75:不穏な首脳会談
新世界歴元年 5月2日
ガトレア王国 キーファ
「まさか、ここにきてガリアの名前を聞くことになるとはな……」
「予想通り、他国に攻め込んでいましたね……」
揃ってため息を吐く首相のスヴェンソンと外務大臣のストーン。
融合によってガリアのことを気にしなくてすんだ、と思っていた矢先にやってきたのがイギリスからの問い合わせだ。詳しく聞けば、イギリスを訪問していた安川が「ガリア」という言葉に反応したのが始まりだったという。確かにスヴェンソンは3月に訪日した時にガリアのことを話題に出していた。あの時は日本からソ連や北中国の話を聞いていたときで「実はうちにも厄介な隣国がいましてねぇ……」といった感じでガリアの話をしていたのだが、その厄介な元隣国はこの世界でもしっかりと他国に損害を与えていたようだった。
「しかし、ガリア至上主義は相変わらずみたいですね。向こうの方々もさぞかし困惑しているのでは?」
「イギリスの話では実際に困惑しているらしいな。士官クラスに話を聞こうにも全く話にならんと」
「あの国の士官クラスは貴族というだけで選ばれていますからね……」
「例の組織が関わっているとはいえ、よく国として機能しているものだ」
「逆に例の組織が関わっていなければ、国を維持することはできなかったのでは?」
「おそらくそうなのだろうな……」
例の組織――それはテラスに古くから存在する謎の深いテロ組織のことを指す。
各地で暗躍しているが、超大国の情報機関をもってしても構成員はおろかその幹部の情報すら調べ上げる事ができない謎の多い組織だ。ガリア帝国にもその組織がかなり深く関わっていることがわかっている。絶対君主たる皇帝は長く組織の傀儡になっているとも。だが、ガリアを含めて組織が深く関わっている国には諜報員を送り込んでも満足に情報を得ることができないので何もわかっていない状態だった。
「明日の首脳会談は、もっと建設的な話をメインにする予定だったが……予定が狂ったな」
今日の午後には、イギリスから安川が専用機でやってくる予定になっていた。到着予定時刻は夕方なので今日はキーファ市内などの視察を行い。明日から首脳会談や軍事基地の視察などが予定されていた。首脳会談では3月に行われて話し合われていた貿易協定などに関しての最終的な確認が行われることになっていたのだが、話のメインはガリアに関することになるだろうとスヴェンソンは半ば確信していた。
「ガリアが攻め込んでいるヨーロッパという地域はどういった地域なんだ?」
「イギリスの話によれば地球の中でも先進国が集まったかなり発展した地域のようです。高い軍事力を持った国がいくつも存在し、アメリカも大規模な部隊を駐屯させているらしいです」
「ヨーロッパにも大部隊を駐屯しているのか……本当にアメリカという国は規格外だな」
融合前は世界の殆どの国に部隊を駐屯させていたのがアメリカ合衆国だ。
ちなみに、ライバルであるソ連もアメリカに対抗する意味合いで世界各地に部隊を駐屯させていたがいずれもアメリカに反発心を持っている国が殆どであった。また、近年は第三の超大国を目指している中華人民共和国が同様に海外に自国の軍事拠点を築こうとしていたが、アメリカはその中でも特に飛び抜けて多くの国に部隊を駐屯させていた。
まあ、融合によってその大部分から部隊を撤収させることが決まっているのだが。
「ヨーロッパの場合は例の共産国家の影響が大きいみたいですが」
「ソビエト連邦だったか……ほぼルーシアのような国だな」
「……そういえば、ルーシアの話をこの世界に来てから一切聞いてませんね」
「この世界は広いからな。かなり離れたところにあるんだろう」
願わくば、今後もその名前を聞きたくないくらいだ、とスヴェンソンはぼやく。
ルーシア人民共和国――テラスにおける超大国の一つでありガトレア王国とも因縁深い国の一つだ。社会党による一党独裁体制を長年続けており、テラス屈指の工業力と経済力を持つ非常に豊かな国である一方で国民に人権という言葉は一切ないと言われる厳しい管理社会を長年維持しているような国だ。テラス最大の国土面積を持ちガトレアの友好国であるルクストール共和国と長らく外交的に対立してきた。
