幾つかの島をベルカから奪還することに成功していたが、それでもまだ多くの島がベルカの占領下にあった。
ベルカによって占領されている島の一つがグレナダだ。グレナダから北の島に関しても一時的に占領されていたがアメリカ海兵隊とフランス軍によって奪還されている。グレナダ島には約10万人が居住している。かつてはイギリスの植民地であったが1962年にイギリスから独立。1980年代にクーデターが発生して、一時社会主義政権が実権を握るがアメリカによる軍事侵攻を受けて崩壊した。
現在のグレナダは2000名のベルカ兵によって占領されていた。グレナダには1000人ほどの軍があったが戦力差があったため殆ど戦闘せずに降伏しており、兵士たちの大半はそのまま島内に作られた捕虜収容所に収容されていた。
グレナダより北の洋上を多数の上陸用舟艇が海岸を目指し疾走していた。
アメリカ海兵隊と日本海兵隊による「グレナダ奪還部隊」だ。
つい、数日前にアメリカに到着した日本海兵隊の先遣部隊は早速、アメリカ海兵隊と共同で島嶼奪還作戦にあたることになった。今回のグレナダ奪還部隊には1個中隊が参加していた。
「相手の戦力は現時点で不明だが……少なくとも戦車を持ってきているのは確実だ。アメリカと違って我々は完全に初めて戦う相手だ。いくら、相手の兵器が半世紀前だといってもマスケット銃を持っているわけじゃないんだから、決して油断せずに戦え。いいな?」
『はい!』
叩き上げの小隊長の言葉にしっかりと頷く海兵たち。
彼らはこの作戦ではアメリカ軍の指揮系統下で行動する。これが、元から一緒に訓練をしている太平洋軍ならば問題はないのだが、今回はアメリカ南方軍の指揮下なのでその部分の不安が小隊長にはあったがわざわざ言葉にすることではなかった。
今はそれよりも、敵に占領されている島を早期に解放するのが先だった。
彼らが上陸する前には、アメリカ海軍の駆逐艦などによる巡航ミサイルや主砲による艦砲射撃が事前の偵察で判明している敵軍の司令部などに対して行われる予定で、海兵隊はその攻撃による混乱に紛れる形で上陸する手筈になっていた。
彼らの上空には海軍と共に地上施設を爆撃する海兵隊のF-35Bや、AH-1Z攻撃ヘリコプターが通り過ぎていた。
グレナダ セントジョージズ
グレナダ南東部に首都のセント・ジョージズがある。人口は5000人ほどだが議会や首相官邸などの政府機関が多く所在しており、グレナダを占領しているベルカ軍の駐屯軍司令部も首相官邸に置かれていた。
グレナダ占領部隊の指揮官であるアレキサンダー・カリウス大佐は官邸の一室で就寝していたのだが、突然の爆発音と振動で飛び起きた。
「な、なんだ!?」
突然の衝撃と爆発音に何がおきたのかわからず周囲を見渡すカリウス。
すぐに、窓に向かって外を確認する複数個所から炎が吹き上がっているのが見えた。
「じ、事故か?」
はじめ、カリウスは攻撃を受けたとは思わず弾薬庫か何かが事故によって爆発したのではないかと考えた。だが、すぐに部屋に駆け込んできた副官からの報告でそれが誤りだということに気づく。
「た、大変です!て、敵の攻撃です!弾薬庫と飛行場にミサイルが着弾し、被害状況は不明っ!」
「こ、攻撃だとっ!?」
自分たちが攻撃を受けるとは全く考えていなかったカリウスは報告にしばらく放心状態となったが、すぐに正気に戻りどう対応するか頭の中で考える。空港には空軍の1個飛行隊が駐屯しているが、おそらく相手は事前にその情報を知っていて空港を攻撃したのだろう。ならば、戦闘機を使っての反撃はできない。更に弾薬庫も潰されたとなると継戦能力は大幅に失われたと考えていいだろう。
「すぐに、本国に支援要請を送れ!おそらく敵はこのあと上陸してくるつもりだろう。残っている燃料と弾薬をかき集めてなるべく本国からの増援が来るまで耐えきる」
「そ、それが……本国との通信が一切できません」
「アンテナがやられたのか?」
「いえ、おそらく強力なジャミングによるものかと……復旧できるかは不明です」
「畜生……」
本国に応援が呼べない状況に思わず舌打ちをするカリウス。