融合で、自国より遠いところに行ってくれるならばそれでいいのだが、とスヴェンソンは思う。
もし、近くにいるのならばそれはガリアと接していた以上に厄介なことだ。他にもテラスには「厄介な国」はいくつもあるが、ガリア以外のほとんどの所在がわかっていない。
どこかで、戦争を始めている可能性は十二分にあるだろう。それを考えるとどういうわけか胃のあたりが痛む。同じ世界の国が何かやらかした、と思うととてつもない責任を感じてしまうのはそれだけスヴェンソンが真面目な性格をしているからだろう。
普通ならば「他国のことなんか知らん」と開き直れるのだがスヴェンソンにはそれはできなかった。
現地時間の午後5時。
イギリスを数時間前に出発した日本帝国の政府専用機は予定通り、キーファ郊外の空軍基地へ着陸した。安川はすぐに車に乗り込んで、キーファの中心市街地へ向かう。
ガトレアは日本やイギリスと同じく左側通行らしく、彼が乗り込んだ車も右ハンドルだった。基地から市街地までの道路はよく整備されており、道路のまわりには近代的なビルなどが多く立ち並んでいてそれだけでキーファはかなりの大都市だということがわかった。市街地へ向かう途中に同行していた大使からいくつか話を聞くことができたが、ガトレアではガソリン車の割合はとても小さく殆どが水素燃料かあるいは電気自動車だという。安全性を高めた大容量のバッテリーを搭載し、あちこちに給電スタンドが整備されており電気自動車はガトレアではかなり一般的で、ついで水素燃料の車両の割合も多いのだという。ガソリン車はかなり希少種であり日本とは逆でガソリンスタンドを探すのが大変らしい。
こういった環境を配慮した技術という部分ではガトレアは地球のどの国よりも先に行っていた。
(緑の党とかが知ったら国会で騒ぎ出しそうですね……)
日本も他の先進国と同様に近年になって環境問題は熱心に議論されてきた。世界各地にある環境保護政党である「緑の党」も衆参どちらにも少数ながら議席を持ち、環境問題に関する質問を繰り返し行っていた。欧米に比べて日本は環境政策は遅れている――とは彼らがよく言っていたことだが、その対象が今度はガトレアにかわりそうだ。
だが、表面だけマネたところで意味はない。どういった困難の末にそれを成し遂げたのか、それは果たして自国にも適応することができるのか――為政者として考えるべきはそこであり、ただ表面を真似ただけでは結局、現場が混乱するだけで終わりだ。
仮に真似るとしても、その分野における先進国の取り組みをしっかりと学び。自国に当てはめて実現可能かどうかを判断するのが国として大事なことなわけだが、果たして緑の党を含めた野党にその「覚悟」はあるのか。そこは、安川にはわからない。
基地から1時間ほどで宿泊予定のホテルに到着した。
ホテルは市街中心部付近にある見るからに「高級」という言葉が似合う格式の高そうなホテルだ。あとで聞けばガトレア屈指の高級ホテルで多くの海外要人が宿泊する彼らの世界の上級階級では有名なホテルらしい。今回、安川はイギリスでもガトレアでも国賓待遇を受けており、イギリスでも五つ星ホテルに滞在したのだが、このホテルはそれと並ぶ豪華なホテルだった。
思わず「これはまた……」という声が出てしまうほどだ。
安川は政治家一家の産まれではあるが、その生活は世間が思うほど豪華なものではない。
祖父も父もそういった生活に馴染めず、警備の都合などで家は一般家庭に比べれば立派なものになったが家事などはなるべく自分たちでやろうとする程度には庶民じみた生活をしていた。
一方で彼の妻はというと――彼女の妻は外務大臣を務めている二階堂清霞の従姉であり伯爵家の分家筋の令嬢だ。爵位は持っていないがそういった「上流階級」の付き合いというのには参加している名家の令嬢なのでこういったホテルには慣れているのか、平然としていた。
彼女とは彼女の父親が安川の父親の後援会の幹部だった縁で学生時代に知り合った。外務大臣ともその頃からの関係だ。別に隠していないので、それもあって彼女が外務大臣になったときは「縁故採用」などと週刊誌に叩かれたし、野党からも攻撃材料にされてしまったが、安川としては彼女の外交官としての能力をよく知っていたからこその抜擢だったので今でもこの人事を特に悪いことだとは思っていない。
「噂には聞いていたし、覚悟もしていたけれど……本当に美形だらけね。この国」
ホテルには平然としていた安川の妻――安川早紀――だったが、エルフは別だった。
まあ、仕方がないだろう。外務省の案内役も、ホテルのスタッフも。そして街を歩く人々もみんな揃って若々しく整った容姿をした者ばかりだった。事前に話は聞いてはいたが、それでも話に聞くのと実際に見るのは違うらしく珍しく疲れたような表情をしていた。
「エルフの難しいところは外見では年齢がわからないことだ。今後、交流が進んでいくとトラブルも増えていくだろうね」
「それでも交流を進めたいのでしょ?」
「ああ。ガトレアとの関係は日本にとってメリットが大きい。この国は資源大国だし、技術大国だからね」
「恋愛絡みのトラブルが増えそうだけれどね」
妻の指摘にすっと視線をそらす安川。
たしかに、みんな美形なエルフと結婚したいと考える国民は出てきそうだし、それに絡む問題も増えそうだ。エルフは人間と違って長命だ。仮に結婚したとしても老いる自分に対して相手が全く老いないことへの劣等感を感じるなどという問題も出てくるかもしれない。だが、何も起きていないなかで制限をかけるのはそれはそれで問題である。
あまりこういったことに政治が介入しすぎるのはよくない。かといって、何も対策をしないのは問題であるので、安川にしては色々と頭の痛い問題だった。
なにせ国際結婚絡みの問題も近年話題になっているのだ。主に親権などで相手の国を巻き込んだ騒動に発展――なんてことも多々ある。一応国際条約に加盟はしているものの、そもそも文化が違うのも障壁になりやすい。同じ世界でこうなのだから別世界――更に寿命も大きく違う種族だと余計に問題は複雑化しそうだった。
翌日。ガトレア王国の首相官邸で首脳会談が行われた。
両国にとってこの日の首脳会談は最終的な確認がメインのそれほど肩肘を張らなくてすむものだと昨日までは考えていたのだが、それも「ガリア帝国」のことで状況は一変してしまい。首脳会談の内容もほぼ「ガリア帝国」に関するもので占めることになった。
「――人類至上主義国家だというのは事前に聞いていましたが、具体的にどのような国なのですか?ガリアというのは」
「ガリア帝国は建国時は小国でした。今のような絶対君主制でもなく歴代の君主は非常に穏やかだったといいます。しかし200年前におきたクーデターによって新たな王になった者は――苛烈な性格をした野心家だった。これによってガリアは侵略国家へ大きく変貌してしまったのです。我が国は変貌する前のガリアとは比較的良好な関係を築いていたのですが、新体制になってからのガリアは亜人を徹底的に迫害するようになり、国内に居住していた獣人やエルフなどをすべて奴隷にしてしまった……そこからですよ。我が国と敵対し始めたのは」
クーデターが起きる前のガリアはロンガリア大陸北部にある農業や漁業が主要産業なのどかな国だったそうだ。歴代国王は穏やかな性格で大きな政治権限を行使しない立憲君主制で、政治を行っている貴族の大部分も穏やかな気風だったという。だが、一部に大きな野心を持っていた者たちが秘密裏に活動をしていた。王家も政府も気づいたら突如として銃を突きつけられている状態だったという。
クーデター軍は暴力でもって圧力をかけ人々から逆らう気力を失わせ、さらに周辺の小国を次々と制圧していったという。
「いくら、野心をもったクーデター政権といっても。ここまで国を巨大化する前に体制が揺らぐことがあったのでは?」
「普通ならあったはずですが、ガリアのクーデター政権にはどうやら強力なスポンサーがついていたようです」
「スポンサーですか?」
「ええ……国家を超えた巨大なテロ組織がガリアクーデターに大きく関与していることがわかっています。ただ、当時からこのテロ組織の全容は一切わかっていません。構成員はもちろんのことどのような手段で支援をしているのかも。大国の情報機関が総力をあげても現在まで一切その情報は不明のままです」
「なんとも不気味な話ですね……」
「ええ。ですが、奴らはテラスの中で融合前までずっと暗躍を続けていたのは事実です。何を目的にそのようなことをしているのかまではわかりませんがね」