敵は確実に自分たちの継戦能力を削りに来ているのがわかったからだ。
「各中隊には有線電話・伝令にて情報を伝えろ。敵はすぐにでも上陸してくるぞ」
「り、了解」
突然のことに動揺していたカリウスだが、さすがは一部隊の指揮官というべきかすぐに立て直して今後の方針を副官に伝えていく。攻撃によって弾薬などがどれだけの被害を受けているかは不明だが、現在手持ちの武器だけでなんとか戦い抜くしかない。海軍が健在ならば楽なんだが、敵との戦争によって主力艦隊は壊滅してしまって現在こちらにまわせる戦力はないというのは、数日前に本国の司令部との通信で伝えられたことだ。ならば、制海権はすでに向こうにわたっているということだろう。
そのようなことを脳内で考えていると、別の副官が部屋に飛び込んできた。
「た、大変です!て、敵のヘリボーン部隊がし、司令部に!」
どうやら、状況は予想よりも更に悪化しているようだった。
首相官邸にはアメリカ陸軍のレンジャー部隊が突入していた。
彼らは艦砲射撃や巡航ミサイルの攻撃による混乱に乗じる形でヘリコプターあるいはオスプレイから降下したのだ。司令部の警備はそれほど厳重ではなく、更に攻撃を受けると思っていなかったのか兵士たちは突然の襲撃に慌てている状態だったこともあり、日米海兵隊の選抜部隊は特に苦労することなく次々と司令部である首相官邸を制圧していく。
「……妙だな。静かすぎる」
「ああ、曲がりなりにもここは敵の司令部だろう?」
「油断はするな……ここは敵地のド真ん中だから」
「わかっているよ」
思ったよりも敵戦力が少ないことに拍子抜けしながらもアメリカ屈指の練度を誇る特殊部隊の兵士ということもあり油断なく敵の司令官を確保すべく進む。なお、彼ら以外にも複数の部隊が軟禁されている首相や総督といった要人救出にあたっており、海兵隊も複数の場所で上陸をはじめていた。
アメリカが、グレナダに兵力を投入するのは今回で二度目だ。
一度目は1983年。クーデターが起きて社会主義政権になったグレナダの政権を転覆させるために軍事侵攻したのだ。当時のアメリカはビルマ戦争で手痛い一撃を受け、海外への軍事介入を控えていた時期だったのだが、グレナダの社会主義政権を転覆させたことで自信を取り戻し、その後は再び海外各地へ軍事介入を強めていくきっかけとなった。
もっとも、グレナダへの軍事侵攻は途上国を中心に大きな反発を受け、これによってアメリカの軍事介入を警戒してよりソ連へ接近を試みる国が増えたので、外交的に見ればグレナダ侵攻は失敗だった、と評価する専門家も多い。
今回は、それに続くものだが今回は前回と違って「グレナダ奪還」を目的にしたものだった。
すでにあれから40年以上経っているため当時を知る兵士は殆ど退役しているが、政府関係者には軍事侵攻に参加した者もいて、彼は「40年前とだいぶ状況が変わったな」と苦笑を浮かべていた。
しばらく進むと、微かに扉が開いている部屋を見つける。
「……どうやらここのようだな」
「よし、一気に踏み込む」
ここが、目当ての部屋であるのを確認し息をあわせて部屋へ踏み込む。
部屋の中には寝起きなのか寝間着姿の男と、副官なのか軍服姿の若い男がそろって呆然とした表情で固まっていた。最初に行動を起こそうとしたのは軍服の若い男だった。すぐに懐に手を入れようとしたがマシンガンを突きつけられて、すぐに抵抗するのを諦め手を上げた。
ほどなくして、指揮官と思われる中年の男も同じように手を上げる。
だが、口答えできる余裕はあるらしい。
『どこのどいつだか知らんが、こんなことをしても無駄だ。ベルカはこんなので揺らぐ国ではない』
男から発せられたのはドイツ語に近いものだった。
そして、この場にいるレンジャー隊員たちは全員が複数言語を理解できており、言葉の内容もある程度理解することができた。どうやら、ここを攻略しても調子にのるなよ、的なことを言っているらしいと理解したレンジャーたちは獰猛な笑みを浮かべてこう返した。
『お前らが相手にしているのは世界最強の軍隊だぜ』




